第十五話:初めての授業、精霊について
アンリエッタが教室に戻ってくるとひとまずの質問攻めは止み、全員が教室の座席に座った。席は特に指定されている訳ではなさそうだが、おおよそ誰が何処に座るかの定位置は決まっているのだろう。イオも空いている席に腰を下ろす。
いよいよ初めての授業が始まる。
この魔法学校では午前中は主に座学を、午後からは実技訓練を行うことになっている。とはいえ当然だが年齢も学校に通った期間もそれぞれ異なるので、学習の進捗はバラバラだ。なので授業と言っても全員が合同で受けることはそうそうないらしい。
始めにアンリエッタが朝の挨拶を済ませると、シェスカとイザベラの二人は図書室へと行ってしまった。シェスカは既に魔法学校に通い始めて三年と少し、イザベラも二年が経っているので、また別の内容の授業を受けたり、自習したりが主らしい。
一方でフレデリカとチェルシーはまだ入学して一年しか経っていないそうなので、イオと共に座学を受けることになった。
座学では魔法使いに関連した知識の他にもこの国の歴史や法律、読み書き計算など魔法に関連しない教養も合わせて学ぶことになる。
「さて、今日はイオ君が新たに加わったので、改めて精霊についての知識を学びましょう。フレデリカさんとチェルシーさんには復習となりますが、魔法使いにとって精霊は切り離せない存在です。しっかり復習してください」
アンリエッタは黒板に大きく文字を書き始めた。
「精霊には大きく分けて六つの属性があります。火、水、風、地、光、闇の六つです。人が暮らす町では火の精霊、川や湖といった水辺では水の精霊、山や丘では風の精霊、森では地の精霊が多いです。また、光の精霊と闇の精霊はどこにでも存在します。他の精霊も先ほど述べた場所では多いというだけで、別の場所にはまったく居ないということはないでしょう。また、例えば街のなかと言っても近くに川辺や林などがあれば、割合は変わるでしょう」
アンリエッタが振り返り、イオに視線を向けた。
「ではイオ君。そんな精霊達ですが、そもそも精霊とは一体何だと思いますか?」
「えっと……精霊は精霊じゃないんですか? ただそこにいる、というか」
「残念ながら、それは正確ではありませんね。フレデリカさんは答えられますか?」
指名されたフレデリカは答えを知っているのだろう。自信満々といった表情で元気よく立ち上がった。
「はい。精霊は生き物が死に、天上の国ピアへと魂が還るとき、天上の国へと持ち帰られず残されるものが精霊ですわ」
「はい、よく出来ました」
天上の国ピアの話はイオも知っている。生き物は死ぬと魂が天上の国ピアに迎え入れられるのだ。そしてそこで、やがて再び肉体を得て魂が地上へ降りるそのときまで安らかな眠りにつくのだと教えられた。
「生物は命を終えるとその肉体は大地へ、魂は天上の国ピアへと還ります。ですが天上の国へ迎え入れられるのは魂だけ、大地へ還るのは肉体だけ。それまで肉体と魂を繋ぎ止めていた楔となる力は地上に残されます。この肉体と魂を繋ぎ止めていた楔の力が変化して、精霊になるのだと考えられています」
アンリエッタが黒板に図を書き入れていく。
「日々、あらゆる場所で命は生まれ、そして死んでいます。森や川だけでなく人が暮らす町でもそうです。人や動物はもちろん、小さな虫や草花が死に、魂が天上の国ピアへと還っています。そして地上に残された楔の力が周囲の環境によって精霊へと変化するのです」
だから仮に一切の命がない土地があるのだとしたら、そこに精霊はいないのだとアンリエッタは語った。勿論、そんな土地は存在しないだろうと付け加えて。
「個々の精霊に生前の記憶はありません。何故なら、魂はもう天の国へと還っているのですから」
イオはかすかに驚いた。彼ら精霊はイオが聞けば答え、あちこちを気まぐれに飛んでいる。だが彼らには魂や肉体どころか記憶もないのだという。
「とはいえ、精霊達が必ずしも自我を持たないのかと言うと、そういうわけではありません。魂は天上の国ピアへと迎え入れられますが、その時に魂の全てが天上の国へ迎え入れられるわけではないと考えられています。僅かな取りこぼし、地上へと残されてしまったものが精霊へと作用し、彼ら精霊にぼんやりとした自我らしきものを根付かせるのだという説が一般的です」
ここでイオの頭の中に疑問が湧いた。村にいたときは精霊に呼びかけるとみんな応えてくれたが、王都に来てからはイオが声をかけると、応えてくれる精霊もいれば、そうでない精霊もいる。この違いは一体何なのだろうか?
「アンリエッタ先生、質問です」
イオはその疑問をアンリエッタに伝えた。
「なるほど、良い質問ですね。それは魔法使いの声が精霊に届いているかどうか、つまり精霊との親和性の問題です」
親和性とは? またしても知らない不思議な言葉が出てきた。イオはアンリエッタの話をしっかりと聞き、メモに書き込んでいく。
「当然、精霊たちは人間の言葉を理解しません。ですから彼らとのやりとりは通常なら行えない。ですが訓練を重ね、繰り返し心の内で呼びかけることで彼らと交信することが可能になります。そこから彼らに命じ、魔法を使えるようになるのです。長い時間をかければやがて精霊は呼びかけに応えてくれるようになりますし、訓練を重ねて精霊との親和性が高まった魔法使いであればどんな土地にいっても、ある程度なら精霊と交信することが可能になります」
つまりイオの場合、生まれ育った土地の精霊とは仲良くなっているのでやりとりに問題はないが、この王都の精霊には言葉が通じなかったり、信用してもらえていなかったりするということだろうか。
イオもこれから王都で暮らしていく間に、精霊たちの信頼を得ていく必要があるらしい。
「これはあくまで現在に考えられている通説であり、精霊については正確なことがまだ分かっていないことも多いです」
魔法使い、非魔法使いを問わず多くの研究者が、日々精霊についての研究を行っているらしい。
そしてそういった魔法や精霊に関する研究は西のラットベルトという街にある、もう片方の魔法学校で盛んに行われている。
「ですが魔法使いにとって、精霊と交信し続けることは自らの力を高めるためにとても重要なことです。見習いである皆さんも、毎日必ず行うようにしてください」
アンリエッタはそう授業を締めくくった。
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