第十三話:初登校


 日は流れ、いよいよイオが魔法学校へと初めて登校する日となった。前日から妙に緊張してしまったイオ。夜こそ眠れたが、朝は早くに目が冴えてしまった。

 メアリがコーディネートしてくれた服に袖を通す。普段着ている動きやすい服よりも構造が少し複雑で着替えに手間取ってしまった。ネクタイまでついていて、締め方をロッジに実演してもらいながら教わり、どうにか着替えることができた。

 白いシャツと黒のロングパンツ。緑のラインがアクセントで入った紺のジャケット。どれも仕立てが良い。

 成長期を見越した少し大きめのサイズで袖が余っているのもあって、服に着られているという表現がしっくりきてしまう。おかげでイオはロッジに笑われる羽目になった。

 着替えを済ませて屋敷のエントランスまで出る。するとそこには私服姿のアルマとカイネスが居た。カイネスは腰に剣を佩いている。


「お、なかなかに似合っているじゃないか」


 袖を余らせているイオを見て、アルマは柔らかい笑顔を作った。


「あれ? カイネスさん」

「よう、ボウズ。元気そうだな」


 カイネスも笑顔で手をあげる。イオは二人の側まで駆け寄りカイネスの顔を見上げる。


「カイネスさんこそ。怪我はもう大丈夫なんですか?」

「ああ。もうバッチリ治してもらったよ。魔法サマサマだな」


 はっはっは、と笑うカイネスは快調そうだ。

 話を聞くと、カイネスはメアリの魔法で怪我を治してもらったらしい。骨を折る大怪我だったはずのカイネスがこうも元気そうで、改めてイオは魔法の凄さを実感した。


「さて、カイネスも無事に復帰した。というわけで早速だが仕事をしてもらうぞ」

「アルマ団長、俺はまだ復帰したばかりだ。怪我の経過観察もかねて、もうちょっと休みが欲しいんだが」

「メアリに治してもらったのならもう大丈夫だろう。第一、たいした仕事じゃないから問題ないぞ、カイネス副団長。今からしばらくの間、学校までイオの送り迎えをお願いしたいだけだ」

「まぁ……それくらいなら」

「初日は諸々の手続きもあるから私も同行しよう。先生にも久々に挨拶をしておきたいしな」


 アルマは魔法学校を卒業した魔法使いだ。学校にはお世話になった教師もいるのだろう。


「準備はいいか? 忘れ物はないか?」


 ロッジが作ってくれた昼食のサンドウィッチもリュックサックの中に入っている。筆記具もあるし、忘れ物はなさそうだ。イオはアルマに頷き返す。


「大丈夫です」

「よし。なら行こう」


 三人は並んで屋敷を出ると、魔法学校へと向かって歩き出した。天気は気持ちの良い晴れ。朝の涼しい風が穏やかに吹いて心地よい。

 歩き出してすぐ、カイネスがふと懐かしさを声に滲ませ呟いた。


「いやぁ、学校なんて卒業して以来だぜ」

「そうだったか? 私は何度か訪ねたが」

「そりゃ、騎士になってからは学校に用もないしなぁ」

「え、というかカイネスさんも魔法学校にいたんですか?」


 イオが驚くと、カイネスは首を横に振った。


「いや、俺はそっちじゃなくて……。あぁそうか。ボウズはまだ知らないのか。アルマ、お前言ってないのか」

「そういえば、説明してなかったか」


 何だろうか。何か秘密でもあるのだろうか?

 そう疑ったイオだが、明かされた話は秘密でもなんでもないことだった。


「魔法使いの学校の敷地内に、騎士の訓練学校も併設してあるんだよ。魔法科、騎士科って二つに分けてあるんだ。騎士と魔法使いは切っても切り離せない関係だからな。俺もアルマも、学生時代にそこで知り合ったんだ」

「へぇ……。騎士の学校もあるんですね」


 世の中には色んな学校があるんだなぁ、とイオは妙なところで感心をする。


「『騎士』だって立派な職業の一つさ。むしろ子供達の憧れの的なんだぜ? 騎士の仕事は魔法使いと共に戦うこと。街の警邏とかをしているのは『衛士』といって、また少し所属が違うんだ。将来は共に活動する魔法使いと騎士の見習いを一所に集めておいたほうが、関係性を築きやすいし訓練も楽だろ? あと少ない魔法使いの為だけに大きな施設を作るのは勿体ないから、空いているスペースを有効活用してるというのもある。むしろ騎士科の方が人数も多いし寮もあるから、建物も敷地も騎士科の方がデカい」

「そうなんですか」


 それは魔法学校に騎士科があるというよりも、騎士学校に魔法科があると言った方が適切なのではないだろうか。


「学校に通うようになれば同じ魔法使いだけじゃなくて騎士見習いの連中ともつるむことになるさ。仲良くするといい。友達は多いほうが良いからな」

「はい」


 たくさん友達が出来るだろうか? と子供らしい不安を胸に、イオは歩みを進める。

 魔法学校はこの王都の中でも中央近くにある。自然、魔法学校へと向かう道中で、王都が王都と呼ばれる所以たる建物が視界に入ってくる。


「あれが王城ですよね」


 イオが見ている建物はこの王都の中心に位置する立派な城。このベルニグ王国を統べる王族が暮らす、この国の中心だ。


「ああ。あの王城にルクス=ベルニグ国王陛下や王室の方々がおられる」

「アルマさんは中に入ったことはあるんですか?」

「あることはあるが、あまり多くはないな」

「まぁ、普段から用事がある場所ではないからなぁ」


 茶化すようなカイネスの物言いにアルマは厳しい目を向けた。だが当のカイネスは肩をすくめる。


「だってそうだろうよ。そうホイホイ誰でも王城に入れるわけじゃないし、アルマの筆頭騎士の俺だって何かしら式典があるときくらいしか中に入れないしな」


 ただその分、ありがたみがあるとカイネスは付け加えた。


「まぁ、イオも魔法使いになれば何度か入城することはあるだろう。何より、魔法使いに任命される儀礼は必ず王城の、国王陛下の前で行われるからな」

「へぇー」


 自分が将来、魔法学校を卒業すればあの王城に入ることが出来るらしい。入学の挨拶をする前から卒業後のことを考えている自分に気がつき、イオは少し可笑しな気持ちになった。



  ◆  ◆  ◆



 やがて三人は魔法学校の前までたどり着いた。

 魔法学校はそれなりに大きな敷地を有していた。アルマの屋敷からだと歩いて二十分程度だっただろうか。敷地の入り口には大きな門があり、そこからまっすぐに道が伸びて校舎らしき建物まで続いている。

 手入れの行き届いた花壇で彩られている道を進み小さな校舎へ近づくと、建物の入り口で一人の人物が三人のことを待っていた。五十代くらいの妙齢の女性だ。


「どうも、久しぶりねアルマさん。カイネスさんは、それこそ卒業式典以来かしら?」

「お久しぶりです、アンリエッタ先生」

「どうも、アンリエッタさん」


 この人は学校の先生らしい。イオも頭を下げて挨拶をした。


「は、初めまして。イオです」

「はい、初めまして。私の名前はアンリエッタ。この学校で先生をしている魔法使いよ」


 差し出された手をイオは握り返す。


「この子が話していた『精霊遣い』の子ね?」

「はい。私も魔法の使用を確認しています。事前にお伝えしましたが、本人に魔法を悪用する意志がないので、学校側で訓練をお願いしたいのです」

「なるほど。一応ですが、確認をしておきましょう。軽いテストみたいなものですから、緊張しなくて構いませんよ」


 そう言ったアンリエッタを先頭にし、一度校舎の中を通り抜けて校舎裏の庭まで移動した。いや、庭と呼ぶには随分と広い。ひょっとすると訓練場になっているのだろうか? 地面がよく踏み固められている。近くには花壇や樹木、ベンチがあるため殺風景ではないが。

 カイネスとアルマの二人は、イオから少しだけ距離を取る。

 テストと言っていたが何をさせられるのだろうか、とイオは少しだけ身構えた。


「さてイオ君。精霊は呼べますか?」

「出来ると思います」

「やってみてくれるかしら?」


 アンリエッタに促され、イオは周囲の精霊たちを呼び寄せた。途端にふらふらと精霊が集まりだす。イオが生まれ育ったモーリス村にいた精霊達とはまた違う、この土地にいる精霊達のようだ。初めましてだろう精霊も多いし、イオの呼びかけに応えなかった精霊もいる。


「……アルマさんの言っていたとおり、精霊の使役が可能と。地の精霊ね」

「はい。地形操作に強い適正があるかと。魔法もそういった類いでした」

「イオ君、そのまま魔法は使えますか? どんなものか確認のために軽く何かを見せてもらえると嬉しいわ」


 アンリエッタは庭の一部を指さして、「あの辺りなら壊しても良いから」と乱暴なことを言った。

 イオは本当に良いのかとおろおろして、アルマとアンリエッタの顔を交互に見るが、二人とも「いいからいいから」と頷くばかり。

 覚悟を決めたイオは、精霊のエネルギーを借り受けて魔法を使用する。

 詳しいイメージはしなかった。ただ、魔法を使うことだけを頭に置いて、精霊にお願いをした。

 すると中庭の地面が大きく砕けて穴が空き、砂や石の破片が舞った。イオにはそんなつもりは無かったのだが花壇の一部を巻き込んでおり、手入れされていた綺麗な花が散ってしまっている。

 景気の良いイオの魔法を見て、カイネスが小さく口笛を吹いて茶化した。


「あら、想像していたよりも威力がありますね」

「とまぁ、イオの魔法はこんな具合です。威力・規模ともにこの年齢と訓練をしていないことから考えると規格外かと。しかしまだ制御に難があります」

「またとんでもない子を見つけてきたわね、アルマさん」


 魔法使いの二人は呑気にもそんな言葉を交わす。

 イオは花壇の一部を崩してしまったため、怒られやしないかと身を小さくしていた。


「あの、花壇が……」

「やっていいと言ったのは私ですからね。気にしなくて構いませんよ」


 アンリエッタは特に気にしていない様子だった。その落ち着いた態度に、「これくらいのことは日常茶飯事だ」という雰囲気が透けて見えて、イオは今になって魔法学校で上手くやっていけるか不安になってきた。

 ともかくテスト――というよりも、魔法が使えるかどうかの確認――はこれで良いらしい。アンリエッタはイオに優しく笑いかけた。


「ではイオ君、早速ですが教室に行きましょうか。これから君と共に魔法について学ぶ、クラスメイトと顔合わせをしましょう」

「は、はい」

「アンリエッタ先生。イオのことを頼みます」

「ええ、任されました」

「書類の類いは、教員室に持って行けば良いですか?」

「はい。教員室に事務員がいますから、そちらに手続き用の書類を渡しておいてください。私も後で確認しますから」

「迎えはまた、俺が来ます。一週間くらいは送迎するよう、アルマ団長からの命令が出てるんで」

「あらまぁ、そうですか? なら、夕方の四時ごろを目安に迎えにきてあげてください」

「分かりました。そんくらいにまた来ます」


 アルマとカイネスの二人と別れ、イオはアンリエッタの後に続き校舎の中へと案内された。

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