第十七話:実技訓練

 昼休憩を終えて、午後からは実技訓練を行うことになる。今からはシェスカとイザベラも合流し、五人全員でアンリエッタの指導を受けることになった。

 五人は揃って教室を出て中庭へ向かう。イオが先ほどの試験で地面に穴を開けた場所でもあるが、そこの一角からは少し離れた場所に集合する。ここで魔法の訓練をするらしい。


 中庭は広く地面がしっかりと踏み固められていて訓練の為に作られたのだということがわかる。だが周囲には手入れされた花壇があったり木が植えられていたり、はたまた小さな池が作られていたりもして、何も知らなければ訓練場なのか目を楽しませるための憩いの場なのか分からず、ちぐはぐな印象を受けるかもしれない。

 実はこれら周囲の環境は精霊達を集めるために作られた設備なのだ。

 魔法学校は王都カンビエスタという大都市に存在し、環境上は火の精霊が集まりやすい。だが魔法使い見習いには当然ながら火の精霊以外の精霊を使役する生徒もいるので、訓練の為にこの場に集まる精霊のバランスをある程度調整しているのだ。精霊研究に基づく計算がされた庭なのである。


「では始めましょう。まずはいつものように準備体操と、基礎体力向上のための走り込みから」


 アンリエッタの指示のもと、柔軟運動で体をほぐしてから走り込みが始まった。

 魔法使いであっても体力・筋力は欠かせないとのこと。日によっては騎士科で飼育している馬に乗る訓練もするらしい。騎士科の訓練と比べればよっぽど軽いとシェスカが教えてくれるが、そんなことを言われても辛いものは辛い。

 イオも年相応に外で元気に遊んでいた健康的な子供だが、かくれんぼで走り回ることと、体を鍛える目的でのランニングはまた異なる。

 走り終えるころにはイオはヘトヘトに疲れていた。顎から汗を滴らせ、地面に座りこんでしまう。横目で隣を見れば、同じようにイザベラも地面に座り込んで肩で息をしていた。


「イザベラ、しっかりしなさいよ。イオ君と変わらないじゃない」

「う、運動は嫌い……」


 他の三人は慣れたもので、軽く息が弾む程度のようだ。

 同い年くらいで、しかも女の子であるフレデリカも余裕そうで、イオは少しだけ悔しい気持ちになる。


「情けないですわよ、イオ。わたくしの子分なんですから、これくらいでへこたれていては困るわ!」


 ちゃんと体を鍛えて体力をつけよう、とイオは静かに決意した。

 そして少しの休憩を挟み、いよいよ魔法の訓練がはじまる。

 シェスカとイザベラは既に魔法を使えるらしいので、その訓練を。そしてまだ魔法が使えず精霊との交信をする段階のフレデリカとチェルシーは、離れた別の場所で精霊との交信を行うそうだ。


「あら? イオ、あなたはわたくしたちと来るのよ。シェスカお姉様とイザベラお姉様はもう魔法が使えるから、近くにいると危ないわ」


 フレデリカがイオの手を引いて連れて行こうとしてくれるが、イオは困ったように笑う。


「ええと、実は……」

「イオ君は既に魔法が使えるので、ここからはシェスカさんとイザベラさんの二人と一緒に、魔法の訓練を行いますよ」


 助け船を出すようなアンリエッタの一言で、四人は驚きイオを見た。


「えっ、イオ君魔法が使えるの?」

「驚いた……」

「は、はい。一応ですけど。でもまだ分からないことも多いので、色々と教えてください」

「わ、分かったわ。うん、お姉さんに任せて」


 シェスカは額に汗をかきながら曖昧に頷いた。

 フレデリカとチェルシーがアンリエッタの指示でこの場を離れる。イオはシェスカとイザベラと一緒に魔法の訓練を始めることになった。

 魔法を使う前段階として、まずは精霊に呼びかける。

 シェスカとイザベラが目を閉じ、集中を始める。すると徐々にではあるが精霊が彼女たちのもとへ集まり始める。イオが見たところ、それぞれ二人が使役する精霊はイオが使役する地の精霊とは違うようだ。

 イオもいつものように精霊に心の中で声をかける。どこからともなく姿を現した精霊はイオの周りへとすんなり集まってきた。


「……イオは精霊の扱いが上手」

「え、そうですか?」

「悔しいけど、私よりずっと上手い。先輩として負けられない」


 イザベラがイオを見てそんなことを言った。表情の変化が乏しいイザベラの顔から悔しさを読み取ることはイオには出来なかったが、彼女なりに後輩に良いところを見せたいのだろう。


「ではいつものように、順に魔法を使っていきましょう。まずはシェスカさんから」

「はい!」


 シェスカが魔法を行使する。目を閉じて集中し念じると、手元に火の精霊が集まり右手に拳大の緋色の球体が出来上がった。


「えいっ!」


 さらに勢いよく手を振りかぶると、その緋色の球体からまるで鞭のように炎が伸び、叩きつけた地面に焼き跡が残る。人に当たったら、大やけどでは済まないだろう。

 イオは思わず感嘆の声を上げた。


「はい、良く制御出来ています。あとは威力と射程を伸ばせるよう訓練していきましょう。騎士との実践的な連携も考え、自分の得意な使い方以外も模索してくださいね」

「分かりました」

「次はイザベラさん。お願いします」

「はい」


 続いてイザベラの番だ。彼女はシェスカよりも魔法の扱いに慣れていないようで、発動までかなり時間がかかった。

 彼女は水の精霊を使役するようだ。彼女が手を振りかぶると、その手の先から水鉄砲のように水が流れ出る。生み出された水がバシャリと撒かれて地面に小さな跡を作った。

 シェスカの魔法に比べれば威力や派手さでかなり見劣りするが、これも立派な魔法である。


「イザベラさんは最近魔法が使えるようになったばかりですからね。まだまだ精霊の力を使い、魔法を扱うことに慣れていないようにみえます。繰り返しが大事ですから、焦らず確実に訓練していきましょう。まずは規模や威力より、安定して使えるように心がけましょう」

「はい……」

「次はイオ君ですね。イオ君は……そうね」


 アンリエッタは土の上に、おおよそ一メートル四方くらいの線を引いた。


「魔法を発動する範囲を意識して使ってみましょうか。この線の範囲に絞って魔法を使えますか?」

「やってみます」


 イオは頭の中で念じて精霊に願った。あの四角の中をへこませてと。

 イオの願いを聞き届け、精霊が光り魔法が炸裂する。

 ドゴンッ! と音を立てて地面が砕かれた。

 イオが放った魔法はアンリエッタが引いたラインを大きく逸脱し、二、三メートルほどの大きな穴を作り出した。


「……制御はやはり、イオ君の課題ね。威力は申し分ありませんので、もう少し丁寧な動作を心がけてみてください」

「は、はい。分かりました……」


 こうして確認してみると、想像以上に自分の使う魔法が大雑把で、イオは気落ちしてしまった。これは本当にちゃんと練習していかないと危ない。


「では、三人は訓練を続けてください。シェスカさんは、炎の射程を伸ばすことを意識して。イザベラさんは、一度に生み出せる水の量をなるべく多く、一定に保てるように。イオ君は、地面に空けた穴を今度は埋め直したり、突き出させたりを繰り返してください。私は一度、フレデリカさんたちの方を見てきますので」


 アンリエッタは三人に訓練内容を言い渡し、フレデリカとチェルシーの様子を見に行った。


「いや、イオ君凄いね」


 シェスカはイオが作り出した地面の破砕痕を見ながらしみじみと呟く。


「魔法も派手だったし、威力はもう私たちよりよっぽど高いんじゃない?」

「……そういうシェスカの鞭も、派手」

「わ、私のはそういう物だからしょうがないでしょ! やってみたらあれが一番しっくりくるんだもん! それにここは王都の中だから、火の精霊が多いし」

「僕は制御が全然ダメでした……」

「……それは、要練習。私もまだまだ魔法が使えるようになったばかりだから、一緒に頑張ろ?」

「そうだよ、頑張ろう!」


 年上のお姉さん二人に励まされるイオ。


「はい、頑張ります!」


 やる気のままに、イオは早速アンリエッタから言い渡された課題訓練を実行する。

 目標は先ほど自分で作った地面の穴。そこを埋め直して、平らにしようと魔法を使った。

 しかし実際に発動した魔法はイオのやる気を無駄に吸い取ったように勢いづいていた。

 ドゴンッ! と音を立てて勢いよく地面が盛り上がる。まるで下から突き上げるような勢いで、石柱のように地面が大きく隆起した。そのまま相手にぶつければ大人でもノックアウト出来そうな威力だ。


「……難しいですね」

「「頑張って」」


 そのまま、イオは地面を砕いては盛り上げ、砕いては盛り上げを繰り返し、ヘトヘトになりながらその日の実技授業を終えた。



  ◆  ◆  ◆



 初日の授業を終え、イオは迎えにきたカイネスと二人でアルマの屋敷へと帰る。夕方になると人通りもどこか早足に見え、イオは都会独特の不思議な忙しなさを感じ取っていた。


「初日はどうだった? クラスメイトとは仲良く出来そうか?」

「何というか……みんな個性的だけど優しかったです」

「そりゃ良かった。ボウズに友達が出来なかったらどうしよう、ってアルマのやつ、実は心配してたんだぜ?」

「そうだったんですか?」


 カイネスはニヤッと笑ってあ、アルマの秘密を暴露する。


「ボウズの前ではそんな素振りみせてないけどな。アルマって、実はああみえて心配性なところがあるんだよ。本人には内緒な?」

「分かりました」


 二人で顔を見合わせて笑い合い、すっかり日が傾いた通りを歩いて屋敷へ帰る。屋敷にたどり着くと、ロッジが出迎えてくれた。


「ああ、お帰りなさい」

「ただいまです。ロッジさん」

「おう、ロッジ。お疲れさん」

「カイネスさんもお疲れ様です。イオ君の送り迎え、ありがとうございました」

「じゃあ俺の仕事はここまでだな。詰め所に帰るわ、また明日な」


 カイネスはイオを送り届けると、騎士団の詰め所に帰ると言って去った。その背に向かって手を振り見送る。そしてその日は夕食を食べ終えると、疲れからイオはすぐに眠ってしまう。

 こうしてイオの登校初日は、新たな友人四人を増やして終わった。

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