第二十話:鬼について


「今日の授業は、前半は鬼について。後半は算術です」


 今日の授業でもシェスカとイザベラの二人は図書室に行っており、教室にはイオ達年下組が残っている。

 アンリエッタが黒板の前に立ち、手元の教本を見ながら黒板に文字を書いていく。


「鬼とは極めて危険な存在です。おそらく皆さんも、鬼には絶対に近づいてはならないと教えられたでしょう。ですが皆さんが目指す魔法使いにとっては、この危険な鬼を討伐することも仕事です。ですので鬼について良く知ることが大事です」


 アンリエッタは振り返ると、順に三人の顔を見て問いかけた。


「みなさんは、鬼を見たことがありますか?」


 イオはおずおずと手を挙げた。アンリエッタの問いかけに挙手したのはイオだけだった。フレデリカとチェルシーは鬼を見たことがないらしい。

 しかしそれは普通のことなのだ。通常、町には鬼や野盗に対する備えがなされていて、騎士や行商の護衛を生業とするような人間でなければ鬼と相対することはまずない。イオの事例が特殊なだけである。


「イオ君は鬼を見たことがあるんですね。どれくらいの大きさでした?」

「ええと、普通の家よりは大きいくらい? だったと思います」


 色々と混乱する出来事が続いたのでイオも正確な大きさは覚えていないが、出会った二体の鬼はどちらも大人数人分以上の大きさだった。


「大型ですか、かなり危険な目に遭ったようですね……イオ君が無事にこの場にいられて何よりです」


 アンリエッタは僅かに目を見開いて、驚きを示した。

 確かにイオが出会った二体の鬼はどちらも大きく、本当に命の危機だった。イオも、アルマや他の騎士の人達も含めて全員が無事で良かったと今でも思う。


「さて、今私は大型と言いましたが、鬼は大きく分けて四段階の大きさで区分されています。虫や小動物程度の大きさまでを小型。家畜や人間と同程度の大きさまでを中型。人間より大きなものを大型。そして極めて稀ですが、大きさが小さな街を飲み込むほどの超大型の出現例もあります。当然ですが、大きな鬼ほど危険度は高いです。そして鬼はその特徴として、異常な黒色の体色を持ちます」


 イオが見たものは大型に分類される、とても危険度の高い鬼らしい。アルマも大型の鬼と呼んでいた。とはいえこの区分はあくまで便宜上のもので、具体的に数字で区分されているわけではない。それに同程度の大きさだからといって凶暴さや戦闘能力の高さも同じとは限らないらしい。鬼は個体ごとに見た目や危険度の差が激しく、一概には言えないのだそうだ。


「そもそも鬼とは何なのか。鬼は精霊が変質してしまったものだと考えられています」


 通常なら『祝福』を持たない人間には見ることが出来ない精霊。それが何らかの原因で突然変異をし、疑似的な肉体を持つようになったのが鬼だと考えられている。通常の生物とは異なる存在が鬼だ。

 鬼は食事や排泄をせず、生殖活動も行わない。そして寿命もなく、力を失えばその肉体は精霊と同じように消滅する。

 その在り方は生物とは大きく異なり、一種の自然災害とも捉えられる。


「精霊と鬼との大きな違い、それは勿論、魔法使い以外の目に見えることもそうなのですが、何より人を――と言うよりも、生き物を襲うことが挙げられます。鬼はそうして他の生物を殺すことでエネルギーを吸収するのです」


 生物がその命を終え、肉体と魂を繋ぎ止めていた楔の力が地上へ残り精霊へと変質する。鬼もまた同様の力を糧としているのだが、鬼は自身の力を持って他の生き物の命を意図的に奪い、その精霊へと変質する力を横から奪い取ることで自身の力として成長するのだという。


「小型の鬼が人間に襲いかかることは滅多にありませんが、他の小動物や草花の命を奪うことで徐々に中型、大型の鬼へと成長してゆきます。小型の鬼は発見も難しいので、魔法使いや騎士が戦うのは主に人間に害をなす中型や大型の鬼です」


 小型程度の鬼であれば危険な小動物と変わらず、武器を持った大人であれば蛇や野犬と同じように上手く追い払うことも可能かもしれない。

 しかし鬼は中型まで成長すると途端に力も凶暴性も増し、複数体が群れを成して積極的に人を襲うようになる。こうなると訓練を積んだ者でなければ相手に出来ない。まして大型ともなればその巨体と怪力で町をも破壊しかねない。

 だから鬼との戦いの専門家として魔法使いと騎士がいる。彼らは鬼を討伐し、町や大きな街道の安全を確保する任を受けているのだ。

 イオはアルマの詳しい任務内容を知らないが、彼女や彼女が率いる騎士団の人員もまた、王都近辺の街道を定期的に巡回して安全を確保している。


「鬼が発生する条件は多くの研究が行われていますが、まだ詳しい原因は解明されていません。しかし、鬼はこの国特有の存在です。他国では発生することがないようです。『精霊視の祝福』を授かる人が多いことといい、季候や土地環境の影響があるのかもしれません」


 魔法使いと騎士が鬼を退治し、人々の安全を守る。

 このベルニグという国は常に鬼と戦ってきた歴史を持ち、それは今でも続いている。故に未だ神秘の生きる国と呼ばれるのだ。


「最近は中型や大型の鬼の報告件数が増えてきているみたいです。魔法使いや騎士の奮戦によってこの国の平和は守られています。みなさんも将来は立派な魔法使いとなり、この国の民を守る存在となってください」


 アンリエッタの言葉に、イオは誰に見せるわけでもなく小さく頷いた。彼が魔法使いを目指す理由はまさにこれだ。父との約束に従い、多くを助けられるような立派な魔法使いになること。改めて気を引き締める。


「また直接鬼と戦うのではなく、鬼や魔法についての研究を行っている魔法使いも大勢います。魔法や鬼についての研究は西のラットベルトという街にある魔法学校で盛んに行われていますので、みなさんももし研究の道に進むのであればラットベルトで研究に励むことになるかもしれませんね」


 アンリエッタはそうして前半の授業を締めくくった。

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