第二章:入学編
第八話:道中、魔法使いについて
昼を少し過ぎ、暖かな陽気が眠気を誘うころ。
「魔法使いについて?」
「はい。よく考えたら、詳しいことは何も知らないので……」
馬車で王都を目指している途中、イオは魔法使いについてアルマに教えて貰うことにした。
魔法使いとは具体的にどんな人のことを指す言葉なのか。普段はどんなことをしているのか。噂でしか知らない魔法使いのことを、もっと知る必要がある。これから一人前の魔法使いになるためにたくさんの事を学んでいく、その第一歩だ。
「それもそうだな。王都まで時間はたっぷりあるし、教えてあげよう」
アルマは座っていた姿勢を直し、イオに向き合った。
「魔法使いというのはそもそも、国から認められた職業の名前のことなんだ。国に所属し、国のために働く。魔法使いはこの国において重要な存在だ。伊達にこの国は『魔法大国ベルニグ』なんて呼ばれていない。国防や治安維持、他にも魔法を使った研究が魔法使いの仕事だよ」
「魔法使いって、職業のことなんですか」
「その通り。私もきちんと資格を持った魔法使いの一人だ」
「資格が必要なんですね」
「そうだ。きちんと魔法学校を卒業して初めて、一人前の魔法使いになれる。滅多にいるものではないが、国の管理下になく、それでいて精霊の力を使うことが出来る人間を魔法使いと区別して『精霊遣い』と言うんだ」
「精霊遣いですか?」
言葉の響きだけでなら魔法使いと似ているが、その意味は異なるらしい。
「普通は精霊を使役して魔法を使えるようになるまで、魔法学校で訓練をしていく。でも中には精霊との親和性がずば抜けて優れており、まともな訓練もなしに独学で魔法を扱えるようになってしまう人間もいるんだ。そういった人間もなるべく保護して、どうにか国の利益になるようには努力しているんだがね。魔法はあまりにも強力だ。自分の望みの為に好き勝手に魔法を使う人間だっている。そういった者達を精霊遣いと呼んでいる」
「えっ、じゃあひょっとして僕も」
イオは既に魔法が使える。ということは。
「ああ。精霊遣いと呼ばれるだろう。今のところはな」
アルマの言葉の雰囲気から類推するに、まるで精霊遣いとは凶悪な犯罪者か何かのように聞こえてしまうのだが。不安な表情になるイオを見て、アルマは安心するよう言った。
「だが安心していい。もしもイオが好き勝手に魔法を使って他人に危害を加えたりしようものなら悪い精霊遣いとみなして、私も君を討伐しなくてはならないだろうが、そんなつもりはないだろう? だからこそ私は君を魔法学校に入学させて、正式な魔法使いにしたいんだよ。君が道を間違えないように、ね」
「な、なるほど……」
討伐、という物騒な言葉にイオは頬を引きつらせた。
「イオ、君はまだまだ魔法の制御が出来ていない。その訓練をするための魔法学校だ。しっかり勉強しなさい」
「はい。分かりました」
魔法の制御はしっかりと学ばないといけない。改めて肝に銘ずる。
だがここでイオには新たな疑問が生まれていた。それは自分の父親について。
イオの父も精霊が見える人間だった。だがイオの知る限り、父親は村の外から出ることは滅多になく、森に入っては薬草などを集めて日々細々と暮らしていた。魔法使いらしいところを見たことがない。
だから今の話を聞いてイオは自分の父親も精霊遣いだったのでは? と思った。
そのことをアルマに伝えると、彼女は難しい表情を作った。
「イオ、君の父親の名前は?」
「ハイドです」
「ハイド……。その名前の魔法使いは、少なくとも私の知る限りはいない。歴代の魔法使いを調べれば同名の人物もいるかもしれないが、時代が違うだろう。君の父殿も魔法が使えたのか?」
「僕は、父さんが魔法を使っているところはみたことがありません。でも、『精霊』という言葉を教えてくれたのは父さんでした」
「そうか……。きちんと訓練をしなければ、精霊が見えても魔法が使えない、という場合も考えられるから、一概に精霊遣いとも言えないな。君からみて父殿は、魔法を悪用するような人物だったか?」
「まさか! 父さんは、凄く優しい人でした」
イオは今でも父の言葉を胸に生きている。
みんなを助けられる人間に。
この言葉はこれから魔法使いを目指すイオにとっての大きな目標だ。そんな言葉を残してくれた父が、まさか魔法を悪用するような人間には思えなかった。
「ならば、それが答えだろう。君がそう信じられるのならば、君の父殿は決して悪人ではないのだろう。あまり気にすることはないさ」
さっぱりとしたアルマの物言いに、イオは少しだけ安堵した。
「他に何か質問はあるか?」
アルマはすぐに話を切り替えたので、イオも気持ちを切り替えて別の疑問を投げかけた。
「他の魔法使いの人も、アルマさんみたいに騎士団を率いているんですか?」
アルマはこうして騎士団を率いて鬼を討伐しているが、他の魔法使いもそうなのだろうか? そもそも、魔法使いはどれくらいの数がいるのだろうか。
「いや、そういう訳ではない。私は鬼を討伐する役目を担当しているから複数名の騎士を有している騎士団を率いているが、そうでない魔法使いも勿論いるぞ」
「そうなんですか?」
「魔法学校を卒業し一人前として認められて、そこで魔法使いの役職に就く。新しい魔法使いはそのときに自分の相棒となる『筆頭騎士』を一人、指名するんだ。私は魔法学校を卒業したときに、筆頭騎士にカイネスを指名したよ。そこから騎士団を率いる仕事を任されて、今は第十二騎士団の団長をしている。カイネスはその副団長だ」
カイネスはアルマの相棒であり、率いる騎士団の副団長だったらしい。
魔法使いと騎士は互いに助け合う存在だという。その中でも特に、筆頭騎士に任命された者は魔法使いの右腕として共に行動するのだと、アルマは語った。
「だからといって全ての魔法使いが私のように鬼の討伐をしているわけではないよ。筆頭騎士以外の多くの騎士を従えて地方の治安維持を任されている魔法使いもいれば、研究職についている魔法使いもいる」
「へぇ……。仕事によって色々なんですね」
「その通り。私の場合は王都に駐在して、近隣で鬼や山賊の情報があれば素早く現場に駆けつけて討伐する、遊撃のような仕事だな。今だと私の騎士団には三十三人の騎士がいる」
アルマによると、多いところでは百人単位の騎士をまとめ上げている魔法使いもいるのだとか。
「魔法使いって、今はこの国に何人くらいいるんですか?」
「今だと見習いを含めて合計で七、八十人くらいじゃないか?」
七十人という数が多いのか少ないのか、イオにはよく分からなかった。国中で合わせてそれだけしかいないと考えると、かなり少ない気もする。
「魔法使いになれる素質のある人間、つまり精霊の存在を感知できる体質の人間は、だいたい年に二、三人見つかれば多い方だ。一人も見つからない年もある」
「そんなに珍しいんですか」
「ああ。実は定期的に各地の町で魔法使いの適性がある人間がいないか調査がされている。そこで見つかった魔法使いの適正がある人間を魔法学校に入学させているんだ。魔法学校は王都カンビエスタに一つ、西のラットベルトという都市に一つの、合計二つあって、どちらかに入学する。イオの場合はカンビエスタの魔法学校だな」
イオの場合は小さな農村で生まれ一度も村から出たことがなかったので、魔法使いの検査を受けたことはないが、もしも受けていたらそうやって魔法学校に入学することになっていたのだろうか。
そして、そういった検査から漏れてしまい、人知れず魔法を使えるようになった人間のことを精霊遣いと言うのだろう。
「あとはイオのような精霊遣いが見つかって、本人にその気があるなら魔法学校できちんと訓練を積んでもらう場合も稀にある」
「なるほど……」
「それから魔法使いというのは、この国にとってとても貴重な人的資源だ。入学に関連する国からの支援は手厚いぞ。きちんと申請すれば、国から支援金が降りるからイオがお金の心配をする必要はない」
「あ、あはは……分かりました」
ともかく魔法使いは珍しいということらしい。それから学校に通ってちゃんと訓練すれば立派な魔法使いになれるということは理解した。あとは、学校で真面目に勉強しよう。
イオはそう決め、旅の道中に持て余した暇を潰すために精霊たちへ声をかけた。
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