第六話:決意


 イオが目を覚ますと、ベッドの中だった。

 よれたシーツの感触と天井の木目が、ここが自分の部屋だと教えてくれる。


「あれ……?」


 ベッドを軋ませて体を起こす。窓の外の日は高く、昼前くらいだろうか。

 部屋から抜け出すと、居間の方から声がする。どうやらアルマとベンが話しているようだ。

 恐る恐るドアを開けると、二人は驚いた顔でイオを出迎えた。


「おお、イオ。良かった、目を覚ましたのか」

「体は大丈夫か? どこか違和感があるようなら言ってくれ」

「だ、大丈夫だと思います」


 体に不調はない。そのことを伝えるとアルマは安心したように笑った。


「良かった。倒れてしまったときは少し焦ったよ。初めての戦闘での緊張が途切れた結果だとは思ったが、もしもの事もあるから」


 イオはベンの隣に座った。するとイオのお腹から空腹を訴える可愛らしい音が鳴ってしまう。


「はっはっは。あれだけ眠りこけていたんだ、腹も減っただろう。もうすぐ昼食の時間だ。どれ、私が準備をしてこよう」


 ベンは優しく笑い、軽くイオの頭を撫でると調理場の方へと立ち上がった。その際に、アルマにちらりと目配せをしたように見えた。

 何だろうと思って向かいのアルマの顔を見ると、微笑ましいものを見るような温かい視線を向けられており、イオは少し顔を赤くする。


「……そ、そういえばアルマさん」

「なんだい?」

「鬼はどうなったんですか?」


 イオは戦いの後すぐに気を失ってしまい、その前後のことが少し曖昧だ。

 果たして鬼はどうなったのか? 他の騎士達は無事なのか?


「大丈夫だよ。イオのおかげで鬼は二体とも倒せた。怪我を負った騎士もいるが、全員命に別状はない。今は宿の寝台で安静にしている。街から馬車を回して貰えるよう手配してあるから、帰りの心配もない」

「そうですか、良かった……」


 自分が役に立ち、討伐隊のメンバーも全員が生きていると聞かされてイオは胸をなで下ろした。


「……さて、イオ。少し真面目な話をさせて貰ってもいいかな?」


 すると、アルマが真剣な様子で切り出した。イオの背筋が自然と伸びる。


「な、なんですか?」

「ベンさんにはもう話をさせて貰ったんだが――」


 アルマの瞳が真っ直ぐにイオを射貫く。 


「――イオ、君をこのままにしておく訳にはいかなくなった」


 アルマの言葉の意味が分からず、イオは首を傾げる。


「そのままの意味だ。君は偶発的にとはいえ、魔法が使えた。きっと一度コツを掴んでしまえば、今でも使えるだろう。だけどその魔法というのは簡単に人の命を奪い、鬼すら倒す強力な力だ。このまま君のことを放っておくには、あまりにも危険すぎる」


 イオは青ざめた。確かにアルマの言うとおり、今も精霊達に頼めば魔法が使えるだろう。その感覚が自分にはある。

 精霊に願って魔法を使えば、一瞬にしてこの村を丸ごと地割れで飲み込むことも可能だろう。

 勿論、イオにそんなつもりはない。だがイオは精霊達の気まぐれさも知っている。イオのささやかなお願いを、意図しない形で精霊達が実現しようとしてしまう可能性だって否定できない。


「ど、どうすれば……」

「簡単なことだ。君には、正しい魔法の使い方と心構えを学んでほしい」

「使い方と心構え……」

「そう。前にも軽く話したとおり、王都には魔法使いを育成するための学校があるんだ。私もそこで魔法についての正しい知識を学んだ。このまま君が万が一にも道を踏み外してしまわないためにも、その学校で正しい魔法の知識を学んでほしい」


 王都、そして学校。それはつまり、この村での今の暮らしを捨てて新たな土地へ行くということだ。どんなことが待ち受けているか分からない。


「でもお金が……」


 そしてイオは良い意味でも悪い意味でも聡い子だった。両親を亡くし村長であるベンに世話になっているイオだ。王都にある学校に通えるだけの金なんてないことを理解してしまう。

 そんなイオの小さな意見を、アルマは首を振って否定した。


「その心配はしなくていい。数少ない魔法使いの才能がある子供には、学校に通うために国からの支援があるんだ。足りない学費や他の生活費、住居といった諸々のことは、全て私が面倒をみよう。王都での暮らしで不自由はさせないさ」

「王都で……」

「そう。私と一緒に王都まで来てほしい。どうだろうか?」


 どう、と問われてイオは考え込む。

 生まれてから一度も村の外に出たことのないイオだ。決して村の外に、王都に興味がないわけではない。だが、二つ返事で答えられるようなものでもなかった。

 だからイオは、一番の疑問をアルマにぶつけることにした。


「どうして、アルマさんは僕にそこまでしてくれるんですか?」


 その問いにアルマは驚いて目を瞬かせた後、


「……君は年齢の割に、妙に物事を考え込むタイプのようだね」


 伸ばした手でイオの頭を撫でた。突然の事にイオは首を竦ませる。


「もし君があのときに魔法を使って私たちを助けてくれなかったら、討伐隊は全滅していたかもしれない。たとえ鬼に勝てたとしても、全員が無事に帰ってこられたか分からない。私たちは君のおかげで、全員無事に帰ってこられたんだ。だから私はその礼がしたい。命を助けてもらった礼がしたいと思うのは、当然のことだろう?」


 ませた子供を窘めるような、どこか茶目っ気を感じさせる言い方だった。

 そんな言い方をされてしまえば、イオはもう何も言えなくなってしまう。


「……ベンさんに相談しなきゃ」

「その必要はないよ、イオ」


 振り返ると、ベンがイオの後ろに戻ってきていた。焼いた肉と温めたスープ、そしてパンをそれぞれ三人の前に並べ、イオの隣の席に戻る。


「私も先ほど、お前が眠っている間にアルマ殿から話を聞いた。そして、私はお前の考えに任せることにしたんだ」

「え……」

「私も色々考えたけれど、やはり最後に決めるのはイオ自身であるべきだと思ったんだよ。だから、お前が行きたいと思うならアルマさんについていきなさい。そうでないなら、この村に残りこれからも暮らしていくと良い。どちらの選択であれ、私は村長として、そしてお前の保護者として後押しするだけだ」

「……私は一人の魔法使いとして、既に魔法を使えるイオを見過ごすわけにはいきません。あまりにも危険すぎます」

「アルマ殿には悪いが、イオの人生は、イオが自分で決めるべきだ。少なくとも私はそう思っています」

「イオのこれからの人生を壊さないためにも、魔法の知識は必要だと考えます」

「ええ、そうかもしれません。私には魔法のことはまったく分かりませんから。ですがどうか、イオに決めさせてあげてください」


 ベンは深く頭を下げた。そして顔を上げると、今度はイオに向き直る。


「イオ、お前はどうしたい?」


 ベンからも問われ、イオはますます考える。

 自分がどうしたいか。

 すると、答えはすんなりと出てきた。いや、初めから決まっていたのかもしれない。

 イオはアルマの瞳を真剣に見つめる。


「アルマさん、僕も魔法がちゃんと使えるようになりたいです」


 アルマはイオの瞳の奥に、強い決意の光を見た。


「魔法で、人助けが出来る人間になりたいです」

「ああ、君ならきっとなれるよ」


 アルマは優しく笑って頷いた。

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