第七話:旅立ち
車輪がガタガタと音を立てて回る。馬車はしばらく前に森を抜けて、街道に沿って王都を目指している。これからいくつかの町を経由し、王都までは一週間程度の旅路だそうだ。
周囲には平原が広がり、森はもう見えなくなりつつある。荷台の後ろに座っているイオは、遠ざかる故郷の景色をぼんやりと眺めていた。
「やっぱり寂しいかい?」
「はい、少し……」
背中越しに聞こえたアルマの声に短く返事をする。
友達との別れも、そして親代わりに育ててくれたベンとの別れも済ませた。
何も今生の別れという訳ではない。手紙を書けば、辺境にある村まで届くのに時間はかかるがやりとりも出来る。
それでも、やはり生まれ育った故郷から離れるというのは寂しさと不安をイオに感じさせた。
他の騎士は村まで乗ってきた自分の馬に跨がり隊列を組み、二台の馬車の周りを囲うようにして移動している。
今この馬車に乗っているのはアルマとイオ、そして馬車を村まで運んできた御者だ。彼は寡黙に仕事をこなしており、今も御者台で手綱を握ってくれている。もう一方の馬車には、鬼との戦いで怪我をした騎士達が乗っている。彼らも既に意識は取り戻しているが、まだ馬に乗るのは難しいため馬車で安静にしているのだ。
「王都についたら色々と準備をしないといけないな。住むところは心配しなくて良い。私の家はそれなりに大きいからな。一人増えても問題ない」
「ありがとうございます」
「王都での生活はやはり不安か?」
「それは……そうですね。やっぱり、不安です」
「大丈夫と励ましても、こればかりは仕方がないな」
イオは今まで村から出たことが一度もない。外の世界に対する楽しみと、それ以上の不安がある。
アルマがイオの隣に座った。
イオは何気なしに、自分が持ってきた荷物に視線を向ける。
他の多くの荷物に紛れるように、イオの荷物はとても小さく纏まっていた。旅立ちの荷物にしては少なすぎるとアルマが感じてしまうほどだ。
「大抵の物は王都で買いそろえられるから身軽な方がいいとは言ったが……本当にそれだけで良かったのか?」
「元々、あまり自分の物がなかったんです。大荷物にする必要もないですし、特別に持って行きたいものもなかったですし」
旅に必要な日々の道具以外で、特別に持って行こうというものはなかった。父やベン、友人達との思い出の品も少しはあったのだが、それを持ち出そうという気にならなかったのだ。
結果として、荷物を纏めると必要最低限になった。
イオはふと思い立ち、心の中で精霊達に呼びかけた。呼びかけに応じ、ふわふわと精霊達がイオの元へ集まってくる。しかしその数は今までイオの周囲にいたよりもずっと少なかった。
「……魔法を使うと、精霊は消えてしまうんですよね」
「ああ、そうだ。精霊は生物ではない、超自然的存在だという説が一般的だ。魔法は精霊のエネルギーを使う術。魔法を使えば、エネルギーを失った精霊は力を失いやがて消える」
幼い頃からイオの周りを漂っていた精霊。イオにとっては友人のように感じていた彼らは、イオが使った魔法によって数を減らしていた。
それだけではない。森を抜けた頃から、イオについてきている精霊が少しずつ離れていることも感じ取っていた。彼ら精霊の多くは森から出るつもりがないのだろう。
イオは自分が本当に一人で旅立つのだということを強く感じた。
「……何だか、寂しいなぁ」
「今の君についてきている精霊も少なからずいるだろう? 精霊の多くは土地に根付くけれど、魔法使いについてくる精霊もいる。それに、精霊はどこにだっているんだ。王都ではまた新しい精霊に出会える。それに精霊だけじゃない。新しい誰かとの出会いが、きっとこれから沢山ある。魔法学校には、イオと同じく魔法使いを目指す生徒が他にもいるから、仲良くなれるさ」
「そうですね。それに、勉強も頑張らないと」
「ああ。これからゆっくり、魔法と精霊のことを学んでいくといい」
「……はい」
馬車はゆっくりと進んでいく。イオが生まれ育った村、モーリスを離れ、新たな土地へ。行き先はこの国の王都、カンビエスタ。イオの新しい生活が始まる場所だ。
こうして一人の少年は広い世界をみて、成長し、やがて偉大な魔法使いとして称えられる。だが、それはまたもう少し先のお話。
今はまだ幼い少年の静かな旅立ちを祝福するように、穏やかな風が吹く。微かに前髪が揺れ、イオは目を細めた。
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