第二十五話:船着き場へ
「今日はどうするよ」
「何しようか?」
休日の街を歩くイオ。その隣には先日知り合ったばかりの少年、アレックスの姿があった。互いにラフな格好だが、アレックスはいつもと変わらず腰に木剣を吊るしている。
共に釣りをしてスリを撃退した事件以降、イオはアレックスと仲良くなり、学校でも時折顔を合わせては話している。アレックスの方も荒事を通じて何となくの仲間意識が芽ばえたのか、イオを邪険に扱うことはなかった。
そして週に一度の休日である今日は、きちんと外出許可を貰ったアレックスと共に遊ぶことになった。とはいえ冒頭の会話から分かる通り、特に計画は立てていない。何となくの会話の流れで互いに休日が暇なことが分かり、それならばと何となくの流れで遊ぶことが決まっただけという、ふわふわした成り行きだからだ。
「アレックスは必要な買い物とかないの?」
「ないな」
「……買い出しするって言って外出許可貰っているくせに?」
魔法科とは異なり、寮生活をしている騎士科の生徒は原則として外出が禁止されている。しかし当然ながら生活用品の買い出しは必要であり、休日に限り申請を出せば外出が許可されるそうだ。
「わざわざ申請出してるんだし別にいいだろ」
アレックスにとっては遊びに出かけるための方便のようだが。
「それよりどうするよ」
「だったら僕、ちょっと行ってみたいところがあるんだけど」
「行きたいところ?」
「うん、船着き場の方に行ってみたいんだ。良かったら案内してよ」
王都はその面積も広く、いくつかの区画に分かれている。多くの店が並ぶ商い通り、アルマの屋敷がある富裕街、王城や魔法学校がある中心区などだ。その中の一つに船着き場区画がある。
この王都が栄えた理由である、カンビエスタ川に面した区画のことだ。
「あー、船着き場かぁ。でもあっちにゃ面白い物は何もねぇぞ? 俺だって滅多に行かねぇし」
と言いつつ案内はしてくれるようで、アレックスは歩き出した。その後を追うようにして進んでゆく。
船着き場区画へ向かうには商い通りを真っ直ぐに行くのが最も道筋が分かりやすい。二人は商い通りを過ぎ、町外れの方へと歩いて行く。
王都カンビエスタには街の周囲を覆うように作られた外壁があるが、実はこの外壁は何度も拡張工事がされている。街の発展に合わせて区画を増やして外壁を一部広げたり、新たに作り直したりと長い年月をかけて徐々に広げられているのだ。街の中には拡張工事の結果取り壊された古い外壁の一部が残っている場所もある。
そんな王都は側を流れるカンビエスタ川とその支流を基盤に発展してきた、一種の港町である。つまりこの街で最も古くからある区画の一つがこの船着き場区画になる。
当然何度も改修工事がされているが、敷き詰められた石畳は年代を感じさせ、建物も古く風雨で汚れたものが多い。区画整理も甘いのか、どうも路地が細く入り組んでいるように感じる。
だというのに人は多く、荷運びをする男たちがあちらこちらを行き交っていた。彼らには週に一度の休日も関係ないようで、仕事の怒号がどこかから聞こえてくる。
商い通りのものとはまた少し雰囲気の違った活気と雑多さがそこにはあった。
そうして区画を進んでゆくと、船着き場まで出てくる。
ここはこの王都で唯一、外壁が存在しない場所だ。代わりに湖と見間違うほど広いカンビエスタ川に面していて、そこへ向かって幾つもの桟橋が突きだしている。桟橋には大小様々な船が停留していて、今も盛んに荷物の積み卸しが行われていた。
周りにある建物は多くが船で運ばれてきた荷物を下ろすための倉庫で、荷下ろしを行う船員だけではなく荷物の検分をする衛士の姿もあった。
「わわ、何だか忙しそう」
「まぁこの辺りは王都の中でもちょっと特別だ。王都の真ん中、それこそ魔法学校の周りとはかなり雰囲気が違う」
アレックスの言葉にイオは頷き返した。下町、という表現が良く似合う町並みだった。
「で、船着き場を見にきたはいいけどよ。お前は何がしたいんだ?」
「どこかで船に乗れたりしないかな?」
生まれてから一度も船には乗ったことがないので、イオはどこかで船に乗れないかと辺りを見回す。だがアレックスは呆れたようにため息をついた。
「あのなぁ? 観光地じゃねぇんだから乗れるわけないだろ」
この船着き場にある船は水運で使われる貨物船か漁船ばかりで、観光目的で乗るような船はない。強いて言うなら他の町へと人を運ぶ定期便はあるが事前に予約を入れなければならないし、乗ってしまうと王都を出て行くことになる。
「そっか、残念……」
船に乗れないと分かり、イオは肩を落とした。代わりに船着き場に止まっている船を眺めていると、
「……おや? 君たち、ちょっといいかな?」
近くを巡回中の衛士がイオたちの姿を認めて、声をかけながら近づいてきた。
「船着き場に何か用かな?」
イオとアレックスの二人組はどう見ても子供なので周囲から浮いていた。それが気になり衛士は声をかけたのだろう。
彼は腰をややかがめ、イオに視線を合わせてきた。アレックスは衛士のことが苦手なのか、わずかに顔をしかめている。
「ええと、用事というわけではないんですけど」
「あー……コイツは王都に来たばっかりで。船着き場が見てみたいって言うから連れてきただけっすよ」
アレックスが面倒そうに頭をかきながら説明すると、衛士の男はなるほどと頷いた。
「そうか。だがここはあまり観光には向かないな。それに子供だけで歩くような場所でもない。良かったら大通りまで送るけれど」
「あー、もう帰ろうかってところだから大丈夫っす」
「そうか? なら気をつけるんだよ」
衛士を適当にあしらい、アレックスとイオはその場を離れる。
「満足したかよ?」
「うん。船に乗れなかったのはちょっと残念だけど」
「そんなに乗りたいかぁ……?」
やたらと船に乗りたがるイオの気持ちが理解出来ないようで、アレックスは首を傾げていた。イオとしては、人生で一度も体験したことがないものなんて、どんなものであれ楽しいだろうと思うのだが。
「そんなことより腹減った。どっかで飯食おうぜ」
アレックスは自分の腹をさすり空腹をアピールした。見上げた空の太陽はもう真上に昇っている。少し前に十二時を告げる鐘が鳴っていた。昼食にはちょうど良い時間だろう。
「この辺りなら美味い魚が食えるんじゃね? 適当に歩けば飯屋くらいあるだろ。どっか安いところ入ろうぜ」
「そうだね、そうしよっか」
二人は食事が出来る店を探して辺りをうろつき始めた。この辺りには船着き場で働く男達の胃袋を満足させるための大衆食堂がいくつもある。そのうちのどれかに入ろうかと足を進めているのだが。
「……アレックス、何か、道間違えてない? 変な路地に繋がってるけれど」
「おかしいな。ここ通れば知ってる道に出てくると思ったんだが」
路地を抜けると見知らぬ通りに出てきた。どうも迷子になったらしい。アレックスもあまり船着き場区画に来ることはないと言っていたし、案内を頼んだのは間違いだったのだろうか。そうイオが軽く後悔しそうになっていると、突然イオの周りへと精霊が集まってきた。
「……ん?」
「おい、どうしたイオ。急に立ち止まって」
「いや、精霊のみんなが……」
何かあったのかとイオが問いかけようとした、そのとき。
「あら、イオじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ですわね」
知り合いの声が聞こえ、イオは振り返る。
するとそこにはにこやかに手を振りながら近づいてくるフレデリカの姿が。そしてその隣には見知らぬ少女が付き従っている。
「フレデリカ! 偶然だね」
イオも手を挙げて挨拶をした。きっと精霊達は道に迷って困っているイオに、フレデリカのことを教えようとしてくれたのだろう。
アレックスは近づいてくる二人を見て怪訝そうな表情をした。
「おい、イオ。コイツ等は誰だ? 知り合いか?」
「この子は僕のクラスメイトのフレデリカだよ」
「……てことはこの小っこいのも魔法使いなのか?」
「ちょっと、小っこいとは何よ! いきなり失礼ですわね!?」
フレデリカは怒りで頬を紅潮させて声を張り上げた。フレデリカの隣に控えている少女もやや目が鋭くなる。
「ちょっとイオ! この男は誰ですの!」
「こっちはアレックス。騎士科の生徒なんだ」
イオは興奮するフレデリカを宥めながら説明した。するとフレデリカよりも、彼女の隣にいた少女が反応した。
「……本当に彼が騎士科に?」
「おう、何だよ悪ぃか?」
アレックスが目つきの悪さに拍車をかけるよう鋭く睨んだ。それもまたイオが窘めつつ、フレデリカに向かって問いかける。
「ところで隣の人は?」
イオの視線の先にはフレデリカの隣に付き従っている少女。何となく、彼女の名前は予想しているのだが。
改まって容姿を見ると、背の低いフレデリカと比べてかなり長身で手足も長い。黒寄りの茶髪を頭の後ろで邪魔にならないよう纏めている。
彼女は背筋を伸ばし、僅かに頭を下げた。
「貴方がイオですね、お話はフレデリカ様から伺っております。私はアリシア。フレデリカ様の従者見習いをしています」
少女にしてはやや低く中性的な声だ。凜々しい目つきと丁寧な口調で、とても大人びて見える。
同い年であるはずのイザベラが同年代に比べ背が低く目つきが眠たげなのも相まって、彼女と比較してより年上に感じるのかもしれない。十四歳の少女を相手に使う言葉として適切かは分からないが、アルマと似た「仕事の出来る女性」らしさを感じさせた。
「あぁ、やっぱりあなたがアリシアさんなんですね。初めまして」
イオも頭を下げる。アレックスは興味なさげに鼻をならしただけだった。
「イオはどうして船着き場区画まで来ているのかしら?」
「僕らはちょっと船を見学に。それで、道に迷っちゃって……。今はご飯をどこかで食べようとお店を探していたんだけど」
頬をかきながら伝えると、フレデリカは口元を抑えて小さく笑う。
「まぁ、イオってば仕方がないわね。それならわたくしについていらっしゃい。道案内をしてあげるわ。ちょうどわたくしたちもどこかで食事にしようと考えていたところなのよ」
「本当? 助かるよ、ありがとう」
「ええ、わたくしに任せなさいな!」
自信満々の表情でずんずん進むフレデリカに続き、四人に増えた一行は歩き出す。
――その後を何者かが追っていることには誰一人として気がつかなかった。
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