第12話 御嶽蛇神(おんたけのかかかみ)との出会い

 ヒカネの一行は、御嶽おんたけ噴煙ふんえんを目印に進んだが、果たして社は御嶽おんたけの中腹にあった。御嶽おんたけホホノキ神は、火のわざわいからいのちを守る厳しい神である。


 このあたりに住む一族の中心であり、どのような災難さいなんが降りかかろうとも、主神ぬしがみやしろを離れることはない。土地の守り神、いのちの守り神である。

 

 神々こうごうしくそびえる古き大木は、大地の奥深おくふかきところからいのちいずみを吸い上げて天にそびえ、あめつちに霊気れいきを放っている。その神木しんぼくの傍らにやしろはあった。


御嶽おんたけ蛇神かかかみホホノキに、宇都志うつしヒカネが申す。われ日高のあめ族、宇都志うつしの血筋にて、輝々星神かかほしのかみたてまつ一族。ゆえありて輝々星神かがほしのかみ、お隠れになり姿かたち見えず。あめつちの祈りはとどこおり、祖神おやがみを失った日高の行く末、大いなる憂いに覆われております。」


 ホホノキ神は、火の神に相応しく赤鬼あかおにの如く、赤ら顔で頭髪とうはつは立っていた。ヒカネの姿を見、声を聴くと、その顔に満面まんめんの笑みを表して迎えた。


「ヒカネの君よ、よくぞこのような山深き御嶽おんたけの地に参られました。われは御嶽おんたけ山主やまのぬしホホノキ。この地にいのちは皆わがいのちも同じ。この浅間の山々も、日高に劣らず、あめつちの異変いへん見舞みまわれておりますが、何なりとお尋ねくだされ。お応えいたしましょう。」


 とても火の神の容貌からは、想像できないやさしさがただよっていた。ホホノキは、御幣ごへいを振りかざし、その場を清めると、ヒカネとその一行に向かって、おもむろに口を開いた。


近頃ちかごろは日高と同じく、この山の国もあめつち乱れて久しい。御嶽おんたけ鞍岳くらだけ、とがりの山塊さんかいに大きな異変が起こり、地のそこ火神ひかみ荒々しく天地あめつちるがす。多くの姫神ひめかみとその幼な子たちのいのちは失われた。」

 

 その言葉には、ホホノキが守ろうとして、守り切れなかった多くのいのちへのとむらいの気持ちが込められていた。


「それだけではない。しし鹿しかくまも、とりむしも、はなくさも、ことごとくいのちいとが切れ切れである。われ日夜にちや、あめつちの神々のかなしみの声、人々のなげきの声を聞く。ヒカネの君よ、「千年ちとせのむすび」のことは、聞かれたことがおありか。」


御嶽おんたけ蛇神かかかみは、いきなり、ヒカネの心を捉えた。

「父オトウツシより、聞いたことがあります。いにしえ千年の昔、日高ひだか浅間あさま神々かみがみに戦いがあり、多くのいのちが失われた。たたかいの後、失われたいのちとむらい、御魂みたましずめ、再び、このような戦いはしないと、日高ひだかします、あめのみなかぬしの神と浅間あさましますの浅間あさま大蛇神おおかかかみとの間で約束されたことでありましょう。」


「おお、よくご存知である。そのことでございます。言い伝えのごとくに、千年ちとせ約束やくそく成就じょうじゅすれば良いのですが、その約束やくそくを前にして、浅間あさまの山々が騒々しくなっております。」


 この時、ホホノキ神は、山の主神ぬしがみらしく、真っ赤な怒りの表情が現れ、恐れの湯気が吹き出した。


「おぞましき科野(しなの)の火焔(ほのお)族、クロ族が復活する。」

と言うのがわれら浅間のつち族、蛇神かかかみ達が最も恐れ、憂えていることでございます。」

またまた、恐れの湯気が吹き出した。


輝々星神かがほしのかみがこの地に入られたのは、その為ではないかと思っております。ヒカネの君もまた、輝々星神かがほしのかみをお探しに参られたのでありましょう。輝々星神かがほしのかみのことは、すでに浅間の山々で幾人いくにんかのハバキが出合っておりますぞ。」


「なんと、輝々星神かがほしのかみがご存命であるといわれるか。やはりこの地に参られたのか。」

思わず、ヒカネは前のめりに口を開いた。ホホノキ神は、ヒカネのおどろく姿を見つめながら、ゆっくりと話した。


輝々星神かがほしのかみは、「千年ちとせの結び」を全うするために浅間あさまの山にやって来られ、おにの心をもって、そのクロ族と戦っておられる。安心されよ、ご存命ぞんめいでありますぞ。」


「なんと、やみの一族と戦っておられると言われますか。して今は、どちらにおわせられましょうか。」


居場所いばしょは分からぬが、脛巾はばきの報告によると、諏訪すわの里に伝説でんせつのクロ族を見たというものが現れた。その話しを聞いた輝々星神かがほしのかみは、ハバキを伴にして諏訪すわの山に入られた。あるいは、もっと東の多摩たまの里にクロ族が現われたと聞いては、ハバキを伴ってクロ族と戦ったと聞いておりまする。」


「クロ族と言われますか。何者なにものでございましょう。」


「クロ族は千年の昔、なれの先祖、宇都志鷹御神うつしたかみのかみと戦った火の荒神あらかみの一味である。われらやまかみには、とお先祖せんぞ御代みよより、おぞましい記憶きおくが伝えられております。」


クロ族の話を口にする度に、ホホノキ神は、眉間みけんすじを建てていかりをあらわにし、真っ赤な顔からは、湯気ゆげき出すのであった。


輝々星神かがほしのかみは、クロ族の復活ふっかつを何としても抑えなければならない理由わけがある。そのことは、浅間の蛇神かかかみカカナをたずねて、くわしい話を聞くがよい。」

 ホホノキは、ヒカネの心を包み込むように、穏やかに諭し、浅間カカナ神の事を語った。


「浅間の蛇神かかかみカカナこそは、浅間九つの山里やまざとかしらである。北の宇麻志蛇姫うましのかかひめと並び、南の蛇神かかかみと言われる大地母神だいじぼしんである。」


 話には聞いていたが、ヒカネは改めてこの地が浅間の大蛇神おおかかかみカカナ神が治める大地であることを受け入れた。

 日高ひだかの国には、あめ族とつち族の二人神が治めていたが、ここ浅間あさまではつち族の大蛇神おおかかかみがすべてを治めていることを改めて知った。


宇都志うつしの子ヒカネよ、兄たちの失われた命のことを忘れてはいけない。宇都志うつし一族をおおう古えののろいがいよいよ姿を現してきた。輝々星神かがほしのかみは、その「千年ちとせの結び」を邪魔じゃまするやみ亡者もうじゃたちと戦っておられる。それは、あめつちを守るのために、どれだけの代償だいしょうを払ってでも、あめ族にしかできない、あめ族が果たさねばならないつとめである。」

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