第二話:魔法使いの少女
精霊が教えてくれた一行というものは、イオが想像していた何倍も物々しい集団であった。
立派な金属鎧を身につけた男が十名ほど。皆が精強な馬に跨がり帯剣している。そしてその先頭をゆくリーダーらしき人物は集団で唯一、まだ少女と言っても差し支えないほど若い女性であった。
他の男達とは異なる身軽な服装だ。装飾は少なく動きやすさを重視した格好だが、それでも周囲が鎧を着ているのだから目立つ。
何より目を引くのは、くすみのない艶やかな金髪だ。腰ほどの長さを後ろにくくり、風に揺れる度に光を弾いて美しい。目鼻立ちは凜々しく、僅かな幼さを残しながらも非常に整っており、どこかの貴族令嬢だと言われても納得できるほどだ。
だがその美しさ以上にイオを驚かせたのは、彼女の周りに漂う精霊たちだった。精霊は呼べばイオの周りに集まりこそするが、特定の誰かにずっと付いてまわる様子は今までに見たことがなかった。ところが彼女の周りには、まるで彼女に付き従うかのように精霊がいるのだ。
一体、彼女は何者なのだろう?
イオはそんな不思議な集団を、少し離れたところからおそるおそる見ていたのだが、
「おや?」
集団も、様子を伺うイオに気がついたらしい。手を挙げながらゆっくり近づいてくる。イオは驚いてその場に固まってしまった。
「馬の上から失礼。少年、君はこの村の子かな?」
村の誰よりも綺麗なとびきりの美人に声をかけられ、ますます縮こまってしまうイオ。どうにか小さく頷くと、先頭の少女は上品に笑った。
「そうか。私はアルマ。君の名前は?」
「い、イオです」
「よろしく、イオ。私たちは王都から来たんだ。この村の村長に用事がある。知っていたら案内して貰えないだろうか」
この時間ならきっと村長は家にいる。村長の家はイオの暮らす家でもあるので案内は出来るが、いきなり村へやってきた彼女たちを信用していいものだろうか?
少し迷ったが、イオはかつて父に教わったことを思い出した。みんなを助けられる人間を、みんなに優しくできる人間を目指せ、と。見ず知らずの人に道を聞かれたら、親切に教えるべきだろう。彼女の受け答えは柔和で、イオには害意があるようにも感じられなかった。
「こっちです」
歩きはじめたイオの後ろに、謎の集団が続くかたちとなった。
村長の家は小さい村のなかの中央にある。子供の足で歩いても大した時間はかからない。
「ここです」
「ああ、案内ありがとう」
イオは家の中へと声をかける。
「ベンさーん!」
良く通るイオの声に、すぐに嗄れた声の返事が返ってくる。
「おや、おかえりイオ。もう遊びは終わったのか?」
戸を開けてイオを出迎えようとしたベンは、その側にいる見慣れない集団に驚いて目を開いた。
「イオ、この方達は?」
イオより先に、リーダーらしき女性が馬から下りて腰を折った。
「私はアルマといいます。鬼討伐の任を受けた魔法使いです。あなたがこの村の村長殿ですか?」
鬼という言葉に、ベンの表情が険しくなる。
「……私はこの村の村長のベンです、よろしくアルマ殿。随分と大事な話のようだ。中で詳しい話を聞かせて貰えますかな?」
ベンは一行に家の中へと入るよう促す。そして所在なさげにしていたイオに対して険しい表情のまま、
「……イオ、私はこの人たちと少し話があるから外で遊んできなさい。だが、決して村の外には出ないように。良いね?」
そういうと戸を閉めてしまった。
一人取り残される形となったイオ。何やら不穏な様子であり、イオは一体何が起きているのか気になってしまう。
どうにかして話を聞けないだろうか。そう考え、
「そうだ。家の裏からなら声が聞こえるかもしれない」
家の裏手から盗み聞きすることに決めた。裏側に回れば、奥の部屋での会話が聞こえるかもしれない。
こっそりと裏手に回り耳をそばだてると、イオの思った通り微かながら声が聞こえてくる。
「先ほどの子は、村長殿のお孫さんですか?」
会話をしているのはアルマとベンの二人のようだ。
「いえ……。あの子は私が預かっているだけです。母親を幼い頃に、父親も五年前に流行病で……」
「そうですか……」
「悲しげな様子はおくびにも出しませんがね。強い子です。まだ十歳だというのに……」
ギィ、と椅子を引く音がした。二人が席に座ったようだ。
「さて、アルマ殿は魔法使いとのことですが……鬼が出たというのは真ですかな?」
「真実です。それも、大型の鬼です。既に村が一つ襲われ、壊滅しています」
「なんと……!」
「その鬼はおそらくこの村近くの森の中に逃げ込んでいます。我々はその鬼を討伐するべく、王都から派遣されました。こちらが正式な書類になります」
鬼とは恐ろしい姿をして人間を襲う化け物だと、イオは幼い頃から聞かされている。だがどんな姿をしているのかは見たことがない。
それと、魔法使いというものも初めて見た。何でも魔法使いというのはとても珍しく、魔法を扱える者は国中でもほんの一握りだとか。そういった魔法使いは、こうして鬼を討伐する騎士団に所属している、という話を、前に村に来た行商人から聞いたことがある。
「確かに、あなたは正式な魔法使いのようだ。我々も、村を鬼に襲われれば為す術がない。鬼の討伐に協力できることがあれば、微力ながら手伝わせていただきます」
「感謝します」
「……だが、アルマ殿。失礼を承知で言わせて頂きますが、あなたは随分とお若い。魔法がどれほど凄い力を持つものなのか、私にはまったく分かりませんが、その……」
「仰りたいことは分かります。突然現れたこんな小娘に、村の安全を任せるのは不安でしょう」
「そ、そこまでは言いませんが……」
「ご安心ください。私はまだ十八ですが、既に魔法使いの資格を持つ身。それに鬼の討伐経験も幾度かあります。連れてきた者達も、皆が厳しい訓練を積んだ頼もしい騎士です。決して村に被害は出させませんとも」
自信に満ちた発言に、ベンは深く息を吸った。
「……分かりました。何とぞお願いします、アルマ殿」
「ええ、任せてください。まずは鬼の隠れ場所を探す必要があります。今日は移動の疲れを癒すために休み、明日から森に入って鬼を捜索するつもりです。その間の寝床の手配をお願いできますか?」
「村の入り口に、旅人のための小さな宿があります。皆さん全員が不自由なく寝泊まり出来るよう、村長の私から話を通しておきましょう」
「助かります」
どうやら話は終わったらしい。
「鬼……」
幼い頃から色んな大人に聞かされた恐ろしい鬼が、村の近くに隠れているらしい。イオはひどく不安になる。はたして鬼は本当にいるのだろうか?
「……そうだ、精霊のみんなに聞いたら分かるかな?」
イオの方から精霊達を呼べば、彼らの多くはイオの元にやってきてくれる。
心の中で念じると、今まで姿を見せなかった光の玉がどこからともなく現れ始めた。くるくるとイオの周りを飛び交う。
「ねぇ、森の中に鬼がいるって本当?」
イオが尋ねると、精霊達が明滅する。その仕草からぼんやりとではあるが、鬼がいるのは本当だと理解できた。
「ほ、本当に鬼がいるんだ」
恐ろしい、危険だと言い含められた鬼。一度見てみたいという好奇心がないわけではないが、大人達の言いつけを破って森に一人で入っていくほどイオは悪い子供ではなかった。
「他のみんなにも、教えてあげた方がいいかな……」
むしろ他の子供がしないよう気をつけなければ、と考えていた。
イオはもう十歳。村の子供達の中では年齢も高いほうで、大人達の仕事を手伝うこともある。年下の子達に村から決して出ないよう言い含めたほうがいいだろうか、という使命感を覚えていた。
そう考え行動に移そうとしたそのとき、イオが聞き耳を立てていたすぐ近くの窓が勢いよく開いた。
驚いて反射的に顔を向けると、同じくらい驚いた表情をしているアルマと目が合う。
「……これは驚いた。精霊の流れが急に起きたと思ったら、君が」
驚きで大きく開かれた紫紺の瞳が真っ直ぐにイオを見下ろす。
「君、ひょっとして魔法が使えるのか……?」
「ま、魔法?」
イオにはアルマの言っていることが分からなかった。魔法とは、魔法使いが使う凄い力のことでは?
「イオ、どうしてここに! あ、アルマ殿。イオがどうかされたのですか?」
ベンも窓から顔をだし、アルマに尋ねた。
「突然精霊が動き出したので何ごとかと思い、慌てて見てみれば、その中心にいたのが彼なのですよ」
アルマの言葉は突然でイオにはよく理解が出来なかったが、彼女が『精霊』という言葉を使ったことは分かった。
「アルマさんにも精霊が見えるんですか?」
イオがそう尋ねると、アルマの瞳は射貫くように鋭くなった。
「イオ、君には精霊が見えるんだね」
「は、はい……」
「この年でこれほど精霊との親和性が高い子が、こんなところにいたとは……」
アルマは一度息を整えた。
「イオ。まず先ほどの質問の答えだが、私にも精霊の姿は見えているよ。だから今、君の周囲に精霊達が集まっていることは分かる」
アルマは指を立てて言葉を続けた。
「私たち魔法使いが使う魔法とは、この精霊の力を使う術なんだ。精霊を使役し、そのエネルギーを使って様々な現象を引き起こす。そのためにはまず、精霊の存在を感知しなければならない。精霊の存在が感知できるかどうかは訓練ではどうにもならない、持って生まれた才能だ。だから魔法使いというのは数がとても少ない。そもそも精霊というものは――」
「あ、あのぅ、アルマ殿。もう少し私どもにも分かるように言って頂けると助かるのですが」
話に熱が入り始めたアルマをベンが遮った。アルマはハッとした後、咳払いを一つして結論を述べる。
「つまり、イオには魔法使いの才能があるということです」
アルマはそう言葉を締めくくった。イオは自分に魔法使いの才能があると言われてもいまいち実感が湧かない。
アルマは少し考え込む素振りをした後、イオに問いかけた。
「イオ、君はどうして精霊を集めたんだ? 何か彼らにお願いをしていたのかな?」
「その、鬼の話をしているのが聞こえたので、みんなに、森の中に本当に鬼がいるのかどうかを聞こうと思って……」
「なるほど。それで鬼の居場所は分かるのかな?」
イオが精霊たちに問いかけると、ぼんやりとではあるが鬼の居場所が分かるそうだった。
「わ、分かるみたいです」
「そうか、やはり……。なら、その鬼の居場所までの案内役を頼みたい」
アルマの言葉に慌てたのはベンだった。
「ま、待ってくださいアルマ殿! イオはまだ子供です。そんな危険な!」
ベンの言い分も当然である。イオは只の子供だ。鬼との戦いに連れて行っても、足手まといになるだけだろう。
しかしアルマは首を振った。
「安心してください、ベン殿。何もイオに戦ってもらおうというわけではありませんよ。そんな危険にはさらしません。彼には精霊を使って、鬼の居所を探って貰いたいのです」
「そ、それはアルマ殿には出来ないことなのですか?」
「この森では、出来るようになるまで少し時間がかかります。精霊の多くはその土地に根付くもの。今日来たばかりの私よりも、長年この地で暮らすイオの方が精霊に信頼されているようです。それにあまり鬼の場所を探すことに時間をかけてもいられません。時間をかければ鬼は今よりも力をつけてしまうかもしれない。居場所が分かるならすぐに見つけて、倒すべきです」
アルマはきっぱりと説明したが、ベンは未だに納得のいかない表情だ。
「イオ、無理強いはしないが、頼めないか?」
アルマはイオに目を合わせて頼んだ。
鬼は怖い。だが、自分に手伝えることがあるのなら――。
「わ、分かりました。頑張ります」
「ありがとう、イオ。君はとても優しい子だね」
アルマは柔らかく微笑んだ。
「イオに頼むのは案内まで。場所が分かれば一度村へ戻り、準備を整えてから討伐するつもりです。道中は私や他の騎士たちがしっかり守ります」
ベンはしばらく唸っていたが、やがて真摯なアルマの態度に折れ、
「……分かりました。どうかイオをよろしくお願いします」
こうして、イオは討伐隊の案内役を任されることとなった。
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