第十話:メアリと買い物
翌朝。イオはこれまで経験したことがないフカフカの寝具の誘惑に打ち勝ち、朝の支度を整えた。
そして支度が一段落ついたころ、イオに街を案内してくれるというアルマの友人が屋敷を訪ねてきた。
「おはよう。一か月くらいぶりね、アルマ」
「ああ。メアリも壮健そうで何よりだ」
「そっちも、相変わらずね」
「わざわざ来てもらってすまないな」
「ホントにね。せっかく久々に取れた休みだっていうのに、何の用なのよ」
屋敷を尋ねてきたのは、明るいブラウンの髪を肩口に切りそろえた、快活そうな少女だった。年はちょうどアルマと同じくらいのようだが、アルマよりも背が低く髪型と相まって可愛い少女らしさが際立つ。
「お前に紹介したい子がいてな。イオ、こっちに来い」
アルマに手招きされ、二人の様子を遠巻きに窺っていたイオはメアリと呼ばれた少女の前に姿を見せる。
彼女はイオの姿を頭から足下までじっくり眺めると、
「……誘拐?」
真顔でそう呟いた。
「そんなわけあるか、馬鹿者。この子はイオという」
「初めまして、イオです」
「ふぅん、可愛い子じゃない。私はメアリよ。よろしくね、イオ君」
可憐な笑みを浮かべ、メアリはイオの手を取った。
「それで、こんな小さくて可愛い男の子をどうしたわけ? 私が連れて帰って良いの?」
「寝ぼけているのか? イオはこれから、私の家で面倒を見ることになった子だ。お前にも紹介しておこうと思ってな」
アルマの発言にメアリは怪訝そうな顔だ。
「なに、アルマってばそういう趣味なの? 育成計画なの?」
「違う! 色々とあって、イオには魔法使いの才能があることが分かったんだ。だから私が面倒を見て、魔法学校に入学させようと思ったんだよ」
「ふぅん……」
「イオはまだ王都に来たばかりだ。ここでの生活に必要なものの買い物に付き合うついでに、街を案内してやってくれないか」
「何で私が。あんたが自分でしなさいよ」
「私はこれから騎士団の詰め所までいって、色々と報告しないといけないことがあるんだ」
「そんな事のために私を呼んだわけ? ちょっと過保護すぎない?」
メアリは呆れたような表情になるが、アルマはメアリの耳元に顔を寄せ、イオには聞こえないように耳打ちする。
「信じられないかもしれないが、イオは既に魔法が使える」
メアリの表情が変わり、真剣なものとなった。
「……『精霊遣い』ってこと?」
「ああ。それも、大型の鬼を二体も仕留めるほどのだ。イオのおかげで私は難を逃れたんだよ」
「二体? 大型の鬼を同時に二体も相手したわけ?」
「不測の事態というやつだ」
アルマは何でもないことのように言うが、メアリは驚いた表情だ。
「だからイオを一人で出歩かせるのは怖い。王都までの旅の間に魔法が暴発するようなことはなかったが、念のために魔法使いを付けておきたいんだ」
イオの性格上、むやみに魔法を使う心配がないことはアルマも分かっている。だが王都の中をひとりで歩かせて、もしトラブルに巻き込まれたりして危険な目に遭いそうになったとき、魔法を使ってしまう可能性がある。そうなったとき、真に危険なのはイオではなく街の方だ。
「……なるほどね。それで私を呼んだわけ」
「手が空いている魔法使いの知り合いがメアリしかいなくてな。イオのことをよく見ていてやってほしい」
「しょうがないわね」
メアリは自分が呼ばれた意味を理解した。ため息を一つ吐いてから、笑顔を作ってイオに向き直る。
「オーケー。それじゃあイオくん、お姉さんと一緒にお買い物に行こうか! 私も欲しいものがあるから、ついでに付き合ってちょうだいね」
「は、はい。メアリさん、よろしくお願いします」
イオはメアリに連れられ、そのまま街へと繰り出すことになった。
◆ ◆ ◆
石畳みによる舗装が行き届いた通りを、イオとメアリの二人は並んで歩いている。周囲の人から見れば、彼らは姉と弟に見えるのだろうか。
「イオくんは何を買うつもりなの?」
「……何が必要になるんでしょう」
「まぁ、いきなり聞かれてもそうなるか」
一口に買い物と言っても、イオの頭ではこれからの学校生活に何が必要になるのかあまり見当がつかない。
メアリは頬に手を当てて思案する。
「まずは学校に着ていく服は必要になるでしょ」
「えっと、服ならもう持ってますよ」
「ダメダメ! せっかくだからもっとお洒落に着飾るべきよ」
「そ、そういうものなんですか?」
「そういうものなの。ちゃんと身だしなみを整えておかないと」
お洒落に疎いイオは、メアリの言葉を鵜呑みにする。
実際、今イオが着ている服は随分と着古しており、お世辞にも綺麗なものとは言えなかった。普段から着飾る必要はないだろうが、せっかくの機会だ。新生活の始まりに合わせて新たに服を揃えるのも良いだろう。メアリは頭のなかで、イオに似合いそうな服を検討しはじめた。
「あとは向こうしばらくの生活雑貨と筆記具と……それから学校に持っていく鞄かな? ひとまず揃えて、足りないものが出てきたら後は自分で買い足しなさいな。アルマにねだれば、お小遣いくらいポンとくれるわよ」
「わ、わかりました」
アルマの場合、冗談抜きでポンと大金を出しそうで怖い。イオも何となくだが、アルマの世間ズレした部分を理解しつつあった。
昨日は馬車の中から見ているだけだったが、賑やかな大通りは今日も多くの人間が行き交っていて落ち着かない。だがその中の一人に自分も入っているのだと考えると、イオは何だか高揚感を覚え不思議と悪くない気分だった。
「この辺りは大きな通りに沿って沢山の商店があるから、商い通りって言われているの。この辺りまでくれば大抵のものは揃うはずよ」
イオがくるりと見回しただけでも金物屋や雑貨屋、食料品を取り扱う露店などがずらりと並んでいる。大通りから一つ逸れた道にも、店が続いているのが見えた。
「ただ、あまり大通りから外れすぎないほうが良いわよ。大通りの近くは人目も多いし治安も良いけど、裏路地の奥まで入るとちょっと怪しいお店も増えるし、子供一人で歩くのは良くないわ」
「き、気をつけます」
イオはメアリからの忠告を素直に聞き入れた。一人で探検してみたい好奇心もあるが、迷子になれば自分も周りも困る。それはもう少し街に慣れてからにしよう、と。
二人が通りを歩く中で、イオは気になったことがありメアリに問いかけた。
「そういえばメアリさんはアルマさんと親しそうでしたけど」
「ん? まぁ親しいと言うよりも、学生時代からの腐れ縁みたいなものだけどね」
「学生時代……ということはメアリさんも魔法使いなんですね」
「うん、そうよ。私とアルマは魔法学校の同期なの」
メアリは「ほらね?」と気軽に精霊を集めた。彼女の周りにどこからともなく精霊が集まり、笑顔で手を振ってすぐに精霊に解散を告げる。精霊の使役には随分と手慣れているようだ。
イオは、魔法使いには貴族も多いと聞いていた。そしてアルマと親しげな様子から、もしかするとメアリも貴族ではないかと疑った。
「ひょっとしてメアリさんも貴族さまなんですか?」
「ん? あー、確かに一応爵位は貰ってるわね」
イオは目眩がした。確かに村の外に飛び出せば新たな出会いも増えるだろうと期待はしていたが、その振れ幅が極端すぎやしないだろうか。
だがそんなイオの様子を見たメアリは慌てて手を振って否定する。
「あ、でもアルマのとことは違うわよ? あっちは本物のお嬢様だけど、あたしは一代限りだし」
「へ?」
一代限りとはどういうことだろうか? イオの不思議そうな表情を受け、メアリは重ねて説明してくれる。
「イオ君は、この国が余所の国から何て呼ばれているか知ってる?」
イオはアルマから聞いた言葉を思い出して呟く。
「確か、魔法大国とか……」
メアリは正解だと微笑み、どこか誇らしげに胸を張った。
「その通り。ここは神秘の生きる国、魔法大国ベルニグ」
その言葉の響きは不思議な魅力を伴って、イオの頭にすっと抵抗なく流れ込んできた。
「この国が魔法大国なんて名前で呼ばれている理由は、私たち魔法使いにあるの。魔法使いは国を守る盾であり敵を打ち破る矛である。まぁ、とっても大事な仕事ってことね。そんな魔法使いっていうのは、国からご丁寧に優遇されているのよ」
魔法使いには騎士団長を任される人もいるという話を聞いている。それだけ魔法使いが重用されている証だろう。
「数が少ない魔法使いだもの、何かの気まぐれで国外まで永遠に旅行に行ったりしたら一大事だからね。ちゃんと魔法使いを保護して自分の国に匿うために、手柄を立てたり、優秀な魔法使いには一代限りの名誉爵位とか沢山のお金が、割と簡単に与えられるのよ。あたしもそれね」
イオには国政などの難しい話は分からないが、魔法使いというのは出世も早いらしい、ということだけが分かった。
「生まれは普通のしがない仕立屋の娘よ。アルマの家は筋金入りの大貴族の家系だけどね」
「な、なるほど……」
「だからイオ君もちゃんと魔法学校を卒業して頑張ってお仕事して手柄を立てれば、たくさんのお金とか爵位が貰えるかもね。精一杯頑張って!」
自分にもそんな日がいつか来るのだろうか? 先輩魔法使いの話を聞きながら、イオはひとまずメアリに案内され鞄屋へと足を運んだ。
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