第五話:みんなを助ける魔法
「あ……」
穏やかに光る精霊はこんな状況でも変わらない。彼らはふわふわと、イオの周りに集まってくる。
彼らにしては珍しく、イオのことを心配しているように感じた。
どうしたの?元気ない?お腹空いたの?
そんな風に光る精霊達を見て、イオは何故か不意に父の言葉を思い出した。
「みんなに優しく出来る人間に……」
目の前で倒れている人がいる。今、必死になってイオを守ろうとしてくれる人がいる。なら自分はどうすれば良いだろうか?
「みんなを助けられる人間に……」
アルマはイオに、魔法の才能があるといった。
自分も誰かの為に戦えるだろうか? 誰かを、みんなを助けられるだろうか?
「……出来るかな?」
いや、違う。やらなければならないのだ。このままでは、みんな鬼に殺されてしまう。
僕がみんなを守らないと。
僕がみんなを助けないと。
そう考えると、不思議と体に力が湧いてくるように感じた。
前を見る。鬼なんてもう怖くない。だって、やらなくちゃいけないことが分かったから。
気がつけばイオの足は動くようになっていた。立ち上がる。思考が妙に冴えていて、体の奥から勇気が溢れてきて、今なら何だって出来るような気がしてくる。
「……手伝ってくれる?」
気まぐれな彼らは自信満々に、任せろと光った。
次の瞬間、イオに目がけて触手が振り下ろされる。子供の体なら簡単に砕く威力の一撃。だが、
「お願い、みんなを助けて!」
イオは叫び、願う。精霊が瞬き、そして――魔法が発現する。
地面が勢いよく隆起し、鋭い杭となって触手を貫き宙に縫い止めた。
それだけではない。重ねて魔法が発動し、精霊達の持つエネルギーを譲り受け、超常をまき散らす。
イオが地面に手をついた途端、地割れのように地面が砕けた。轟音をあげて大地に大穴が空き、瓦礫と共に二体の鬼を飲み込む。
「なっ!?」
広範囲に及ぶ無差別的な破壊に、当然だが討伐隊も飲み込まれそうになる。
アルマはすぐに氷を生みだし、討伐隊の騎士や気を失って倒れていた怪我人の足場を固めていく。
二体の鬼は地割れに巻き込まれ、岩塊に押しつぶされる。触手の鬼は半身を土砂に飲み込まれ、身動きが取れなくなっていた。
一方で二本腕の鬼はダメージを負いながらも、力任せに体を持ち上げてどうにか地割れから脱出してくる。とはいえ、大きなダメージを与えることは出来ただろう。
アルマは、イオが行使した魔法の規模に目を見開いた。これではもはや天災の域だ。
「イオ、これは君が?」
「は、はい。みんなが手伝ってくれるって……」
初めて使う魔法とは思えないほど、イオの魔法は強力だ。制御こそ甘いが、この危機的状況においてこれほど頼りになるものはない。
アルマは苦い顔を作る。だがこの状況を乗り切るために、イオの力は必要だった。
「……こんなこと、本当は頼みたくない。けれども状況が状況だ。イオ、戦えるか?」
「任せてください!」
イオは瞳を輝かせ、緊張と高揚で頬を赤くしながら力強く頷いた。精霊もやる気に溢れているかのように輝きを増す。
「……なら、二本腕の方をすぐに倒すぞ。そのあと多腕の鬼だ」
アルマは騎士に指示を出し、地割れに飲み込まれ動かせる触手が減った鬼を抑えるよう命じた。
そうして地割れから脱出した二本腕の鬼に、二人は狙いをつける。
鬼は巨木を持ち直し、威嚇するように振るった。
「難しい連携は考えなくて良い。思うままに攻撃してくれれば、私が合わせる」
「わ、わかりました!」
鬼が駆け出し、イオ達を横薙ぎにするよう巨木を振るう。空気を切り裂き振るわれる一撃に、しかしイオは恐れることなく鬼を睨み返した。
イオが念じると魔法が発動し、地面が壁のように隆起して巨木を防ぐ。さらにお返しと言わんばかりに精霊が輝き、地面が杭のように隆起して二本腕の鬼を串刺しにしようとする。
鬼は巨木や自慢の腕で杭をたたき折り、魔法を迎撃してゆく。
そこへアルマも魔法で援護をする。鬼が棍棒を振り切ったタイミングを正確に狙い、次々に氷柱を発射して鬼へとぶつけていった。そして氷柱が鬼の体にぶつかると、砕けた氷の破片が霜のように体表を凍らせてゆく。
鬼はどうにか氷柱を打ち落とそうとするが、ひっきりなしに動いて壁に杭にと形を変えて襲いかかるイオの魔法に気を取られ、対応しきれない。
鬼が暴れて体を動かすたび、徐々に凍りついて脆くなった手足が割れて罅が入る。動きが鈍りはじめ、イオとアルマの魔法が削るように鬼を追い詰めてゆく。
そのとき、もう一体の蛸型の鬼が二人へと触手を振るった。騎士達が触手の攻撃を受け止めていたのだが、人数不足があり受け止めきれなかったのだ。
「アルマさん、一本そっちにいきます!」
「任せろ!」
アルマは背後に氷壁を生み出して触手を防ぐ。反応が早く、見事な魔法の制御だった。
「イオは目の前に集中して攻撃をするんだ!」
「はい!」
イオの放った魔法により再び地面が破砕した。凍った手足を砕かれ、鬼は体勢をくずして転倒する。そして巨大な口のようにぽっかりと空いた地面の穴に落ちると、上から飲み込むように土砂が流れ込み、鬼の体を押しつぶす。そして鬼は形を失い、光の粒子となって消滅した。
「まずは一体! 次だイオ!」
「はい!」
片方の鬼を倒したのもつかの間、二人は反転し蛸型の鬼に向き直る。
騎士達の奮戦もあり、蛸の触手はあちこち凍っており動きが鈍い。
「みんな、次はあいつをやっつけて!」
イオの意思に従い地面が隆起し、そして鬼へと襲いかかる。地面から次々と飛び出る杭に貫かれていき、そして最後に一際巨大な杭が鬼の胴を貫いた。
鬼が最後の抵抗に触手を振るう。だがそれを騎士達の持つ盾が受け止め、蛸型の鬼もまた光の粒子となって消失した。
「やったっ!」
イオは勢いよくこぶしを握って喜びを表現する。だがその途端に、激しい目眩に襲われた。
「あ、あれ……?」
ふらりと頭が揺れ、その場に立っていられない。
「イオっ!?」
慌てたアルマに体を支えられたが、イオはそのまま気を失ってしまった。
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