心からきみを、
「あ? だっておまえ、俺のこと好きだろ」
「センパイちょっと待ってください落ち着いてください酔いすぎです」
仕事終わりの居酒屋で、隣の席のお姉さんたちがすんげぇ顔してこっちのはなしに聞き耳を立てている。
彼女たちも服装からして恐らくは仕事終わりなんだろう、つまりは今ここにいる人たちは大体みーんな仕事終わり、みーんなお疲れ、みーんな楽しいことがほしい。
そんな状態でおれの目の前にいるこのセンパイは何故か今日はハイペースで飲み慣れない焼酎なんて飲んじゃって、酔って顔真っ赤にしながらワイワイガヤガヤに混じって大声で人の秘密を暴露しようとしていやがる。
「だっておまえいっつも俺のこと見てんじゃーん」
「見てませんよ」
「いやいや見てるね、暇さえあれば俺のこといーっつも見てる。そんなに俺が好きかよおまえぇ」
にやにや笑いながら腕を伸ばしてきておれのデコを指でつつこうとするから、おれは酔っ払いの鈍い動きに合わせてやんわりとそれをかわす。
あーあー本当やめてくれ、そうだよ好きですいっつも見てますだからお願いちょっと黙って。
「センパイ本当にちょっと飲みすぎですって、店出ます? 外の風吸いましょ」
そしてそのままタクシーに放り込んでやるから早く帰って寝て全てを忘れてくれ頼む。
「いーや! 俺はまだ飲むね! 避けんなおまえ! だいたいおまえはなぁ、いーっつも俺の手ぇ見てんだよ、俺は気づいてるんだからな、なに、俺がボールペン持ってんのがそんなに好きなの?」
くそ、思った以上にばれてる……。
そうなんだよなぁ、好きなんだよ、センパイの手。
デカいし、指が長くて、すらっとしてて、あの指でペン持ってたりキーボード叩いてたり、今みたいにグラスを掴んでるだけでもサマになるというか、羨ましいというか、憧れるというか、
「何だァ、俺のこの手に触りてぇのか? ほれほれ、いいよー、触ってみ」
「要らないですよ、グラスひっくり返したら危ないんだから、じっとしててください」
「遠慮すんなってぇ」
阿呆か! するわ遠慮!!
そんな目の前で手ぇぷらぷらされても触んねえからな絶対!!
隣のお姉さんたちその期待に満ちた目ぇやめて!! 触んないから!!
「おまえは俺のこの手に一体なにがしたいんだァ? ぁあん、いやらしい目で見やがってぇ。人の手ぇ勝手にオカズにしてんじゃねぇぞ」
「してねぇしここ居酒屋なんですから、ちょっと考えて喋ってくださいよ、人が聞いたらびっくりするだろ! あと今のそれ完全にセクハラだかんな!」
「んなこと言ったっておまえが本当に……、あ、分かった」
「なにが」
酔っ払いの相手は面倒だ。
はなしがまるで通じないし、時として言わなくていい自分でも気づいていないような真実を明るみに出したりする。
「ははーん、おまえアレだな、俺にナニかをしたいんじゃなくて、俺に、してほしい、んだな」
「は、」
「いやあー、ちょっと困ってたんだよー、俺流石にいくら相手がおまえとはいえ、ケツはどうかなーとか思っててさあ、でもまあ逆におまえがケツ出すっていうんなら俺もなんかやれそうな気がしてくるわ! おまえほっそいからさあ、あーなるほどなー、それでいっつも俺の手を物欲しそうに眺めてたわけかー! なあなあケツってどうなの、ケツはやっぱ……」
や め て ! !
ケツ連呼はもうヤメテエエエエエ!!!!
おれあんたにそこまで求めてないから!!!!
妄想飛躍しすぎだからアアアアアアア!!!!
そもそもおれケツ使うような経験ないからな!!!!
そろそろ落ち着いて相手できねぇぞお姉さんたち本当にそんな顔でこっち見るのヤメテエ!!!!
「なァ、教えろや、おまえは俺のこの指に、どーんなことをしてほしいわけ?」
センパイがにやにやと悪戯な目つきで、おれの目の前で指を揺らす。
まるで誘うように、もしくは愛撫みたいな。
その仕草でおれの純情な恋心が台無し。
くそ、馬鹿にしやがって。
あーあ、本当になんでおれは、こんな人を好きになってしまったんだろうか。
「まじでちょっと黙ってほしい」
「なんだよおもしろくねぇなぁ。仕方ねぇ、店出るか」
おれがやっとのことでそれだけ言うと、センパイはさも面白くなさそうに口を尖らせながら立ち上がった。
良かったやっと帰る気になったか。
拗ねようがなんだろうがもう知ったこっちゃねぇぞ。
明日から極力近づかずにいよう。
おれは隣のお姉さんたちとできるだけ目を合わせないようにしつつ立ち上がって、センパイの後を追った。
「おれも面白くねえですよ、ここ幾らですかね、割り勘しましょう。タクシー拾いましょうか?」
「いや、薬局探すわ、まだどっか開いてるだろ」
会計のために財布を開きながら、センパイは何故かそんなことを言い出す。
その声がさっきまでよりもなんかしっかりしているように聞こえて、なんだ、立ち上がった途端に酔いが冷めたのか?
「薬局? なんか要るもんでもあるんです?」
「うん、浣腸」
「かん……」
センパイは一言そう言うと勝手にひとりで全額払って、財布を仕舞ってさっさと外に出てしまった。
おれが自分の開き損ねた財布を片手に遅れて追いつくと、センパイはそのままふらふらと夜の街に足を向ける。
夜風が冷たくて、おれはあまり酔っていないつもりだったけど、頬に当たる風で自分がそれなりに熱を持っていることに気づく。
「センパイ便秘なんですか」
「いや、おまえが使うんだろ」
「待って、おれが使うの? おれ別に便秘じゃない……」
「だってそのまま指突っ込んだら汚えだろ」
「なんで指突っ込むの!? おれしないですよ!?」
「うるせぇなぁ、するんだよ」
だからなんでそうなる、おれ別にそんなこと頼んでないし、そもそもあんた何故にそんなに妄想が飛躍した?
酒の力ってこわい。
「センパイ落ち着いてくださいよ、帰りましょう? いつもと違う飲み方してたじゃないですか、本当に悪酔いしてますって」
「うるせぇって、仕方ねぇだろ、悪酔いしねぇとこんなんできるわけないんだから」
「いやいやだからしなくていいって……」
ん?
なんだ今の。
ちょっと待て。
今のっておれの勘違いか、それとも。
「センパイもしかして、今日わざと変な飲み方しました? 柄にもなく焼酎なんか飲んで」
「そうだよ」
「なんで?」
「シラフじゃ先に進まないから」
「……なんの、先?」
「…………聞くなよ、そういう先だよ」
おれは思わず足を止めてセンパイを見た。
センパイは止まることなく先に進んでしまったが、ちらっと見えたその顔は赤かった。
それは、悪酔いした顔にも見えたし、もしくはなんか照れたような、ばつの悪そうな、緊張してるみたいな、そんな顔にも見えた。
おれは少し、いや大分躊躇ったあとに、酔っ払いをこのまま放置できないとか、さっき奢ってもらってしまったから、タクシー代くらいは出さないととか、適当な言い訳を頭の中に大量に用意してから意を決してセンパイの後を追った。
センパイはコートのポケットに両手を突っ込んでふらふらと歩きながら、隣に並んだおれをちらりと横目に確認する。
「俺はシラフじゃこんなはなしはできねぇの」
「おれを馬鹿にしてたわけではなかったんですね」
「馬鹿になんてするわけないだろ、どうやって切り出そうかずっと考えてたらこんなことになったんだよ」
「不器用か! あんなんじゃ全然意味分かんねぇっすよ。おれがセンパイのこと好きじゃなかったらどうするつもりだったんですか、ただの勘違いセクハラ野郎になるところでしたよ」
「いや、おまえが俺を好きなのは確定だから。だから取り敢えず、うち、来れば」
「でもおれ本当にそんな経験ないんですけど」
「大丈夫だって」
センパイはとうとう目的の薬局を見つけた。
明るい店内の照明に釣られるようにしてふらふらと自動ドアの前に立つ。
「おまえの大好きな俺の指であっちもこっちも触ってやるよ。ケツが疼いて眠れねえようにしてやるぜ」
本当に下品な人だな。
「それ…………まさか痔の症状じゃないでしょうね」
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