第三話:鬼の捜索


 翌朝。アルマ率いる討伐隊の騎士達は剣と盾を携え、森の中へと入る支度を整えていた。

 その集団の中にはイオの姿もある。いつもと変わらない普段着姿だが表情は硬い。案内役とはいえ、鬼の討伐隊に加えられてしまったのだから無理もないだろう。

 恐ろしい化け物だという鬼を、これから自分たちは探しにいくのだ。不安と恐怖が、イオの表情を無意識に強ばらせる。

 そんな緊張した様子のイオを見かねた騎士の一人が、イオの頭の上に手を置いた。突然頭を撫でられイオは驚くが、構わず騎士は乱暴にイオの髪を乱した。


「ボウズ、鬼は見たことあるか?」


 イオは首を横に振る。騎士の男は「まぁ、そうだよなぁ」と笑った。


「俺もガキの頃、親父によく鬼のことを教えられたよ。ヤバい化け物だとか、絶対に近づいちゃダメだ、とかな。だから俺も初めて鬼と戦ったときは怖かった」

「そうなんですか?」

「そうさ。俺みたいな騎士だって最初は怖かったんだから、ボウズが怖いと思うのは普通のことだ。でも、ボウズは大丈夫。俺たちがボウズのことをバッチリ守ってやるからな」


 周りの騎士も同意を示すように笑顔を作り、盾を掲げている。


「それにアルマだっている。あの人、ああ見えて凄腕の魔法使いなんだぜ?」

「そうそう。アルマさんの魔法を見たことは何度もあるけど、ありゃ奇跡みたいなものだよ」

「俺なんか酔って尻を触ろうとしたら魔法で腕一本丸ごと凍らされてさぁ」

「あれはお前が悪かっただろ」


 冗談交じりで笑い合う彼らの雰囲気にあてられ、少しではあるがイオの緊張も和らいだ。無意識に込められていた肩の力が抜け、表情に余裕が戻る。

 そこへ、同じく準備を整えたアルマがやってきた。

 彼女はぐるりと騎士達を見回す。


「皆の者、準備はいいか?」


 騎士達は互いに顔を見合わせ、力強く頷いた。


「イオもいけるか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、なら出発しよう。イオ、さっそくだが案内を頼む」


 討伐隊はアルマと案内役のイオの二人を先頭に、森の中へと入っていった。

 草木が生い茂る中を馬で進む訳にはいかないため、討伐隊は徒歩だ。歩みの遅いイオに合わせてゆっくりと森の中を進む。


「イオ、鬼の方向は分かるか?」

「えと……こっちのほうかな? 多分もっと遠くです」


 イオが精霊達とやりとりする様子を討伐隊の面々は興味深そうに見ている。無論、彼らには精霊の姿は見えておらず、まるでイオが一人で宙に向かって話しているように見えているだろう。

 魔法使いで同じく精霊を感知できるアルマはイオが精霊と会話する様子に、かなり興味を抱いていた。


「……本当に精霊と交信できるんだな、君は」

「アルマさんにも、みんなが見えているんですよね?」

「ああ。見えているとも。イオは彼らとの仲は良いのかな?」

「多分ですけど良いですよ。呼んだらみんな来てくれますし、友達みたいな感覚です」

「彼らに頼み事をすることはあるか?」

「頼み事ですか? うーん……かくれんぼのときに、他の人がどこにいるのかコッソリ教えてもらったりします」

「それだけ?」

「それだけ……? 他には何もないと思いますよ。みんな、あちこちをふわふわ呑気に飛んでいるので、たまに一緒に遊びますけど」


 妙なことを聞いてくるなぁ、とイオは不思議に思った。


「ふむ、なるほど。……まだ魔法が使えるわけではないのか」


 アルマはイオの受け答えを聞いて、何度か頷き小さく呟いた。


「それなら、私の周りにいる精霊も見えるか?」

「見えてます」


 今もアルマの周りにふわふわと光る玉がいくつか浮いている。この精霊達は森の外からアルマについてきているようだ。他にも、森の精霊のうち数体もアルマの周りを浮いている。


「君の周りの精霊と、違いは分かるかな」

「うーん、何となく?」


 一見すると、イオの周りにいる精霊とアルマの周りにいる精霊は同じように見える。だがよく見ると、感じる雰囲気のようなものが少しだけ違うような気がしてきた。何がどう違うのか、と聞かれるとイオは具体的な答えに困ってしまうだろうが。


「ふむ……精霊の属性の区別は未だに曖昧、と。君は特別に地の精霊との親和性が高いみたいだね。君の周りには、地の精霊ばかりが集まっているようだから」

「地の精霊?」


 今度はイオの疑問にアルマが答える。


「精霊のエネルギーにはそれぞれ特徴がある。火や水、風や地みたいなね。森には地の精霊が、川や湖には水の精霊が集まりやすい。土地によって、そこにいる精霊は異なるんだ。魔法使いはその精霊のエネルギーを借りるけれど、人によって相性のいい属性も異なる。私は火の精霊や水の精霊との相性が良いんだ。だからもし君が魔法を使うなら、きっと地の精霊の力を借りることになるだろう」

「魔法……僕にも使えるんですか?」

「魔法の使い方を学んで、きちんと訓練すれば使えるようになるだろうさ。私が来た王都に、魔法を学ぶ学校があるんだ。私もそこで魔法の使い方を学んだよ」

「学校かぁ……」


 今は簡単な読み書きを村の大人から教えてもらうことがあるイオだが、学校というものに通った経験はない。

 大きな街に行けば、お金を払うことで勉強が出来る学校というものがあると知っているが、どんなものなのかはよく分かっていない。

 ましてや魔法使いの学校だなんて、どんな奇想天外なものなのだろう。そもそも、イオは魔法そのものを見たことがないのだ。自分が魔法を操る姿だって、まったくもって想像がつかない。


「魔法使いになれる人間は少なくてね、人材不足が著しい。どうだろうか、学校に興味はないか?」

「どう、と言われても……」


 イオは答えに困ってしまう。


「すぐにとは言わないけれど、考えてみてくれ」

「はぁ、分かりました」


 イオは曖昧に頷いて答えを先送りにする。今はそれよりも、鬼の方が大事だ。

 精霊達が震えながら、イオを誘う。討伐隊はイオの案内を頼りに、森の奥を目指した。

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