第二十二話:不良騎士見習い
今日は授業が午前までとなった。午後からアンリエッタに急用が出来たと言うことで午後の実技授業が休みになってしまったのだ。
ロッジには今日も昼食を持たされている。天気も良いし、どこか日当たりの良い暖かいところでのんびり昼食を食べてから帰ろうかとイオは考えた。
気分はちょっとしたピクニックだ。幸いにも学校の敷地内は整備されていて庭園などもある。適度な場所を求めてイオは学校の敷地内を歩いていた。
「……え?」
そのときだった。精霊が人の気配を伝えてきた。
こんな風に誰かのことを精霊が伝えてくるのは王都に来てから初めてのことだったので、イオは微かに興味を持った。
精霊がぴかぴかと瞬きながらイオを呼ぶ。彼らに導かれるままに学校の敷地内を歩いて行くと、やがて敷地の外れまでやってきた。一見すると誰も居ないようだが。
「この奥?」
精霊が示すのは茂みの奥だ。
草をかき分けて恐る恐るのぞき込むと、汚れた古い木箱が置いてあるだけ。まさかこの木箱の中に人が隠れているとは思えないが。
「おい」
そのとき、イオの頭上から声がかかった。
驚いて見上げると、側の木の上からイオを睨む少年が居た。短い赤髪と、肉食獣のような鋭い黄色の目が他人を寄せ付けがたい猛々しさを見せている。
「誰だお前」
少年の顔に見覚えはない。だがこうして魔法学校の敷地内にいる以上は、おそらく関係者なのだろう。イオは彼が騎士科の生徒ではないかと予想した。なにせ彼は腰に木剣を吊るしているのだから。
だが彼は騎士科の生徒にしては若いを通り越して幼い。騎士科の生徒は大抵十五から十八くらいの歳で、厳しい訓練に明け暮れているため体つきも大きい生徒が多い。
なのに彼はどうみても、イオより少し年上程度にしか見えなかった。
「テメェ、教官にチクったらぶっ殺すぞ」
彼は鋭い目つきをさらに険しくしてイオを脅した。
遠くで騎士科の生徒が訓練に励むかけ声が聞こえる。つまり目の前の彼は、
「サボり?」
「はぁ? お前には関係ないだ――」
そこで少年は言葉を切り、イオの顔を怪訝そうに観察する。
「……お前、ひょっとして魔法科にやってきたっていう噂の新入生か?」
相手はイオのことを噂で知っていたらしい。彼は、面倒になったという呟きと共に乱暴に頭をかきむしった。
「……いや、それもアリか?」
だが途端に考えを変えたようだ。ニイッと口の端を吊り上げる。
「お前、俺と一緒に来い」
「へ?」
「お前もこんなところにいるってことは、どうせ暇なんだろ? 誰かに俺がサボってることを喋られても困るし、俺に付き合え」
「え、何するの?」
「釣りだよ。昼メシの調達だ。町外れまで行けば川が流れてるから、そこで適当に魚釣って食うんだよ」
「釣りかぁ……」
「なんだお前、釣りも出来ないのか?」
彼はイオを小馬鹿にするように言った。
決して釣りが出来ないわけではない。むしろ釣りはイオの特技でもある。村ではよく釣りをして、釣った魚をその場で焼いて食べる、なんてこともよく子供達で集まってやっていたので、得意なのだ。
イオは頬を僅かに膨らませ、目の前の少年に反論した。
「馬鹿にしないで、釣りはむしろ得意だよ」
「へぇ、そこまで言うならどっちが多く釣れるか勝負しようぜ? ただ単に釣りをするよりも、その方がずっと楽しいだろ」
少年の誘いにイオの心は揺れる。そうして、このまま暇を持て余すよりも彼に付いていって釣りをした方が楽しそうだという結論に至った。
「うん、良いよ。行こう」
「おっ、意外と乗り気じゃねえか。よし来い」
少年はイオの手を掴み、木の上まで引き上げる。少年は見た目よりも随分と力が強く、イオの体は軽々と引き上げられた。
少し強引なところもあるが、イオにとって彼は王都に来て初めて出会った同年代の男の子だ。それも、精霊が教えてくれた出会い。何となく、彼とは仲良くなれるような予感がした。
「ところでお前、名前は?」
「イオだよ」
「俺はアレックス。よろしくな、イオ」
「うん、よろしくねアレックス」
二人は魔法学校の周囲に設置されてある塀を跳び越え、学校を抜け出した。
◆ ◆ ◆
アレックスに案内されたのは町外れを通る小川だった。おそらくこの川もカンビエスタ川へ流れ込む支流の一つなのだろう。辺りは建物も古いものが多く、掘っ立て小屋のような建物が散見される。
アレックスは慣れた調子でその内の一つに入っていった。イオもおそるおそるその後に続く。中は薄暗く整理されていないようで、よく分からないガラクタがいくつも散らかっている。
「ここは?」
「多分、使われてない倉庫。釣り道具とかをここに置いてる」
「えっ、勝手に使ってるの?」
「誰もこんなオンボロ倉庫使ってないんだし、別にいいだろ」
それに寮には置けないからな、と言ってアレックスは倉庫の奥を漁りはじめる。そして手製と思しき釣り竿を取りだしてきた。太い木の棒に糸と裁縫針を曲げたものを組み合わせた、簡素なものだ。
「ほら、お前の分」
手渡された竿と桶を持ち、二人は川縁に陣取った。
「そうだな……制限時間は一時の鐘が鳴るまで。それまでにどっちが多く魚を釣れるかで勝負だ」
「良いよ、負けないからね」
「よし、それじゃあ勝負開始だ」
二人は同時に、針を水面へと投げ入れた。地面に腰を下ろし、竿を握って水面をじっと見つめる。
しばらくは互いに無言の時間が続いたが、獲物が針に食いつくのを待つ間にアレックスがイオへと問いかけた。
「なぁ、イオ。お前は魔法科なんだよな?」
「そうだよ。一週間くらい前に入学したんだ」
「なら噂の新入生もお前か」
「どんな噂があるのかは知らないけど……多分僕のことだよ」
「なら魔法ってのが使えるんだよな」
「うーん、一応使えるけど……」
「俺、魔法って実は今まで一度も見たことがないんだよな。ちょっと見せてくれよ」
アレックスが面白い物を期待するように言うが、イオは困ったように首を横に振った。
「僕はまだ制御が出来ないから、危ないし簡単に使えないよ」
流石にこの辺りの地面をぼこぼこと穴だらけにするわけにいかない。それにうっかり何かを壊してしまったら、それだけで一大事だ。
「何だ、つまんねぇ」
会話が途切れる。今度はイオがアレックスへと質問を投げかけた。
「そういうアレックスは騎士科なんだよね?」
「あー、まぁ一応な。俺は二ヶ月くらい前から寮生活してるよ」
アレックスも学校に来たのは比較的最近のことらしい。イオは少しアレックスに対し親近感を覚えた。
「でも、騎士科にしては小っちゃくない?」
「あ? 喧嘩売ってんのか? お前の方がチビのくせに」
ギロリ、と鋭い目で睨みつけられてイオは慌てて否定した。
「いやいや、そういうわけじゃなくてさ。この間、騎士科の人とお喋りしたんだけど、みんな体が大きかったから」
アレックスは比較的細身で筋肉質な体つきではない。背丈も並か少し低いくらいだ。そのせいか年齢も、イオが騎士科を見て回った時にいた他の生徒よりも年下に見える。
「そもそもアレックスって何歳なの?」
「十三歳。イオは?」
「僕は十歳だよ。あと一ヶ月くらいで誕生日だけど」
「ふーん」
「あ、掛かった」
「マジか!?」
ここでイオの釣り針に魚が食いついた。タイミング良く釣り竿を引っ張り、針を口にしっかりかけてから引き上げる。釣り針には小ぶりな魚が掛かっていた。
「まずは僕が一匹だね」
「はっ、まだ勝負は始まったばかりだ」
イオは慣れた手つきで針から魚を外して木桶に入れ、再び釣り針を川へ投げ入れる。
「で、話の続きなんだけどさ」
「おう」
「アレックスはどうして騎士科に?」
アレックスは面倒くさそうに頭を掻き、重々しく口を開いた。
「……教官に拾われた」
「拾われた?」
何だろうその動物みたいな理由は。
「何つーの? 俺はちょっと前まで別の街でその日暮らしをしてたんだよ。盗みとかやってどうにか食いつないでたんだ」
アレックスは軽い調子で話しているが、想像していたよりも過酷な過去の話でイオは驚く。
「で、たまたま街に来てた騎士から財布をスって、それがバレて喧嘩になって、二、三人ぶっ倒してたら教官が来てボコられて、捕まって騎士学校にぶちこまれたんだよ」
イオは思わずアレックスの不機嫌そうな横顔をまじまじと見た。イオも自身の入学経緯を考えると人のことを言えた口ではないが、何ともまぁ奇想天外な経緯といえる。
「……というか、え? 騎士の人を倒したの? 二、三人?」
「まぁ、昔から喧嘩には自信があったし。向こうが油断してたからな」
そういう問題なのだろうか? いくら喧嘩に自信があるからといって、子供が鍛えている大人を何人も打ち負かせるものなのだろうか?
イオには不可能だろう。魔法を使えばともかく。
「教官が、喧嘩が強くてメシに困ってるならって言って紹介してくれてよ。まぁ実際、楽だよな。適当に走って棒振ってりゃ、メシと寝床が手に入るんだから」
アレックスの言い分は理解出来るが、他の真面目な騎士科の生徒に比べると動機は不純といえるだろう。
「それじゃあアレックスは騎士になるつもりはないの?」
「どうだろうなぁ? 騎士って給料良いらしいし。まともな職につけて食えるなら何でもいいや」
とはいえ騎士は戦いの強さだけでなく、礼節や心構えも重んじられ、模範的な行動が求められる。ただ喧嘩が強いというだけでは騎士になれないかもしれない。
ここで再びイオの竿に当たりが。釣り上げて、桶にまた一匹の魚が増える。淡々と作業をこなすイオをアレックスはジト目で見ていた。隣に並んで釣り糸を垂らしているのに、アレックスの竿には未だ当たりが来ていない。
イオが再び釣り糸を川に投げ入れるタイミングを見計らい、アレックスが質問をした。
「そういうイオは何で魔法科に入ったんだ? まさか俺みたいに拾われたってわけじゃないだろ?」
イオは釣り竿を揺らしながらアルマと出会った経緯を思い返し、小さく苦笑した。
「うーん、全く違うとも言い切れないのかも……。僕は住んでいた村の近くに大きな鬼が出て、魔法使いの人が来て――アルマさんって言って、今お世話になってる人なんだけどね。色々あって、その人に誘われたんだ。僕も、人助けが出来る魔法使いになりたいって思って」
「はぇー、そりゃまたご立派なことだな」
「馬鹿にしないでよ」
「別に馬鹿にしてるわけじゃねぇよ」
またしてもイオの竿に魚が食いついた。これで三匹目だ。
「随分差がついたね」
「……まだこれから逆転してやるよ」
アレックスが強がりの呟きを漏らした。しかし、そこで無情にも一時を知らせる鐘が街中に鳴り響いた。時間切れだ。
「僕の勝ちだね」
短い時間ながらイオは三匹。対してアレックスは一匹も魚を釣り上げていない。
「……まぁ、負けは負けだ。仕方ねぇ」
素直に負けを認めたアレックスは降参だ、と呟き両手を挙げて立ち上がった。
「ただ……」
「ただ?」
「……昼メシ、どうしよう」
元々は釣り上げた魚を食べる予定だったのに、アレックスは一匹も釣れていない。
「……僕は持ってきたお昼ご飯があるし、僕の釣った魚を食べる?」
アレックスは無言でイオの手を取り、感謝の握手をした。
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