第十二話:クッキー作り


「ロッジさん、何か手伝えることはありませんか?」

「手伝いですか?」


 イオがアルマの屋敷で世話になり始めて、四日目の昼過ぎのことだ。今日も燕尾服姿で屋敷の中を掃除しているロッジに向かってイオは打ち明けた。


「暇なんです!」


 イオの身分は居候になる。しかしアルマの計らいでイオは不自由なく生活出来るように気を遣われ、まるで客人のような扱いを受けていた。

 初めは慣れない生活環境と待遇に馴染めず落ち着かないイオだったが、三日も経てば徐々に慣れはじめ、やがて余裕が生まれると、むしろすることが何もない現状に落ち着かなくなりだした。

 村に居た頃は大人の仕事を手伝うか、子供同士でかけっこや釣りなどで遊び、外で体を動かすことが多かったイオだ。

 しかし王都に来てからは一人で外出するわけにもいかず、屋敷の中で過ごしてばかり。一日中屋敷にいてもすることがなく、そんな折にロッジが屋敷を掃除していたので、掃除手伝いを申し出たのだが。


「うーん。申し出はありがたいのですが、これは私の仕事なので……」


 ロッジも主であるアルマから給金を受け取って屋敷の仕事を任されている身だ。イオの申し出は嬉しいが、自分の仕事を子供に任せる気にはならなかった。


「そうですか……」


 残念そうに肩を落とすイオに、ロッジは少し思案し、


「良かったら、後で一緒にお菓子作りでもしますか?」

「え?」


 ロッジからの提案に、イオは目をぱちくりさせた。


「掃除が終わったら、三時のおやつにクッキーを焼きますので。退屈なら一緒にどうでしょう?」

「クッキー……?」

「焼き菓子ですよ。砂糖を混ぜた生地を焼いた、甘くてサクサクした食感の焼き菓子です。アルマお嬢様が好きで、よく作るよう頼まれるんですよ。今日も読書の合間のお茶請けにと頼まれているのです」


 ロッジは特に料理が得意で、仕事でもあり半ば趣味でもあった。今回のクッキー作りもその延長のようなものなので、イオも楽しめるだろうと考えたのだ。何より、甘い物は子供や女性に受けが良い。

 イオは簡単な料理の手伝いこそ経験があるが、お菓子作りは経験がない。

 そもそもあまり裕福とは言えない農村出身のイオにとって、甘い焼き菓子は普通なら手の届かない存在。それを自分の手で作れると聞いて、興味が湧かないはずが無かった。


「やりたいです!」


 イオの元気な返事に、ロッジはくすりと笑みをこぼした。



  ◆  ◆  ◆



 仕事を一通り終えたロッジと共に、イオは調理場に立っていた。


「それでは、クッキー作りをはじめましょうか」

「はい、お願いします!」

「とは言っても、生地は作り置きがあるので焼くだけなのですけれどね」


 ロッジは調理場にある大きな棚を開けた。金属と石を組み合わせて作られている大きな棚の中には、様々な食材と巨大な氷が入っている。その中から棒状にして保存してある生地を取りだした。


「本当に魔法って便利ですよね。これなら食材の保存が楽ですから」


 普通は焼き菓子の生地を保存するなんて出来ませんよ、とロッジは笑う。

 アルマが定期的に魔法で食材を凍らせることで、新鮮なまま保存が出来るのだとか。氷を操る魔法を使うアルマにしか出来ない、何とも贅沢な魔法の使い方である。


「ではこの生地を、食べる分だけ薄くスライスします。厚さが変わらないよう、等分するのがコツですよ。そうしないと、火の通りがまばらになって味が悪くなります」

「はい」


 ロッジ監修のもと、イオはナイフで生地を切り分ける。凍らせていた生地は適度な固さを持っていて、切り分けるのに少し力が必要だった。


「この生地って、何で出来ているんですか?」

「牛乳から抽出した油と砂糖を混ぜて、そこに卵と小麦を挽いた粉を混ぜてあります。ナッツを混ぜると食感が出て、また面白い味になりますよ」

「へぇー」

「次は生地作りも一緒にしますか?」

「やりたいです」


 イオが生地を切っている間にロッジは火の用意を進める。


「あとは凍った生地が溶けるまで待ってから、切り分けた生地を焦がさないように焼くだけです」

「簡単なんですね?」

「生地が作り置きできるからですよ。本当ならお菓子作りはもう少し時間も手間もかかります」


 アルマが度々ねだるので、生地はいつも作り置きしているのだとロッジは笑う。


「でも、焼くのも難しいですよ。薄いから、気を抜くとすぐに焦げてしまいます」


 温まった平鍋に切り分けた生地を敷き詰め焼きはじめると、香ばしく甘い匂いが漂いはじめる。


「おいしそうですね……!」

「出来上がったらお嬢様に差し入れて、それから私たちも食べましょうね」

「はい!」


 イオがクッキーの焼き上がりを見ている間にロッジは傍らで紅茶を淹れる。そうして三時のティータイムの支度が整った。



 ◆  ◆  ◆



 アルマの部屋のドアがノックされる。


「入れ」

「失礼します、お嬢様。お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 アルマは読んでいた本を閉じ、ロッジが運んできた紅茶とクッキーを受け取る。


「読書ですか」

「ああ。とはいっても、娯楽の本だよ」


 この国は盛んな林業と優秀な製紙技術、そして識字率の高さから、本は知識の蓄積に留まらず娯楽の一種にもなっている。

 アルマが先ほどまで読んでいた本は大衆にも人気のある、貴族の恋愛を面白おかしく書いた架空の娯楽小説だった。


「お嬢様、そういうのお好きですよね」

「悪いか? 私だって年頃の娘だぞ」


 冗談交じりで頬を膨らませるアルマに一つ頭を下げ、ロッジは退室しようとするが、


「まぁ待てロッジ。仕事に一段落付いているのなら、少し付き合え」


 読書にも疲れてきたアルマはロッジに対し、話し相手になるよう言った。しかしロッジは頭を下げ、それを辞退する。


「申し訳ありませんが、先約がありまして」

「先約?」


 ロッジは頬を緩ませた。


「イオ君とこれから、クッキーを食べますので。今日のクッキーは、実は二人で焼いたものなのです」

「……そうか。なら仕方がないな」

「ええ、申し訳ありません。失礼します」


 アルマは薄く笑ってロッジを見送ると、クッキーを一つつまみ上げた。


「……イオに出来るなら、私にも出来るか?」


 そのまま口に放り込んだクッキーは、サクリと軽やかな音を立てた。

 この日以降イオは度々ロッジから料理やお菓子作りを教わるようになり、アルマもまた時折、お菓子作りに参加するようになった。

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