第二十四話:見守る大人
学校が終わり下校したイオがアルマの屋敷の庭で精霊と交信していると、彼らがぴかぴかと不規則に明滅を始めた。
「……うん? アルマさんと、カイネスさん?」
アルマとカイネスの二人が、仕事を終えて屋敷へ帰ってきた。そう精霊が伝えてくる。振り返ると、ちょうど二人が屋敷の門を通っているところだった。
イオは精霊とのやりとりを一度打ち切り、二人のもとへ駆け寄る。
「お帰りなさい、アルマさん。それとカイネスさんも」
「ああ、ただいま。イオ」
「よっ、ボウズ。一週間くらいぶりだな」
「こんにちは、カイネスさん。今日はアルマさんと一緒なんですね?」
カイネスは普段は騎士団の宿舎に寝泊まりしており、わざわざアルマの見送りをして屋敷までやってくることはない。
ただ今日に限ってはアルマがカイネスを誘ったらしく、
「今日は私がカイネスを誘ったんだ。一緒に夕食でもどうだろうか、とな」
「そういうことだ。お邪魔するぜ」
「なるほど、じゃあ今夜の夕食はカイネスさんも一緒なんですね」
イオは無邪気に笑って喜んだ。
「そういうボウズは外で何をやってたんだ?」
「学校で、毎日精霊と交信するように言われてて。普段は部屋の中でやるんですけれど、今日はちょっと気分を変えて外でやってたんです」
イオが心のなかで声をかけると、精霊達が再び集まってくる。精霊にとっては建物の中も外も変わらないようなので、外でやっているのは完全にイオの気分の問題だ。
当然その様子はカイネスには見えないので、彼は隣のアルマに問いかけた。
「なぁ、アルマ。イオは実際、どうなんだ?」
「今もきちんと精霊を集めているよ。毎日、しっかり訓練しているようだね」
「はい、もちろん!」
毎日サボることなく精霊たちと交信を繰り返しているため、王都の中でならそれなりに精霊との親和性が高まってきているようだ。勿論イオが生まれ育った森と比べれば雲泥の差だが、日々の魔法の訓練でも徐々に魔法の威力や精度が良くなってきている自覚がある。
そのことを笑って二人に伝えると、カイネスは素直にイオを褒め、アルマはやや苦笑いを作った。
「へぇー、俺には魔法のことはサッパリだが、ボウズもしっかりやってるんだな。偉いぞ」
「えへへ、ありがとうございます」
「いや、良いことなんだが末恐ろしくもあるな……」
「ん? どういうことだ、アルマ?」
「イオが王都にやってきて、まだ二週間程度だろう? それで自覚出来るほどに魔法の精度が良くなっている、というのは凄まじい成長としか言えないな。しっかり精霊との信頼関係を積み上げられているのは良いことなんだが……私でもそこまで出来ていたか正直、自信がないぞ」
苦笑をそのままに、アルマはイオの肩へ軽く手を置いた。
「イオは本当に、精霊に愛されているんだろうね。精霊を惹きつけるカリスマ……とでも言うのだろうか。魔法使いは多かれ少なかれ、精霊との親和性を高めて新たな場でも精霊を使役出来る必要があるんだが、それでもイオの才能には驚かされるよ」
アルマにも褒められて、イオはくすぐったいような気持ちになる。
「本当に、君みたいな素直で優秀な子が魔法使いを目指してくれて嬉しく思う。このまま真っ直ぐに頑張ってくれ」
「な、何だか照れます……」
段々と恥ずかしくなってきたイオは口元をにやけさせながら、
「それじゃあ僕はロッジさんに、カイネスさんが一緒にご飯を食べることを伝えてきますねっ」
そう言い残して屋敷の中へと戻った。その背中を見送った二人は顔を見合わせて微かに笑い合う。
しかしカイネスはすぐに真面目な表情を作った。
「……なぁ、アルマ。そんなにイオのボウズは凄いのか?」
「あぁ。私も驚くほどだよ。想像はしていたが、それ以上だ。間違いなく、この国に欠かせない存在になる」
確信を持ったアルマの言葉を聞いて、カイネスは難しそうに表情を歪めた。アルマの言葉はすなわち、これからのイオの人生には間違いなく苦難が待ち受けると言っているのと同じなのだから。
力を持つ人間は、それに見合った規律と責任を求められるものだ。アルマも、そしてカイネスもそれは実体験として知っている。
だからこそ、二人はイオよりも先に生きた大人として彼を正しく導いてやらねばならないという意識を持っていた。
「そんなにか。それは……苦労しそうだな。今度、友達の作り方でも教えてやろう」
「はは、お前仕込みの人付き合いなら安心だな。とはいえ、今のところ学校では良好な交友を出来ているみたいだぞ」
安堵したように優しく笑うアルマの横顔を見たカイネスは少しだけ考え込み、
「なんつーか、アルマ。お前、イオの母親みたいなこと言ってるな」
「なっ――!?」
カイネスはひらひらと手を振って、屋敷の中へと入っていく。その後ろを、顔を真っ赤に染めたアルマが追いかけていった。
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