第四話:鬼


 道中、幼いイオに合わせて何度か小休止を挟み、昼を少し過ぎた頃。討伐隊はようやく目的の鬼を発見した。

 イオの周りで精霊達が瞬く。それに気がつきイオは小声で騎士達に制止をかけた。


「この奥に、鬼がいるって」


 すぐに草の影に身を隠し、討伐隊は奥の様子をうかがう。

 森の中で不自然に木がなぎ倒されて拓けている、その広場の中央に異形はいた。

 大人三人分はあろうかという巨躯と、異常に肥大化した二本の腕。対する下半身は細く、体重を支えることが出来ないのではないかとすら思える。二本足で立つ姿は人型のようだが、生物なら必ずあるはずの頭がない。そして全身が青と黒を混ぜたような、深い闇色に包まれている。

 自然の中で一際目立つその異様な体色は、鬼の特徴だ。

 鬼は討伐隊にちょうど背を向ける形で、微動だにせずにいた。


「……間違いない。あれが今回討伐しなければならない鬼だ」


 ゴクリ、と。緊張で誰かが喉を鳴らした。

 イオは生まれて初めて見る鬼の姿に本能的な恐怖を覚え、全身が竦んだ。

 あんな恐ろしい化け物と戦うのが、魔法使いや騎士なのか。


「鬼の居場所は分かった。一度見てしまえば、私が連れてきた精霊を付けることで大まかに居場所をたどれるだろう。予定通り、このまま一度引くぞ」


 アルマの指示に従い、討伐隊は足音を殺してその場を後にしようとする。

 全員が鬼に背を向け移動を始めた直後――空気が変わった。

 鬼が動いたのだ。討伐隊全員が一斉に振り返る。鬼は手近な木を巨大な腕で引き抜き、こちらにむけて大きく振りかぶった。


「総員、伏せろっ!」


 アルマの号令が飛ぶのと、鬼が手に持った木を投擲するのはほぼ同時であった。

 空気を唸らせながら飛来する巨木。それに対し、アルマは右手を突き出した。その周囲で踊るように精霊が明滅する。

 精霊の力を使い魔法が、超常の現象がここに発現する。

 アルマの眼前に氷の壁が生成された。緩やかに斜めになったその氷壁にぶつかった木は衝撃を上へと逸らされ、壁面を滑るようにして討伐隊の頭上を飛び越えていく。そのままいくつもの木を巻き込んで、土埃をあげた。


「何故気付かれた……? いや、考えるのは後だ! 総員、ここで鬼を迎撃するぞ。盾を構えろ! カイネス、お前はイオを連れて村に戻れ!」

『了解!』


 騎士達が勇ましく吠え、すぐに盾を構えて前に出ると列を作り壁となる。そしてその背後でアルマが何かを呟くと、さらなる魔法が発動して騎士達の構える剣と盾が青白い光を纏った。


「わっ!?」

「鎧が痛いのは我慢してくれよ、ボウズ!」


 また、カイネスと呼ばれた騎士――森へ入る前にイオに話しかけてきた男だ――はイオを担ぎあげ、村の方角目がけて走り出す。

 目まぐるしく変化した状況にイオの頭はついていけていない。まるで荷物のように担がれ、運ばれている。


「えっ、えっ――?」


 一体何が? そう聞こうとして――イオは突然宙に投げ出された。

 奇妙な浮遊感の後、勢いよく地面に放り出される。何度も転がりあちこちをすりむいて、木の幹に背中をぶつけて止まった。


「痛っ……!」


 痛みに呻き、衝撃に咳き込みながらもぎゅっと閉じた目をゆっくり開く。

 自分を抱えていたはずのカイネスの姿がない。首を巡らせて、ようやくその姿を見つける。

 鎧が強い衝撃を受けたようにへこんでいる。右腕が妙な方向に曲がっていて、勢いのまま木に打ち付けられたらしく、ぐったりとうなだれて口から血を流している。息はあるようだが、あまりの衝撃に気を失っているようだ。

 慌てて彼のもとへ駆け寄ろうとして、イオはそれを目にした。


 地面が割れ、木が生えてきている。

 否、それは木ではない。青と黒を混ぜ合わせたような深い闇色は、鬼が持つ特徴だ。


 木のように太い触手をうねらせ、地中から這い出てくる巨大な鬼。イオは生まれてから一度も見たことがないが、海に生息する蛸という生物と酷似した容姿を持つ鬼が姿を現した。

 討伐隊に衝撃が走る。目的の鬼は一体のはずだが、新たに別の鬼が現れた。おまけにちょうど、二体の鬼に挟まれるような立ち位置となっている。

 もしかしたら最初の鬼も討伐隊に気がついたのではなく、別の鬼の存在に気がついて動いただけなのかもしれない。


 蛸のような鬼の触手がうねり、騎士に襲いかかった。

 背後から突然現れた鬼に反応しきれず、二人の騎士がなぎ払われる。悲鳴を上げて宙を舞い、地面へと叩きつけられた。


「馬鹿な、もう一体だと!?」


 アルマはすぐに声を張り上げ指示を飛ばす。


「前の鬼は私が受け持つ! 他の者は後ろの鬼を食い止めてくれ!」


 アルマの魔法が行使され、大きな氷柱が生み出されると二本腕の鬼めがけて射出された。鬼はその攻撃に反応し、飛来する氷柱を自慢の腕を振るって打ち落とす。

 だが打ち落とされ砕かれた氷柱の破片が空中で鬼の腕に纏わり付き、再び氷を形成して鬼の腕を拘束した。関節が凍りつき、鬼の動きを制限しようとする。

 それを気にとめず鬼の腕に力がこめられた。腕の力だけで氷の拘束を砕く。腕表面の一部が氷と一緒に砕けているが、何事もなかったかのように腕を振るう。そして近くに生えていた木を力任せに引き抜くと、まるで棍棒のように構えた。

 アルマが続けて二本目の氷柱を撃ち出すと、鬼は今度は棍棒のように持った木で氷柱を迎撃する。

 氷の破片で棍棒の木が凍るが、それだけだ。これでは鬼にダメージを与えることも、動きを制限することも出来ない。


「頭が回るやつめ……!」


 一方で蛸型の鬼は、触手を振るい騎士達を攻撃している。彼らもすぐに二人一組を作り、片方が盾で触手を受け流し、もう片方がその隙に斬りつける連携で鬼へと着実に反撃している。

 さらにアルマの魔法で強化を受けた剣は、斬りつけると同時に微かにだが鬼の触手を凍らせて着実にダメージを与えていた。

 だが、状況は悪い。最初の不意打ちでカイネスを含め、合計三人の騎士が倒されてしまった。それに本来なら鬼が一体だけのはずが、二体同時、しかも挟み撃ちにされた状態で相手取らなければならないのだ。

 大型の鬼を倒すには魔法使いと騎士の連携が肝心だ。アルマもその騎士も、そうしてこれまで鬼を倒してきた。だが今のように、大型の鬼を二体同時に相手取るような経験はない。かつてないほどの危機的状況にあった。


「イオ、すぐにここから逃げろっ!」


 イオの目の前で、必死の形相で戦う討伐隊の面々。襲い来る鬼の恐怖。血を流し、意識のないカイネスと、叫び指示を出すアルマ。


 助けなきゃ……! だがどうやって?

 逃げなきゃ……! だが足が動かない。


 混乱し、イオの体は恐怖で硬直していた。全身が強ばり足が言うことをきかない。

 そこへ無慈悲にも触手が近づいてくる。

 ゆらり、ゆらりと不気味に揺れる鬼の触手。小さなイオなど、一撃で潰されてしまうだろう。

 まさに絶体絶命。


 だがそのとき――イオの目の前を小さな精霊が横切った。

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