第十九話:騎士科見学

 午後の実技訓練が終わった後、シェスカを先頭に一同は騎士科の建物へと向かった。

 普段、イオ達が授業を受けている校舎とは訓練場を挟んでちょうど向かい合う形で騎士科の建物は建っている。立地も相まって互いの生徒はもう片側の校舎に行くことはほとんどない。

 今回はシェスカが事前に話をつけてくれており、騎士科の校舎内を見学する予定だ。何人かの騎士科生徒が案内してくれるらしい。


「向こうの校舎は大きいですよね」


 騎士科には後者だけでなく学生の為の寮があり、一つ一つの建物も魔法科に比べて大きい。


「生徒の数が段違いだからね。私たちは指で数えられる人数しかいないけど、騎士科は二百人くらいの生徒がいるもの。私も、全員の顔なんて覚えられないくらい」

「そんなに沢山生徒がいるんですか?」

「それだけの数が寮生活してるらしいよ。信じられる?」

「大変そう……。私には無理」


 共同生活のなかで仲間意識を育み云々、と騎士科学生が寮生活を行っているのにも理由はあるらしい。イザベラは見知らぬ誰かと寝食を共にするというのは想像するだけでも嫌らしく、首を小さく振った。


「でもみなさんと共同生活するのも楽しそうですわ」

「規律も厳しいみたいだよ。勝手な外出も禁止らしい」

「そ、それは少し困りますわね……」

「お嬢はお家ではぐーたらしてそうですもんねぇ」


 フレデリカはチェルシーの指摘に顔を赤らめて反論する。


「そ、そういうわけではありませんわ! ただ、寮生活だとお父様やお母様、それにアリシアとも会えないから……」

「アリシア?」


 誰だろう、フレデリカの知り合いだろうか? とイオは首を傾げる。父母と並んで名前が出てきたことから、かなり親しい間柄のようだ。


「アリシアはわたくしの家に仕える家来の娘ですわ。小さい頃から一緒に過ごしている、友達なのよ」

「へぇ、そうなんだ」


 フレデリカはかなり良い家柄なのだろうと薄々イオも気がついてはいたが、まさか家来までいるとは。詳しいことは尋ねていないが、本当にどこかの貴族のお嬢様なのだろう。


「そのアリシアさんって確か、私より一つ年上なんでしたっけ? 会ったことはないですけど」

「そう、十四歳なの。女の子なのにとっても剣術が上手で、来年には騎士科に入学する予定なのよ。そうしたらきっと立派な騎士になるわ。そしてわたくしの筆頭騎士にしてあげるの。いつかイオやチェルシーにも紹介してあげますわ」


 笑顔で将来設計を語るフレデリカの表情は明るく、そのアリシアという人物のことを大切に思っているのだろうことが良く分かる。


「うん、楽しみにしてる」

「ええ、きっと仲良くなれるわ」


 そんな会話を交わしながら騎士科の校舎までたどり着くと、五名ほどの男子生徒がイオ達のことを待っていた。

 全員がシェスカと同い年か、それより少し年上くらいに見える。

 ただ皆やはり騎士科の生徒らしく鍛えていてがっしりとした体つきで、イオとは比べるまでもなく背が高い。


「ああ、シェスカさん。待ってましたよ」

「わざわざごめんね」

「いえ、とんでもないですよ」


 シェスカと親しげに言葉を交わした後、彼らは騎士科の建物を案内してくれる。

 建物はやはり魔法科の校舎の何倍も広い。騎士科は体を鍛え剣術・馬術を学ぶことが主ではあるが、彼らにももちろん座学はあるので、教室がずらりと並んでいる。シェスカの話によればイオ達魔法科とは比べるまでもないほど多数の生徒が在籍しているのだから当然のことだ。

 校内には生徒の姿も散見される。チェルシーは顔見知りだと思われる、何人かの生徒に対して手を振っていた。他の生徒もイオ達に注目しており、沢山の視線に晒されることにはあまり慣れていないイオはどことなく落ち着かない気分になる。

 そうして校内を巡っていると、突然、案内してくれていた騎士科の生徒が背筋を伸ばし、頭を下げた。周囲の生徒も同様に頭を下げている。

 何事かと思いイオが驚いていると、


「……おや? 魔法科の学生か」


 正面から歩いてきたのは壮年の男性だった。彫りの深い顔立ちで体格も大柄。声も呻くように低い。

 イザベラがこっそりとシェスカの後ろに隠れた。フレデリカもチェルシーの後ろに回る。


「ありゃ、教官殿じゃないですか。お勤めご苦労様でーす」

「こんにちは、教官」

「……チェルシー君、シェスカ君。一応、君たちには教官と呼ばれる覚えはないのだが」


 フッと口元を緩ませると、彼の持つ堅い雰囲気が幾ばくか和らいだ。


「チェルシー君はともかく、他の学生まで揃ってわざわざ騎士科の校舎まで来るとは珍しいね。一体どうしたのかね?」

「新しく魔法科に入った子を連れて、騎士科を見学に来たんです。他の子には案内をお願いしていました」

「そうか。あまり面白い物はないと思うが、好きに見ていきなさい」

「はい」


 男性はイオを見て、僅かに目を細める。


「君が新しい魔法科の生徒だね。確か……イオ君だったかな。アンリエッタから話は聞いている」

「は、はい。イオです。あの……?」

「ああ、名乗りが遅れた。私はゴドフリーという。アンリエッタの筆頭騎士で、騎士科の学長を務めている。騎士科の訓練指導も行っているから、よく学生からは教官と呼ばれているよ」


 よろしく、と差し出された手をイオは握り返した。長年、剣を握っているからだろう。ごつごつと堅く、大きな手だった。


「よろしくお願いします、ゴドフリーさん」

「ああ。君もよく勉学に励みなさい。では、私はこれで」


 ゴドフリーはそのまま立ち去った。廊下の角で曲がったゴドフリーの姿が見えなくなると、イザベラとフレデリカはホッと息を吐いた。


「……相変わらず怖い」

「別に怒られるわけじゃないんだから、そんなに怯えなくても」

「……顔が怖い」

「お嬢も苦手ですもんね、教官殿のこと」

「に、苦手ではありませんわ! ただ、どことなく怒った時のお爺様に似ているので……」


 確かにイオも思わず身構えてしまうほどに雰囲気が怖かった。ゴドフリーが怒ると、さぞや恐ろしいのだろう。

 周囲の騎士科学生もゴドフリーの姿が見えなくなると、フッと姿勢を崩した。彼がいるだけでその場の空気が張り詰めていた。


「まぁ、教官殿は有名ですからねぇ。緊張する気持ちも分からなくはないですが」

「え、そうなんだ」


 相変わらず噂話に詳しいチェルシーだった。イオは田舎育ちでそういった都会の話には疎いので、詳細を尋ねると得意げに語ってくれる。


「『剛剣ゴドフリー』といえば、剣術の達人として有名ですよ。筆頭騎士の人は大抵、魔法使いの助手的なイメージを持たれがちですが、教官殿は騎士個人の名が良く知られている珍しい人ですねぇ。世が世なら国の大英雄だったかも」

「ゴドフリーさんってそんなに凄い人なの?」

「三十年前、西の戦線で大活躍だったとか? アンリエッタ先生と二人で、それはもうすさまじい戦いぶりだったらしいですよ。それが評価されて二人は今、先生をされているそうですから」

「あとは『怪力の祝福』を持っていることで有名だよね」


 チェルシーの語る情報を補足するようシェスカが口を挟んだ。

 『祝福』とは、突如として目覚める不思議な能力の総称である。常人には出来ないようなことが出来るようになる、極めて珍しい能力のことを纏めてそう呼ぶのだ。。

 イオは『祝福』に対する深い知識はないが、そういう人が極まれにいるという話を聞いたことがある。

 それこそおとぎ話の英雄が持っているような力で、ある日突然、まるで天から授かるように能力が目覚めるので『祝福』と呼ばれているらしい。

 ゴドフリーはその『祝福』を持っているのだとか。『怪力』の言葉から推測するに、きっと凄い力持ちなのだろう。


「へぇー。僕、祝福を持っている人に初めて会ったよ」

「イオったら、何言っているの? わたくしたちもそうですわよ?」

「へ?」


 フレデリカが放った一言の意味が理解できず、イオは間抜けな声を漏らした。


「……魔法使いは『精霊視の祝福』。普通なら出来ないことが出来るようになるのが、『祝福』。なら、精霊が見えるのも、そう」

「……た、確かに?」


 よくイザベラの言葉を自分の中で反芻し、確かにその通りだと思った。

 『祝福』とは、通常なら出来ないことが出来るようになる不思議な力の総称。それならば、精霊が見えるというのも、普通は出来ないことなのだから祝福に分類されるのは自然なことだ。

 まさか自分も『祝福』を持っているとは考えもしなかったので、イオは気がつかなかったが。

 何せイオがこれまで『祝福』について知る数少ない情報源は創作や昔の伝記に出てくる主人公達で、その力がまさか魔法使いに関連するものだとは思わなかったのだ。

 何より『祝福』とはある日突然に天から授かる力だと言われている。だがイオの場合は物心がついた頃には精霊が見えていた。つまりイオが祝福を授かったのは記憶があやふやなほど幼い頃ということになる。


「まぁ、この国だと『精霊視の祝福』はそこまで珍しくないですけどねぇ。土地柄なのか血筋なのか、この国だと祝福を授かる人は大抵がこの祝福ですから」

「その分だけ、他の祝福を持つ方は珍しいんでしたわよね? 確か、授業で習いましたわ」

「おお、お嬢。良く覚えてましたね」


 チェルシーに褒められてフレデリカは胸を張った。


「とまぁ、そういうわけですわ。イオも立派な魔法使いを目指すのでしたら、もっとお勉強なさい」

「う、うん。頑張るよ」

「まぁまぁ、イオ君は学校に来て一週間しか経っていないんだし、これからだよ」


 最後にシェスカのフォローが入り、祝福談義は終了した。

 イオはやはり、自分の知識はまだまだ足りないのだと自覚し、これからも勉強していこうと一層気を引き締めたのだった。

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