第二十七話:誘拐
「……い、おい。起きろ」
軽く頭を揺さぶられる感覚がして、イオはゆっくりと目を開いた。
ぼんやりと歪んだ視界が徐々に焦点を結び始めると、薄暗い中こちらの顔をのぞき込むアレックスの顔が。
「……アレックス?」
「おう、起きたか。状況は覚えてるか?」
体を起こそうとして腹部に鈍痛が走る。
「痛っ……」
その痛みで思わず腹を手で押さえようとして、自分の両手に頑丈そうな木枷がはめられていることに気がついた。そこでイオの意識は急速に覚醒した。気を失う直前の出来事を思い出し、慌てて周囲を見回す。
見覚えのない、暗い物置小屋のような場所だ。そしてすぐ近くには気を失ったままのフレデリカが倒れていた。彼女の手にも木枷がついている。
気を失う前の出来事と今の状況から導かれる結論は。
「……ゆ、誘拐されたの?」
「何だ、思ったよりも冷静だな」
アレックスは不機嫌そうに鼻を鳴らしてイオの言葉を肯定した。
非常事態だが妙に落ち着いているアレックス。イオもその様子を見て、緊張で浅くなった呼吸を整えようと深呼吸した。湿度の高い篭った空気に顔をしかめる。
「ここ、どこだろう」
「さぁな? 俺もさっき気がついたばかりだ。イオ、お前はどこまで覚えてる?」
未だぼんやりとする頭を振って、気を失う直前の記憶を必死にたぐり寄せる。
「ええと、アレックスがやられた後、アリシアさんが戦おうとしたんだけど、すぐに後ろから別の人に殴られたんだ。多分、仲間が隠れていたんだと思う。その後に僕も殴られて、そこまでしか覚えてない」
「なるほどな。ということは前の三人を合わせて全部で四人いたのか」
「……ところでそのアリシアさんは? この部屋にはいないけど」
気を失う前まで一緒にいたもう一人の少女の姿がない。イオが見回しても、この狭い小屋の中にはいないようだが。
「知らねぇ。別の場所に捕まってるのか、それとも誘拐されずぶっ殺されたのか」
「そ、そんな……!」
最悪の想像に頭を青くするイオを見て、アレックスも流石に言い方がマズかったと判断して言葉を続けた。手枷をつけたまま器用に顔をかく。
「あー、でも俺の予想が正しければあの女は捕まってない。いや、きっとその場に置き去られただろうよ」
妙に確信のある口調だったので、イオは首を傾げた。
「それはどうして?」
「町内であれだけ派手な暴れ方をしたんだ。周りには野次馬もいたし、すぐに衛士どもが飛んでくる。時間はかけていられないはずだ。特にあの女は俺たちの中で一番背がデカくて連れ去りにくい。そんで俺たちを襲ったのは四人なんだ。体が小せぇ俺等三人を連れ去るのでも精一杯ってところだろう。誘拐が目的なら、普通は目標以外を捨て置いてでもすぐに逃げる」
イオは思わずアレックスの顔を見た。彼が語った推論は筋道が通っていてイオも納得させられた。それがアレックスの口からすらすらと出てきたことに驚いたのだ。
「ついでに言うなら、あの騒ぎのあとで衛士に捕まらず俺たち三人を誘拐しようと思ったら十中八九、船を使って逃げているはずだ。詳しい場所まではわかんねぇが、ここは王都の中じゃねぇと思ったほうが……何だよ?」
「アレックスって、意外と頭良い?」
「ぶん殴ってもう一回気絶させてやろうか? あぁ?」
小声で凄むアレックスに慌てて頭を下げる。彼もこの状況では本気でそんな暴挙に出ることはなく、フン、と短く鼻をならした。
「でも分からねぇこともある。そこの小っこいのは見るからに金持ってそうだから分かんねぇこともないが、俺らまで連れ去られた理由が分かんねぇ。普通、いくら体が小さいガキだからって白昼堂々と三人も同時に誘拐なんかしねぇだろ。よっぽど俺やお前を誘拐する理由があるんだろうが……何か心当たりあるか?」
「四人のうち三人は、この間アレックスが殴ったスリ犯だったよね。逆恨み、とか?」
「にしたって誘拐までするかぁ?」
アレックスは顔をしかめた。イオも提案こそしたが、本当にただの逆恨みなら誘拐とはならないだろう。個人の揉め事の範疇には収まらない、何かの事件としか考えられない。
「とりあえずそこで寝てる小っこいのも起こして、それからどうするかだな」
「そうだね」
イオはまだ気を失ったままのフレデリカの体を揺らして起こした。
「……んぅ」
「フレデリカ、大丈夫?」
「あれ、ここは……?」
目を覚ましたフレデリカに、イオはなるべく落ち着いて状況を説明した。フレデリカは声を荒げ狼狽えることはなかったが、しかし不安げな顔で押し黙る。
「アリシアは本当に無事なのかしら……?」
「それは俺には分かんねぇよ。ただ、こっから出なきゃどうしようもねぇのは間違いねぇだろ」
「……アレックスの言い方は荒っぽいけど、僕もその通りだと思う。アリシアさんが無事かどうかを確かめるためにも、とにかくここから逃げないと」
三人が互いに顔を見合わせここからの脱出を決意した。
「まずはこの場所がどこなのか。それから連中が全部で何人いて、どんな装備をしているかだよな」
額を付き合わせて三人は作戦会議を始める。始めに切り出したのは、この場では一番年上で、荒事では頼りになりそうなアレックスだった。
「俺はまず気になってることがあるんだが。あの棍棒は何だったと思う? いきなり棍棒の先から突風が吹き出した。あれは普通じゃない。魔法か何かなのか?」
アレックスが気にしているのは、誘拐の際にアレックスを打ち倒した不思議な棍棒のことだ。イオもアレックスと同じく何か魔法が絡んでいるのではないかと見ているが、そもそも魔法とは精霊の力を使う技術であり、魔法使いにしか使えないもののはず。少なくともイオの知識はないものだ。
棍棒自体は特別なものではなく、むしろ雑な作りのものに見えたのだが。
「僕も魔法みたいに見えたけど、あの男達は魔法使いじゃないと思う。詳しいことは僕も……」
「もしかして二人は『エンチャント』のことを話しているのかしら?」
そこへフレデリカが口を挟んだ。
「お、小っこいの。何か知ってんのか?」
「小っこいのではありませんわ! わたくしにはフレデリカという名前が!」
「何でも良いだろ。それで、そのエンチャントってのは何だ」
急かすアレックスに鼻息を荒げ、フレデリカは自身の知識を語ってみせた。
「エンチャントというのは簡単に説明すると、魔法を物に保存する技術のことですわ。精霊に命じて魔法をすぐに発動するのではなくて、特定のものに精霊をついて行かせて、時間差で間接的に魔法を発動出来るようにする技術ですわね。授業で習いましたわ」
物知りなフレデリカの説明を聞いて、イオはアルマと共に鬼と戦ったときのことを思い出した。
あのとき、アルマが何か魔法を使うと騎士達が持っていた剣や盾が光りを帯びていた。そしてその剣で切られた鬼は切り傷から凍っていたことも思い出す。
あれがおそらくエンチャントなのだ。精霊を剣や盾に付け、間接的に魔法を発動していたのだろう。
「僕もそれ、見たことがあるかも」
「つまりそのエンチャントとやらがあれば、魔法使いでなくても魔法が使えるって事か? 凄えじゃねぇか」
「ですがエンチャントは魔法使いでないと使えない難しい技術ですし、あまり長期間保つことも出来ませんわよ?」
「エンチャントが使える魔法使いがいないと、そもそも成立しないんだ……」
となるとやはりあの棍棒の正体は不明となるが……。
「……待って。もしかしたら正体が分かったかも」
そのとき、イオはあることを思い出した。それは先日、アルマがこぼしていた情報だ。
最近活発化している盗賊団の存在。そしてその頭領が精霊遣いではないかという噂。可能性は十分にある。
「イオは正体が分かりましたの? 本当に?」
「アルマさんが言っていたんだけど、最近、王都の周りで盗賊団の被害が出ているんだ。その盗賊団の頭領が、精霊遣い――魔法が使える人かもしれないって噂があるんだって。しかもその盗賊団は商船を襲う川賊なんだ」
「川賊なら自前の船もあるかもな。それなら俺たちを誘拐した経路にも理由がつく」
「もしかしたら勘違いかもしれないけど、可能性は十分あると思う」
その盗賊団の頭領が本当に精霊遣いで、なおかつエンチャントと呼ばれる難しい技術を使いこなせるようなら辻褄があう。新たな情報を聞き入れ、アレックスは難しい顔をした。
「……ならここは奴らのアジトなのかもな。王都の周りで堂々と商船を襲うような連中だ。実力にも自信があるんだろ」
どうしたものか。三人の表情が曇る。
そのとき、小屋の鍵がガチャリと音を立てて開く。三人は咄嗟に身構え、ドアの方向を振り返った。
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