第十一話:回復魔法の使い手


 メアリに連れて行かれた鞄屋で丈夫そうなリュックサックを買い、近くの雑貨屋で筆記具などの雑貨を見繕って店を出ると、日がちょうど真上のあたりまで昇っていた。


「もうお昼かぁ」

「ちょっとお腹が空いてきましたね」

「だよね、あたしも。そろそろお昼ご飯食べよっか。何が食べたい? お姉さんが買ってあげるよ?」


 昼時ともなれば、食べ物を売る屋台の客呼びの声にも一層力が入っている。イオはその中で、甘辛い匂いを漂わせるタレをつけた鳥の串焼きが気になった。


「あれが食べたいです」

「ん、串焼きね」


 屋台の店主から鳥肉の串焼きを数本買うと、二人は手近な縁に腰掛けて食べ始めた。イオもさっそく一口、串焼きにかじりつく。村ではあまり縁の無かった物珍しい味付けと、買い食いという馴染みのない行為はイオにとって良いスパイスとなった。


「美味しい?」

「すごく美味しいです!」

「それは良かった」


 串焼きにかじりつきながら、イオは先輩魔法使いにふと思いついた質問をした。


「メアリさんも魔法使いとしてお仕事しているんですよね?」

「ええ、そうよ。今日はお休みだけど」

「じゃあメアリさんも鬼と戦ったりするんですか?」

「あー、私はあんまり外には出向かないかなぁ。アルマみたいに騎士を引き連れて鬼退治、なんて仕事は、私には回ってこないわ」


 メアリははにかんで首を横に振った。


「そうなんですか?」


 イオは、以前にアルマから聞いた話を思い出した。魔法使いの中には鬼退治といった仕事ではなく、主に魔法の研究を行う魔法使いもいるのだとか。

 メアリの活動的な雰囲気からあまり研究者らしい印象は感じ取れないが、ひょっとするとそういう研究職に就いているだろうか?

 だが答えはイオの予想とは異なっていた。


「じゃあメアリさんは普段は何してるんですか?」

「怪我人や病人の治療。何を隠そう、私は世にも珍しい治癒魔法の使い手なのよ!」


 メアリは薄い胸を張って自慢してくれるが、その凄さがイオにはまったく分からない。


「あ、スゴさが分かってない顔してる」


 食べ終えた串焼きの串をお行儀悪く口に咥えたままで、メアリはニッと得意げに笑った。


「病や傷を癒す魔法が使える魔法使いは、本当に珍しいんだから。今だとこの国に私ともう一人、合計で二人しかいないのよ。歴史を見れば、治癒魔法が使える魔法使いが一人もいなかった時代も長くあるんだから」


 普通の魔法使いですら国に七十人程度しかいないと聞いたが、その中でもたった二人しかいないというのは本当に珍しいのだろう。

 メアリは自分の胸に手をあて、誇らしそうに語る。


「魔法は確かに凄い力があって、色々なことに役立つわ。でも傷を癒す魔法っていうのはその中でも特別だと、私は思ってる。だって、直接命に関わって誰かを助ける魔法だもの。だから私は特に重大な病人や怪我人の治療で引っ張りだこなわけよ」

「凄いですね!」

「そうそう、凄いのよ。もっと尊敬しなさいな」

「はい!」


 素直なイオの返事に、冗談交じりだったメアリは少したじろいだ。しかし年下から真っ直ぐに尊敬の眼差しを向けられる、というのは気分が良いようで、彼女は鼻歌交じりに次の串焼きにかじりついた。そうして口の横に付いたタレを舌でなめとりながら、話題をイオの魔法に移した。


「そういうイオ君も、もう魔法が使えるんでしょ? アルマから聞いたわよ」

「い、一応?」

「どんな魔法が使えるの?」

「どんな、って」

「ひとくちに魔法といっても千差万別。同じ属性の精霊を使役していても、その人が使える魔法は大きく異なるわ。例えば、私もアルマも火と水の精霊を使役している。けれどアルマは氷を生みだす魔法で、私は傷を癒す魔法が使える。ね? 全然違うでしょ?」

「確かに……」

「精霊の持つエネルギーをどう使うかはその人のイメージ次第ね。イオ君の魔法はどんな魔法なの?」


 イオは初めて魔法を使ったときのことを思い出す。最後には気を失ってしまったため一部が曖昧だが、自分がアルマやカイネス達を守ろうとして、どうしたかはぼんやりと覚えていた。


「えっと、自分でもよく分からないんですけど、精霊のみんなにお願いしたら、地面が割れたり形が変わったりして……」

「地形操作かぁ……。また可愛い顔に似合わず随分と豪快な魔法を使うのね」

「ぼ、僕のせいですか? 精霊のみんなが好き勝手にしたからそうなったものだと……」


 イオとしては精霊のみんなに「手伝って」「助けて」とお願いしただけで、具体的にどうこうしてほしいという指示を出したつもりはなかった。だからてっきり、精霊が勝手に魔法を使った結果あんな風になったのだと思っていたのだが……。

 すると、イオの周りにどこからともなく精霊が集まり始めた。

 呼んだ? 呼んだ? と、彼らは呑気そうだ。


「呼んでないよっ」


 イオがすぐに解散を告げると、精霊たちは素直にいなくなった。

 そのやりとりを見ていたメアリは、興味深そうに眉を動かした。


「へぇ……。いわゆる『精霊遣い』って、会ったのはイオ君が初めてだけど、こうもしっかり精霊を使役出来るものなのね。訓練していないんでしょ? 素直に驚いたわ」

「え、今のって使役しているんですか」


 イオとしてはいつも通りの彼らとのやりとりのつもりなのだが。今だって、呼んでもいないのに勝手に集まってきただけだ。これでは使役しているというより、じゃれているようなものだが。


「普通、精霊の姿が見えるのと精霊と交信出来るのは別物なのよ。魔法使いは何年も訓練して、ようやく気まぐれな精霊達とやりとり出来るようになる。私だって最初は、精霊に声をかけてもそっぽ向かれてばっかりだったもの。ましてや指示を出して、魔法を使うなんて出来っこないと思ったわ」


 今ではもう私の言うことを聞いてくれるけどね、とメアリは苦笑する。


「だから、精霊とやりとりが出来るっていうだけでも十分に凄いことなの。それをちゃんと分かった上で、魔法の制御が出来るようしっかり訓練するのよ」

「はい、同じ事をアルマさんにも言われました」


 すでに魔法が使えてしまうイオは、特に魔法が暴発しないように気合いを入れて訓練しないといけないのだろう。アルマから何度も言われている。

 イオは、こうしてわざわざメアリが買い物に付き合ってくれているのはまだ一人で街を歩かせるわけには行かないからなのだろうと、薄々気がついていた。


「うん。きっとイオ君なら大丈夫だと思うけれど、魔法を悪さに使ったらダメだからね?」

「分かってます」

「なら良し!」


 ニコッと笑い、メアリは最後の串焼きを食べ終えると立ち上がった。イオも慌てて残りを口の中に放り込み、立ち上がる。

 そうして二人は昼食を終えると、メアリの案内でいくつかの衣服店を巡りだす。そしてメアリは仕立屋の娘らしい服選びのセンスを見せつけて、イオの着る服をコーディネートしたのだった。

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