第31話 What should I believe in?
オートマタの軍勢を相手すること、数週間。
嵐の前の静けさのように、めっきりと任務が減った日々。
SOは剣を砥石で研いでいた。
「えっすおー!」
ノックと同時に声が聞こえた。
「・・・おーい、おーい、聞こえてるー?」
「入っていいぞ」
砥石を片付け終えてから、声を返す。
入ってきたのは小柄な金髪の少女____こう見えて、第5部隊の隊長だ。
「遊びに来たよ!何か面白いものはないのー?」
「・・・」
「わー、可愛いぬいぐるみ!」
ベッドの付近に置いてあった1メートルほどの、ウサギのぬいぐるみを見つけ、スカはそれを上下に振って遊ぶ。
「あ、おい触るな!そいつは脆いんだ!すぐ腕が取れる!」
「あ、ほんとだ」
「こら!」
無邪気な子どもは扱いになれない。
呆れるような溜息を吐き出した。
「スカ、本当に何をしに来た・・・?」
スカと呼ばれた少女は、ぴたりと動きを止めた。
「えっとねぇ・・・」
スカは懐から小包を取り出した。
「これ、新しい砥石!注文してたんでしょ?」
「ああ・・・すまない、ありがとう」
丁重に受け取る。
それを脇の机に置けば、スカは小さなソファに移動していた。
「茶でも出そうか?リーには及ばんだろうが」
「えすおーのでも美味しいよ?」
「・・・じゃあ」
手際はあまり良くないが、茶葉を蒸らす。
スカはきょろきょろと周囲を見渡していた。
「皆の部屋より質素だねぇ、えすおーの部屋」
「あまり物は置かない主義なんだ」
「ふぅーん」
スカは、暇なのだろう。懐からハンドガンを取り出し、それをくるくると回して遊んでいた。
スカ。スカとはあだ名で、名をスカベンジャーという。
過去の戦闘記録や出身地は不明で、ある日ぐったりとしているのを路地裏で発見され、たまたま巡回中のSOが発見し、保護された。
当時から警戒心が強く、笑顔を振りまいてはいたものの、それは自身の心を守るためだとSOは知っていた。
彼女は自身をそう呼び、決して本名を明かそうとはしなかったため、スカという名で呼ばれているのだ。
「ほら、できたぞ」
匂いのさっぱりとした、アップルティーを差し出す。
「わー、良い匂い」
「味は保証しないぞ」
「いただきまーす」
味は、といったときには既に紅茶を口に含んでいた。
そして舌をべ、と突き出す。
「苦い・・・」
「砂糖とミルクならある」
シュガーポットとミルクを差し出す。
それを、味がわからなくなるくらい、めいっぱい入れた。
「入れすぎでは・・・?」
「だって苦いんだもん」
「我が儘な・・・」
SOはまた溜息を吐き出しつつ、子供のすることだ、いちいち反応してどうする、と自分を戒めた。
沈黙が流れる。
「ねぇ、えすおー」
沈黙を破ったのは、SOであった。
「なんだ」
紅茶を口に含む。
・・・確かに苦いな。渋みが強い。
角砂糖をひとかけら。
「もうすぐ、激しい戦いが始まる?」
「そうだな」
まだ苦い。
「敵はみんな殺さないと_____いけない?」
ミルクをさっと。
まだ苦い。
「対話は必要だ。投降するものは素早く拘束する。だがしかし、話を聞かぬものは容赦なく叩き切れ」
「恨まれたり、しない?」
渋みが強い。ミルクと砂糖が合わさっても、まだ。
「恨まれる以前の問題だ。平和には、それ相応の対価が必要。我々はそれを支払わねばならない」
「・・・難しいこと言うね」
砂糖をもっと入れねば。
でも、甘すぎるといけない。
「悪いが、私はこういった言い方しかできぬ。理解しがたいのならば、指揮官殿やアルに助けを求めるがいい」
「ううん、えすおーのでいい」
そう言って、スカは紅茶を一気に呷った。
まだまだ渋みの強い紅茶を。
「ねぇ、えすおー」
スカは言いずらそうに顔を歪めた。
「わたし、何も信じられない」
「なら、自分の獲物____銃を信じろ。そいつはお前を裏切らない」
SOはそれだけ言って、またミルクを足す。
丁度いい味を探し求めているようだ。
「えすおーは、それでいいの?」
「何がだ」
SOは顔を上げない。
「私は、いつか寝返るかもしれないよ?」
寝返る、という言葉を聞いて、それがスカの本心ではないことはすぐに悟る。
わかりやすく伝えるために、寝返るという大袈裟な言葉を使っているだけで。
「敵になりたければ、なればいい。それだけの信念さえあればな。お前がどんな過去を持ち何を考えているのかは知らないが、敵の想いに共感したのならば別に止めはしない。ただ、敵となればお前の銃を私の剣が引き裂くが」
『お前はきっといい狙撃手になって、いい司令官になれるな』
遠い日の夕暮れ。
同郷の少年兵が、自分の銃を撫でながらそう言った。
『約束しよう。僕は、君の敵には、絶対にならない』
そう言って姿を消した、初恋の相手。
もう会うことはないとばかり思っていた。
だからこそ、あの出会い方には衝撃を受け、悩みに悩んでいた。
(今は、これでいいのかもしれない)
あのヒトの言葉に縛られるのが、今更バカみたいに笑えてくる。
敵にならない、と言われたが、それがなんだ。
____あのヒトにその気がないとしても、もう敵なのだ。
「ねぇ、えすおー」
「どうした」
今度は顔を上げ、こちらの視線を受け止めてくれた。
「実はクッキー持ってきたの。一緒に食べよう?」
懐から、可愛らしい缶を取り出した。
「今言うか。・・・皿を持ってこよう」
そう言って立ち上がり、戸棚の方へ行って皿を出す。
スカは本当に美味しそうに、紅茶を啜った。
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深い深い霧の中。
少女は走っていた。
恐怖で痺れる脚を懸命に励まし、裸足で、足に刺さる石の痛みを気にすることもなく。
「まだ逃げるの~?めんどくさいなぁ・・・」
少女はその声を聞き、顔を恐怖で引きつらせる。
悲鳴は喉に置いて、吐き出さないようにする。
「とっとと終わらせなきゃ、昼寝の時間が確保できないじゃん・・・」
そう言って、霧の奥から赤い光が差し込む。
少女は木の根に足を引っかけ、派手に転んだ。
少女が地面に叩きつけられる刹那、その頭部をまっすぐに矢が貫いた。
悲鳴を上げる間もなく絶命する。
「は~。やっと終わった、チョロチョロ逃げやがって」
声の主が霧の中から姿を見せる。
オッドアイが特徴的な、小柄な少年だった。
その手には、使い込まれたクロスボウが握られている。
「これでこの村は制圧完了。ブラックだよねぇ、『懺滅隊』はさ」
愚痴を漏らし、クロスボウをくるくると回していると______
『終わったか』
「うお」
脳に、女性の声が響き渡る。
『これで術式は完成する。ご苦労だった』
「あー、うん。それは良かった」
『帰宅経路は用意しておいた。最短かつ安全なルートだ。報告はこちらでしておく、疲れているのだろう。さっさと帰ってこい』
「わー、ありがとう」
通信が切れた。
少年はゆっくりと背伸びをした。
「あの女、最初はいけ好かないと思ってたけど・・・悪くないじゃん」
「あー、今日も平和だー」
少年は霧の中、
木になっている林檎をもぎとり、齧った。
昨日まで砂の味に感じられたそれが、しっかりと甘かった。
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