緋いろねの剣

秋津廣行(あきつひろゆき)

旅立ち

あめの神とつちの神

第1話 凍てつく大地~滅びゆく日高の国


凍てつく大地~滅びゆく日高の国


 今から、およそ三千三百年前、縄目なわめの土器が焼かれていた頃のことである。人々は、北の大地と南の大地とに分かれて住んでいた。北の大地には、日高ひだかの国があって、あめ族とつち族が住んでいた。南の大地には火の山々に囲まれた浅間あさまの国があって、九つのつち族が住んでた。北の大地も南の大地も互いにあめつちを敬い、あめつちのままに生きていた。

 日高ひだかの国のあめ族には高御産日之神たかみむすびのかみ、つち族には神産日之神かみむすびのかみがいて、それぞれの部族の守り神となっていた。ふたつながらの神がお互いに争いをしないように、日高ひだかの国をまとめていたのは天之御中主之神あめのみなかぬしのかみであった。

 浅間さまの国には、つち族ばかりが住み、部族をまとめていたのは、親神である浅間の大蛇神おおかかかみであった。この物語は、北の大地と南の大地の神々をめぐる話である。


 日高の国のあめ族は海峡を挟んで北の地に住んでいた。族長の名は、宇都志輝々星(うつしのかがほし)と言い、祖神そしんを高御産日之神(たかみむすびの神)として敬ってきた。つち族は海峡の南に住み、族長の名は、宇麻志之蛇姫うましのかかひめと言い、祖神を神産日之神かみむすびのかみとなしていた。

 あめ族のおさ輝々星かがほしは天空をおがみ、太陽と月と星を眺めては、その動きによって日高の国の行く末を占った。太陽が昇り、太陽が沈む、月が満ち、月が欠ける、星が巡り、四季が巡る。日々変化する天空の動きは神の定めであり、揺らぐことがない。動くことのない北の極星きわぼちは、高御産日之神かみむすびのかみのこの世の姿として日々に祈り、あがめられていた。あめ族は天から降り注ぐ水を天水あめと呼び、あめつちの恵みとして尊んだ。

 つち族のおさ蛇姫かかひめは、命の生まれる大地をあがめた。大地は天水あめを受け入れ、生きとし生ける命を産み育てた。そしてましいを吹き込み、あめつちに解き放つ。母なる命(いのち)の神、地母神であった。

 あめ族とつち族は、あめつちの命と命をより合わせ、生きる力となした。なわなわをより合ってしめなわとし、神々との約束をなして互いに信頼しんらいあかしとなした。縄目なわめを変えて縄文字なわもじとし、土を焼き土器に写して世代をつないだ。こうして、日高の人々は、いつも、あめつちと共にあり、よろずの年を、のどかで穏やかに過ごすことができた。

 一方、火の山、浅間あさまは、鮭の上る川の上流、奥深き山々の地に住み、海を見た者はいなかった。周りを高い火の山と深い渓谷に囲まれ、訪れる人々からは恐れられていた。木々の恵みと狩猟しゅりょうを生活のかてとし、黒曜石くようせき翡翠玉石ひすいのたまいししなの皮を重んじた。北に流れるしなの川、南に流れる木祖きその川、飛騨ひだの川、水神みずかみの川、富士ふじの川を生活の拠り所としていたが、それぞれの上流は火の山である。人々は火の山の神をうやまい、つちの神に守られていた。浅間あさまの国は九つの里に分かれ、それそれにかみむすびの神を祖神とする蛇神かかかみが治めた。その九つの蛇神かかかみの親は大蛇神おおかかかみと言われ、浅間の蛇神かかかみカカナが祀った。


 しかし、あめつち(天地)の営みは休むということがない。安らぎの時を終えると、大地に生きるすべての命は、試練しれんの時を迎えた。

日高ひだかの国にあめつちの異変が訪れた。冬に雪降ゆきふらず、氷も張らず。春、木々に花咲くも、たちまち枯れ、夏は寒くてひょうが降り、日々大雨と洪水にみまわれた。人々、住まいを変えて移り住むも、安住の地はなし。


 ある冬のことである。暖かい冬に、珍しく北風が激しく吹き荒れ、一夜のうちに大地がこおった。垂れさがった雲までもこおり付き、氷の柱がそそり立った。時が止まったかのごとくに、冷気は大地を包んだ。その日以来、こおりついた人々の心は融けることもなく、日高の国に、まばゆいばかりの銀白の世界が居座った。

 てついた大地からは、新しい命の芽が失われ、木々で覆われた青く深い森も黒く枯れ果てて、冷たき原野(はらの)となった。大地に虫はわず、鳥も飛ばなくなった。くま鹿しかししさるもまたどこかに姿を消した。水に生きる小さな魚(うお)、秋になると川を上って来るさけ、海に住む大魚も見られず。人々はまぶしく輝く銀氷の世界に、目を開けることも出来ず、冷たく、白く、静かな大地に呆然とたたずむばかりであった。。

命あるものは、生きる力をなくし、人々は縄文字なわもじに残された先祖のおきてを果たすことも出来ず、混とんと混乱の世界を迎えた。あめ族もつち族もこの地にとどまり続けることができずに、ちりぢりに離散りさんした。日高ひだかの血脈は、もはや雪と氷の中に埋もれて、命果いのちはてようとしていた。


 そんなある日、あめ族の輝々星かがほしとつち族の蛇姫かがひめが出会って、日高ひだかの行く末について、語りあうことがあった。輝々星かがほしは言った。


 「われらは、各々のむすびの神を信じて、お互いの土地を守っている。わが宇都志うつし族は、あめの定めを信じ、北の極星きわぼちである高御産日之神かみむすびのかみを奉じてきた。なんじ宇麻志うましの一族は生きとし生ける命の力と大地の力を信じ、つち(土)のぬしとして神産日之神みむすびのかみを奉じてきた。だが、宇麻志うましの神よ、このままでは、われらひとの形をした者たちだけでなく、草、木、虫に至るまで、命あるものの全ては、この地に生きることはできまい。」

蛇姫かかひめは、輝々星かがほしの言葉に大きくうなずいた。

「まことに仰せの通りでございます。あめつち(天地)の乱れに寄り添うところはなく、われら、ただ、つち(土)に潜って慄くばかりにございます。」

輝々星かがほしは、蛇姫かかひめの言葉に後押しされて、続けた。

「近頃は、天水(あめ)も降らず、つち族が守る大地は干からびてボロボロではないか。わがあめ族は、古くより天空の星を見て明日を占い、星の動きに一族の行く末を預けてきた。今、占いの明らかなるところによると、「もっと高い太陽の地を求めるべし」とのしるしが出ている。どうだろう、ここは天之御中主之神あめのみなかぬしのかみの御前に、それぞれの先祖神である高御産日神たかみむすびのかみ神産日神かみむすびのかみそろっていただき、日高のあるべき手はずをお尋ねしてはどうか。」

「かくなる上は、輝々星神かがほしのかみの仰せの通りに致しましょう。その前に、私は、つち族の祖神、神産日神かみむすびのかみに最後のお願いをするつもりであります。輝々星神かがほしのかみにおかれましては、今一度、私に機会を与えていただきますようにお願い申し上げます。」

 輝々星かがほしは、蛇姫かかひめの申し入れを受け入れ、しばしの時を蛇姫かかひめに任せることにした。そうして二人は別れたが、しかし、その後二人は再び出会うことはなかった。

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