第二十六話:暴漢
フレデリカはこの辺りの道を知っているようで、肩で風を切りずんずん進んでいく。お勧めの食事処に連れて行ってあげる、とのこと。その後を追いながら、イオは横を歩くアリシアを見上げて尋ねた。
「フレデリカとアリシアさんはどうして船着き場区画に?」
「フレデリカ様が、お母様への贈り物として髪飾りを注文いたしまして。その商品を受け取るために」
アリシアは小さく微笑んで抱えていた小包みを見せた。
王都の流通の要ともいえるこの船着き場区画には荷物を保管する倉庫だけでなく、取引を行う大きな商家が店を構えていたりする。フレデリカはそのなかの一つに直々に商品を注文したらしい。わざわざ特注で取り寄せた品物のようで、それだけでもかなり高額な買い物をしたのだろうと予想できる。
だがその値段は些末なことのよう。アリシアは嬉しそうに語る。
「お母様の誕生日に、とフレデリカ様が自ら選んだものなのです」
フレデリカが頭を悩ませながら一生懸命に髪飾りを選ぶ様子がイオには簡単に想像出来た。そして実際にその通りなのだろう。そういった純粋さは彼女の長所だと思った。
同時に、そういった大切なプレゼントの買い物に連れてくるほどにはフレデリカとアリシアは仲が良いのだとも。
「さぁ、ここを抜ければお店はもうすぐですわよ」
フレデリカが後ろの三人を振り返りながら駆け出し角を曲がり、姿が見えなくなる。
「イオ、ありがとうございます」
「え?」
そのタイミングを見計らって、アリシアは突然イオに感謝の言葉を述べた。理由が分からずアリシアを見上げると、彼女は年上らしい理知的な笑みをイオへと向けていた。
「フレデリカ様は近頃、イオの話をよくされるのですよ。魔法が使える凄い子が来たって、とても嬉しそうに話されていました」
「え、そうなんですか」
こっそりと自分が褒められていたことを明かされ、イオは少し照れくさいような、戸惑ってしまうような気分になる。
「ええ、だからお嬢様は最近、イオには負けていられないってお勉強や訓練を凄く頑張っているんです」
「そうなんだ、知らなかった……」
「だから、ありがとうございます。お嬢様とお友達になってくれて。これからもお嬢様と仲良くしてあげてください」
「勿論です」
「……ふふ、ちょっと余計なお世話だったのかもしれませんね」
真っ直ぐな目で応えたイオ。眩しいものを見るようにアリシアは目を細めた。
◆ ◆ ◆
他の三人を置いて駆け出したフレデリカはそのまま角を曲がり、狭い路地へと入る。すると角の先に立っていた人物とぶつかってしまった。相手は男性で、小柄なフレデリカは弾かれ尻餅をついた。
「い、いたた……。ごめんなさい、よく前を見ていなかったの」
自分の非を認め、フレデリカは謝りながら相手を見る。
「おっと、気をつけなよお嬢さん」
相手の男はフレデリカに対して紳士的に手を差し出した。その手を遠慮無く取りフレデリカは立ち上がろうとして。
「――ちょっと来てもらうよ」
そこでフレデリカの意識は暗転した。
◆ ◆ ◆
角を曲がったフレデリカをゆったりとした足取りで追いかけ三人もまた路地へ足を踏み入れる。
「お嬢様、あまり走っては――」
諫めるようなアリシアの言葉がそこで途切れた。なぜなら、
「おっと、あまり騒ぐんじゃねぇぞ」
気を失い、大柄な男に捕まっているフレデリカの姿があったからだ。その周囲には二人の男が、それぞれ棍棒のような物で武装してイオ達を油断なくみている。
そしてその三人に、イオは見覚えがあった。つい先日スリの被害に遭い、アレックスが殴り倒したあの三人組だったのだ。
あの男達がなぜここに? 疑問がイオの頭を埋め、思考が空白に塗りつぶされる。
「えっ――」
だがそれ以上にイオを驚かせたものがあった。それは――。
「――っ!」
しかしイオが驚きを口にするより早く、事態は動き出す。
咄嗟に動けなかったイオやアリシアとは違い、アレックスの判断は迅速だった。地面を蹴り、フレデリカを拘束する男へと駆け寄る。そのまま腰の木剣に手をかけながら男との距離を詰めていった。
「危ない!」
イオはそれを見て叫んだ。
イオが真に驚いた理由。それは、男達が持つ棍棒の近くに妙に精霊が集まっているからで――。
「ははっ、この間のお返しだぁ!」
男は強気に叫んで棍棒を勢いよく振り抜いた。男とアレックスとの間にはまだ距離があり、リーチの短い棍棒が当たるはずがない。
だが空を切ったはずの棍棒がイオの視界の中で光った。それはまさしく魔法に類似した何か。
次の瞬間、何の変哲も無い棍棒の先から風が吹き荒れ、アレックスを正面から打ち据える。
突風が斬撃となり頬や手足に切り傷をつくり、強風が打撃と化して体ごと吹き飛ばす。不意を突かれたアレックスは防御も受け身も取れず背中から壁に叩きつけられ木剣を取り落とした。衝撃に咽せて肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。
「ま、魔法!?」
魔法は精霊を使役出来る人間にしか使えないはず。だが現に今起きた不自然な現象は魔法以外の何物でもない。
「お、お嬢様を離せ!」
遅れて反応したアリシアも身構える。だがしかし、
「ぐっ!?」
突如、背後から不意打ちで頭を殴られて倒れた。イオが振り返ると、いつのまにかもう一人別の男が背後を取っている。おそらく、タイミングを見て待ち伏せしていた仲間なのだろう。
「悪いなボウズ。恨むなよ」
さらに男は小柄なイオへ容赦なく突き上げるように腹に拳を入れた。腹部への重たい一撃を受けて、イオの視界が眩む。
「――れで、ボスに土産が――」
「――は要らない。その三人が――」
「急ぐぞ。人が集まる前に――」
微かに聞こえる男達の話し声。遠くで騒ぎに気付いた悲鳴のような声。それらをごちゃ混ぜに聞きながら、イオは意識を失った。
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