第十六話:お昼休み
午前の座学が終わり、昼休憩の時間が始まる。シェスカとイザベラの二人も教室に戻ってきていて、イオは他の四人から質問の続きを受けていた。
「そういえばイオ君の出身は? どこから来たの?」
「僕はモーリスという村から来ました」
イオは質問に応えつつ、ロッジに持たされた昼食用のサンドウィッチの包みを机の上に広げた。スライスされたトマトやレタスなどの色鮮やかな野菜が挟まっていて、とても美味しそうだ。ちなみにイオはトマトが苦手ではない。
「……ごめん、どこか分からない」
「その、僕も地理のことは全然分からないんですけど、王都まで馬車で一週間くらいかかりました」
「へぇ、かなりの距離があるんだねぇ」
シェスカは感心したように声をあげた。実際に、馬車で一週間という旅路はかなりの距離がある。
実は本来ならこれほど離れた場所まで、アルマが鬼を討伐しに行くことは滅多にない。このベルニグでは各地に魔法使いが滞在し、それぞれが領地内の治安維持の仕事を任されていて、アルマはあくまで王都の周辺を担当しているだけだ。
それでもアルマがイオの暮らすモーリス村までやってきたのには理由がある。それは近辺で大型の鬼の目撃情報が複数寄せられていたからだ。
本来鬼の討伐を任されるはずの魔法使いは別の鬼の討伐に赴いており、緊急的に王都からアルマがモーリス村まで派遣されたのである。そうそうあることではないのだが、短期間で危険な大型の鬼が複数体出現した場合にはこうして近くの魔法使いが緊急派遣される場合があるのだ。
そして遊撃のような役割をこなすことが多いアルマの騎士団が今回も派遣された、という経緯がある。
そんな事情をイオは知る由もないが。
「それなら、今はイオも王都で暮らしているのよね。引っ越しでもしたのかしら?」
「今はアルマさんという魔法使いの人のお家でお世話になってます」
「えっ、イオ君ってアルマ先輩の家でお世話になってるの?」
シェスカがアルマという名前に驚いた。見れば、イザベラも僅かに驚いた顔をしている。
「えっ、お二人はアルマさんと知り合いなんですか?」
「……知り合いも何も、あの人は先輩」
なんと、シェスカとイザベラはアルマのことをよく知る後輩らしい。
言われてみればアルマもこの学校を卒業しているので、後輩がまだ学校にいてもおかしくはない。
シェスカは懐かしさを瞳に宿し、薄く微笑みながら語る。
「アルマ先輩は二年前に卒業した私たちの先輩だよ」
「わたくしとチェルシーは、直接の面識はありませんわね」
「フレデリカとチェルシーはアルマ先輩とメアリ先輩が卒業してからこの学校に来たから、会ったことないもんね」
そしてアルマのことを知っているということは、アルマと魔法学校で同期だったメアリのことも知っているようだ。
「……今、アルマ先輩は元気?」
イザベラの問いにイオは頷き返す。
「元気ですよ。今日も一緒に学校に来たんですけど」
「えぇ、探して挨拶すれば良かったなぁ」
「でもアルマさん、仕事が忙しそうでしたよ。今日もすぐに帰って、騎士団の仕事が、って話してました」
「それもそっかぁ」
現役の魔法使いであるアルマは何かと忙しそうにしている。毎日騎士団を率いて鬼退治に飛び回っているわけではないようだが、日々の騎士団運営だけでもやることは多いのだろう。シェスカは仕方ないか、と苦笑した。
「アルマ先輩は、優秀な人だから……」
「そうですねー。私も噂は良く耳にしますよ。メアリさんと並ぶ、若手魔法使い出世頭の一人じゃないですか」
「え、アルマさんってそんなに凄いんですか?」
チェルシーが持ち出した話にイオは興味を持ち尋ね返す。
アルマが優秀な魔法使いであることはイオにも異論はないが、そんなに噂されるほど凄いのだとは知らなかった。チェルシーは得意げに、アルマの武勇伝を聞かせてくれる。
「そりゃもう、有名も有名ですよ。ベルニグ東部で力を持つ大貴族、ヒプテット家の才女。僅か十六歳で魔法学校を卒業と同時に騎士団を率いて鬼退治におもむき、数々の危険な鬼を討伐してついた二つ名は『氷縫』。現在は十八歳ながらその実力を認められ、王都勤めで信頼も高い。加えてあの美貌とくれば、文句の付け所が見つからないってものですねぇ」
「チェルシーってば、随分と詳しいのね」
ぺらぺらとアルマについての情報を語ってみせたチェルシーにフレデリカは感心した様子だ。チェルシーは人差し指を立てて、へらりとだらしない笑みを作る。
「お嬢、将来的に仲良くしたい魔法使いの先輩ですよ。そりゃ、お相手のことはよく知っておかないと」
「そ、それもそうね……」
そこからしばらく、チェルシーが妙に詳しいアルマや他の魔法使いの武勇伝で話が盛り上がり、一段落が付いた頃。今度はイオから話を切り出した。
「そういえば僕も聞きたいことがあるんですけど」
「何かな?」
「この学校にいる魔法使い見習いって、今のところ皆さん四人だけなんですか?」
他の生徒はいたりしないのだろうか? イオは疑問に思った。
「あぁ、実はもうひとりいるよ。私の二つ年上の先輩で、ガナッシュっていう人が」
ガナッシュ、どうやら男性名のようだが。
「男の人ですよね?」
「そりゃ勿論、ガナッシュさんは正真正銘男の人ですよー」
年は離れているが、イオと同じ男子生徒もいるらしい。今まで出会った魔法使いの中に男性はいなかったので、イオは同性の先輩だというガナッシュに興味を持った。
「そのガナッシュさんという人は今は学校にいないんですか?」
「……今は卒業に向けて、実地訓練をしている」
「実地訓練?」
「そう。学校を卒業する前に実際に騎士団に配属されて、そこで一年間現場で働く。ガナッシュ先輩は南の方に配属された」
「たまに手紙を送ってくれてますけど、大変そうですねぇ」
残念ながらガナッシュは、今はこの学校にいないらしい。イオは少しだけ肩を落とした。
「どんな人なんですか?」
「優しい、兄のような方ですわ」
「……頼りになる先輩」
「ちょっと抜けてるところもあるけど、気の良い人だよ」
「私も、面白い人だなーと思いますねぇ」
フレデリカ、イザベラ、シェスカ、チェルシーと続く四人の評判を聞いて、イオはまだ見ぬ同性の先輩を想像する。
「今度、みんなでまたガナッシュ先輩に手紙を書くから、イオ君も一緒にどう? 同性の後輩が出来たって聞いたら、きっとガナッシュ先輩も喜ぶよ」
「はい、ぜひ!」
イオは力強く頷いた。
そうして五人は楽しく談笑を続け、昼休憩の時間は過ぎていった。
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