第5話

「ちょっと待ってて」

 女の人が、男の人の方へ走っていく。何か、話をしたようだ。時折、僕の方を見る。やがて、男の人が近づいてきて、僕の頭に手を置いた。

「・・・一緒に捜してやるよ。彼女の頼みだからな」

 彼は、にこりと笑ってそう言った。


「向こうから来るの、きみのお母さんじゃない?」

 しばらく歩き回った後、女の人がそう言った。間違いない。お母さんも僕に気づいたようだ。僕の方に向かって走ってくる。僕も叫んで、走っていって、お母さんの胸に飛び込んだ。

「元気でね」

 と、言う女の人の声が背後で遠く聞こえた。僕は振り返り、女の人の笑顔を見た。出会ったときの淋しそうな顔が、いつの間にか消えていた。僕は、手を振り返して、若い恋人たちの後姿を見送った。

「さあ、帰りましょう」

 という、お母さんの声と共に、僕は家路についた。


 幾日か過ぎて、僕は新聞紙の記事の中に、あの女性の姿を見た。どうやら、あの女性は、結構大きな財閥のお嬢様だったらしい。あの時の男の人と大々的に結婚式を挙げたという記事だった。それを見たとき・・・。僕はなぜか、切なくて切なくてたまらなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る