第二十三話:怪力の祝福


 釣った魚を焼いて昼食とした二人は、焚き火の後始末を済ませて釣り道具を片付ける。思いがけず遠出をして遅い昼食になったが、イオは楽しめたので満足だ。


「お前はこの後どうする?」

「僕はもう学校がないから、家に帰ろうかな」

「そうか。俺はそろそろ戻らないと、抜け出したことがバレる」


 そういえばアレックスは学校をサボっているのだったと、イオは思い出す。


「騎士科は勝手な外出も禁止なんだっけ?」

「そうだな。息苦しいったらないぜ」


 アレックスは嫌そうに顔をしかめた。

 道具を元あった場所へ片付けると、二人は並んで路地を抜け大通りまで向かう。未だに王都の路地に明るくないイオの為にアレックスが案内してくれている。

 だがその道中。こっちが近道だからと、アレックス先導で細い路地を通っていると、正面から三人組の男達が歩いてきた。


「おっと、ごめんよボウズ」


 狭い路地なのでイオが道を譲り、男達がすれ違ったそのときだ。


「おい……ちょっと待て」


 突然アレックスが足を止めて振り返った。鋭い視線の先にはつい先ほどすれ違ったばかりの三人組。あまり身なりが良いとは言えない三人だ。


「……何だ?」

「左側の背が低いやつ。上着の左ポケット裏返せ。今、手を突っ込んでるところだ」


 アレックスが威嚇するような声で、そんな事を言った。


「いきなり何だ」

「とぼけるなよ。俺の連れの財布、スっただろ?」


 アレックスの言葉に驚き慌ててイオが自分のポケットを確認すると、確かに持っていたはずの小銭入れがない。小遣いとしてアルマが持たせてくれていたはずのものが。


「言いがかりはよせ」

「ぐだぐだ言ってないで、ポケット裏返せ」


 アレックスは確信を持った声だ。三人組は顔を見合わせると、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。


「なぁ、ボウズ? お前達は何も見なかったし知らなかった。そうだよな? 痛い目をみたくないだろう?」


 腕まくりをし、恫喝しながら三人は距離を詰めてくる。おまけに一人は小さなナイフを取り出し、見せつけてきた。イオの顔が青ざめる。

 対してアレックスは男達に怯むことなく、イオを庇うように一歩前に出る。それどころか腰に下げていた木剣を構えた。

木剣の切っ先が自分たちの方へ向いたのを見て、男達の表情が剣呑なものに変わる。


「何だ、チャンバラごっこのつもりか?」


 三人の内の一人が無造作にアレックスへ掴みかかろうとして、


「……先に喧嘩売ったのはそっちだからな?」


 風を切る音。直後、男は壁に勢いよく叩きつけられた。


「ごふっ……」


 短く息を漏らし、男は地面に崩れ落ちる。アレックスが振るった木剣が男の横腹を打ち据え、あろうことか壁に叩きつけたのだ。

 大人一人を吹き飛ばすアレックスの腕力に、イオは目を見開いて驚いた。剣術が上手な動きではなく、ただ単にとんでもないパワーで力任せに殴りつけたように見えた。


「はっ……?」


 残りの二人が状況を飲み込めず混乱している隙にアレックスはナイフを持った男に詰め寄り、手にした木剣で再び殴りかかった。下段から斜めに振り上げるような軌跡を通った木刀は男がナイフを持つ側の脇の下に吸い込まれ、男は派手に吹き飛ばされて地面を転がり気絶する。手にしていたナイフは明後日の方向へと滑っていった。


「ひ、ひぃ……!」

「あっ、待ちやがれ!」


 残った一人――アレックス曰く、イオの財布を盗んだ張本人だ――は怯えたように背を向けて駆け出し、逃げようとする。彼を逃がせばイオの財布は取り戻せない。


「ま、待て!」


 イオも慌てて男を追いかけようとして――精霊が応えてしまった。イオがしまったと思う頃にはもう遅い。

 この場ではイオにしか見えない精霊が煌めき、意図を離れて思いがけず魔法が発動する。男が逃げようとした方向の地面が隆起し、壁となって狭い路地を塞いだ。


「な、何だぁ!?」

「魔法!? でかしたぁ!」


 突如発生した超常現象に男が目を剥いて足を止めた。その隙にアレックスが追いつき、男の背中目がけて一太刀浴びせる。無防備な背中を強烈に叩かれ吹き飛び、男は道を塞ぐ壁に頭からぶつかり気を失った。


「や、やっちゃった……」

「でかしたぞ、イオ! 何だ、コレが魔法ってやつか!?」


 アレックスは興奮してイオの背中を何度も叩いた。馬鹿力にイオは咳き込む。


「痛っ、痛いよ!」

「悪い悪い!」


 上機嫌なアレックスは大股で倒れた男達に歩み寄り、しゃがんで男の懐を漁り始めた。


「し、死んでないよね……?」

「気ぃ失ってるだけだ。そのうち起きるだろ」


 アレックスは打ちのめした男の上着から財布を取り戻し、イオへと放り投げた。


「ほらよ、お前の財布だ」

「あ、ありがとう」

「ぼーっとしてるからスられるんだよ。しっかり持っとけ」


 アレックスはついでだと、慣れた手つきで男達の財布から中身を抜き出している。


「良いのかな……」

「他人の財布を盗んでおいて、自分の分は取られたくありませんはきかねぇよ。チィ、たいして中身入ってねぇな」


 幾ばくかの小銭をポケットにつっこみ、アレックスはにやりとやんちゃな笑みを作った。


「気が変わった。正直、小魚三匹じゃ食い足りなかったんだ。この金で何か買い食いしようぜ。気分が良いから奢ってやるよ」

「あ、待って。その前にあの壁をどうにかしないと」


 流石にあの魔法で持ち上げた地面をそのままにしておく訳にはいかないだろう。制御に自信はないが、どうにか元に戻さないといけない。


「……お願い、みんな。ゆっくり、ゆっくりだよ」


 イオは慎重に魔法を、今度は自分の意思で発動させた。せり上がった壁がゆっくりと下がり、どうにか地面と同じ高さまで戻る。僅かな歪みはあるが、どうにか平たく整地できた。これなら誤魔化しが効くだろう。

 いつも以上に神経を使い、僅かな魔法制御にも関わらずうっすらと汗をかいてしまう。


「ふぅ、どうにか上手くいったよ。良かったぁ」

「おー、凄ぇな魔法」


 アレックスは興味深そうな顔で、イオが均した地面を何度も爪先で叩いて感触を確かめた。柔らかい粘土のように自在に隆起していた地面だが実際にはかなりの強度がある。ザッザッと僅かに表面を削って、アレックスは満足したようだ。

 伸びた男達はその場に置き去り、持ち上げた地面だけは無事に隠蔽工作を済ませた二人は表通りへと出てくる。先ほどの騒ぎは表通りまでは伝わっていないようで、誰もイオ達を気にする様子はなかった。


「魔法ってあんな感じなんだな。何でも出来るって聞いてたけど、イオは他には何が出来るんだ?」


 魔法を初めて見て少し興奮気味のアレックスが口早に問うた。


「何でもは出来ないんじゃないかなぁ? 人によって出来ることが違うと思う。僕はあんな風に地面を動かせるみたいだけど、氷を生み出す人とか、炎を操る人とかがいるんだ」

「俺の場合はパワー一辺倒だからなぁ」

「そう、それだよ!」


 イオは思い出したようにアレックスへ詰め寄った。


「凄い力だったけれど、あれは一体なに?」


 アレックスの細身な腕に、大人を軽々吹き飛ばすようなパワーがあるとは考えられない。まるで魔法のようなパワーだった。


「あぁ、言ってなかったっけ? 俺、『祝福』持ちなんだよ」


 自信溢れる強気な笑みを浮かべ、アレックスはグッと腕に力を込めてイオに見せつける。


「俺は『怪力の祝福』なんだ。見た目と違って、本気出せば大人にだって負けねぇぞ」

 『怪力の祝福』。これで先ほどの驚異的な戦いぶりの仕組みが分かった。そしておそらくはその力を持って、かつては騎士とも喧嘩をして打ち倒したのだろう。

 『怪力の祝福』と言えば、騎士科の教官を務めているゴドフリーもその身に宿している祝福だ。魔法が使えるイオがアルマの紹介で魔法科に入学したように、ひょっとするとゴドフリーがアレックスを騎士科に入学させたのもこの辺りに関係するのかもしれない。


「祝福って、あんなに凄いことも出来るんだね」


 『祝福』の力とはあれほどまでに凄いものなのだと、目の当たりにして初めて理解できた。細身に見えるアレックスでも大人を軽く吹き飛ばすのだ。果たして筋骨隆々なゴドフリーはどれほどの力を持っているのか、想像がつかない。


「あんな奴ら、相手にもならないぜ。それより何食うよ?」


 イオに感心され得意げになったアレックスと二人、散策はアレックスの奢りでもうしばらくだけ続いたのだった。

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