色鮮やか (BL掌編集)

昨日の続きをしよう

　やっ

　っべえぇぇぇぇぇぇぇぇ……。

　どうしよう、どうしよう、言われるがままなんかシャワー浴びちゃってるんだけど、本当にこれでいいのか、大丈夫か。

　こういうのってどうしたらいいんだ、素直に身体洗ってしまってんだけど、頭も洗っていいのかな。

　いや、時間稼ぎに洗うか。

　大量に出したはずのボディソープの泡が、ボディタオルでごしごし擦る傍からしゅわしゅわとその姿をなくしていくのが心もとない。

　何度擦っても消えていく。

　せめて今だけはもうちょっとちゃんとおれの身体を隠しておいてほしい、頼む。

　取り敢えずここが自分の家で良かった、慣れた場所だからいくらか平静を保てる。

　あーあどうしよう。

　とか、思っていたその矢先。

　ガラッ

　えっ。

　背後の扉が開く音が。

　振り返ると、おれを今現在進行形で絶賛窮地に陥れようとしている張本人が、素っ裸で立っていた。

　ちょっと！

　馬鹿！！

　思わず持ってたボディタオルで身体を隠してしまった。

　あんまり意味はなかった。

「なに入ってきてんだお前えぇぇぇぇぇぇぇ！！！！」

「いやだってお前遅いから」

「なんですっぽんぽん！？」

「いや風呂場で服着てたらおかしいだろ」

　いやそうかもしれないけど！

　そうかもしれないけどそうじゃなくて！

　そしてもうちょっと隠せよ！

　堂々とぶら下げやがって！！

「でででででで出てけよ今おれが使ってんだから！！」

「え、そうなの？　あんまり遅いから、てっきり俺のこと待ってるのかと」

「んなわけあるかい！」

　叫びながら、反射的に扉と反対側の壁に勢いよくへばりつく。

　するとどうだろう、勝手に風呂場まで追いかけてきたそいつは、ちょっとだけ悲しそうな顔になってしまった。

「そんなわけないのか？　俺はてっきり同じ気持ちになれたのかと思って喜んだんだけど」

「う、そ、それは……」

　いやあのう、なんっていうか、それは確かにそうだしそうなんだけど、そうじゃなくてもうちょっと心の準備をしたいというか落ち着く時間がほしいというか、取り敢えずちょっと待って。

　おい、シャワーヘッド外すな。

　手に取るな。

　水出すな。

　温度の確認してんじゃねえ！！

「こっち来いや、流してやっから」

「いえあの結構ですぅ」

「なんで敬語？　ほれほれ」

「ひょ、」

　腕引っ張られちゃって。

　身体の正面ががくっつくくらい近づいちゃって。

　背中側から、包み込むようにしてシャワーで勝手に泡を流される。

　心臓がうるさい。

　背中を擦るそいつの手のひらが、ぎこちない。

「お前どんだけボディソープ使ってんだ？　流しても流しても泡がすげぇぞ」

「いやなんか、手が……滑って……」

「もったいな」

　おれを洗い流してボディタオルを綺麗にしたそいつは、最後に勢いよく頭からシャワーをかぶった。

　ぽたぽた。

　濡れた毛先の間から覗く目が、おれを捉える。

「っ、」

　なに、なんかえろいんですけど。

　水も滴るいい男とかそういうやつですか。

「上がるか、風呂」

　えっ、お前そんなもんなの、おれめっちゃ普通に洗ったんだけど、身体。

「タオルどこ」

「あ、そこの棚……」

　ふたりでガラッと風呂場を出て、ごしごし身体を拭きながら、そいつは急に聞いてきた。

「お前、昨日のことどこまで覚えてんの」

「えっ！　あー……」

　つい目が泳ぐ。

　実をいうと、わりと覚えている。

　昨日のおれは、そう、酔っていた。

　こいつとふたりで飲みに出て、酔って楽しくなっちゃって、ついうっかり「好きだ」とか自分から暴露した。

　そんで、勢い余っておれがこいつをお持ち帰りしちゃって、そう、まさにこのおれの独居用賃貸マンションに。

　そんで、そんで、「俺も好きだった」とか言われたのが嬉しくて調子こいてうっかり途中までノリノリで致してしまって、ケツに指突っ込まれたところで、

　寝た。

　おれが。

　おかげで今朝目覚めたときのおれは灰のようだった。

　部屋の惨状と自分たちの姿を目にしたとき、悲鳴上げそうになったもんね、声にならんかったけど。

　ああ、恥ずかしい。

　できればあのまま灰になりたかった。

　あとから目を覚ましたこいつに、「今夜、昨日の続きをしよう」って言われて、おれが、頷いちゃったもんだから、今に至る。

　あらかたおさらいしたおれは俯いた。

　もう俯くしかないこんなん。

　やっべぇ頬っぺた熱い。

「なあ」

「……はい」

「好きなんだけど」

「あ、うん、あの、おれも……」

　ああああああ素面恥ずかしいぃぃぃぃぃぃ！！

　なんで今改まって言ったの！！

　消え入りたい……。

「キス、していい？」

「あ、」

　返事をするよりも先に、顎を持ち上げられちゃって、なんかもう、王子さまかよお前。

　濡れた髪、色っぽいな。

　お互いの湿った唇が吸い付きやすくて、ずっと好きだと思っていたやつとのキスは、緊張する反面、とんでもなく気持ちいい。

　唇が触れあっているだけなのに、なんか身体中の骨がとろけて液状化しそう。

　おれの顎を持ち上げていた手が、頬っぺたに触れて、もう片方の手が、首筋をなぞって、おれが勇気だしてそいつの首に両腕を回したら、ほーらどうだもう止まらない。

　先に口開けたのがどっちか分からない。

　ほしい。

　ほしい。

　これじゃ足りない。

　もっとくれ、おれにくれ、全部くれ。

「……ベッド行く？　それとも、このままここでする？」

　唇を引っ付けながらそう囁かれて、そうだったここ脱衣場だった。

　隣にあるの洗濯機じゃん。

　どうせもうすっぽんぽんだし、ここで立ったままするのも……いいかな。

　でもせっかくだから、最初くらいは。

「ベッド、行くか」

「よっしゃ」

　ああー、好きな人の肌って素晴らしいな。

　なんだこれ、接着剤みたいにくっついちゃってもう離れらんないわ。

「こーら動けんだろ、なんだベッド行かないのかよ」

「うーんやっぱ駄目みたいだわ、ここですっか」

　ありがとう昨日の激しく酔っ払ったおれ。

　今日は素面だけど、おかげでなんか、心の底から気持ちいい。