第30話 記憶の鍵は見つからないまま
『懺滅隊」本部。
「王」に謁見し終えた男が、サブマシンガンをいじりながら廊下を歩いていた。
銃弾が詰まるのは戦闘に置いて避けたいところ。
メンテナンスを日々怠るモノは、銃を扱う資格なぞない。
「よぉ、ガンナー」
ふと顔を上げると、快楽主義者の殺人狂が目の前にいた。
思わず顔が歪む。
「何用だ」
「そんなに露骨に嫌な顔すんなよ」
やや頬を膨らませる。可愛くもなんともない。むしろ気持ち悪い。
この場からはやめに立ち去りたい。
「あの姫に心を奪われてから、あの方は変わられたな。あの娘につきっきりになるようになったし、俺らの扱いもぞんざいだ」
「・・・何が言いたい?」
嫌な気しかしない。
「手っ取り早く、ぶっ殺しちゃおうかなぁって」
・・・やはりろくなことはないな。
ガンナーは銃弾に弾を込める。
「あまりその作戦は勧められないな。それはあの方の逆鱗に触れるも同じだろう」
それに_______
「あの姫は、亡き王国唯一の血を引いておられる」
「その方を排除するということは______どうなるかわかっているのか?」
ビリビリと、空気が揺れる。
その気配を察知したのかたまたまなのか、ある剣士が通りかかった。
「ご両人。如何いたしたので?」
「かくかくしかじかで」
「・・・はぁ」
剣士が額に手を当てて頭を振った。
「やはり、あなたは先に始末しておくべきでしたね。たとえあの方からお叱りを受けようとも、あの方の姫を理解しようとしないとは・・・」
「なんだよ、お前まで」
殺人狂がひび割れたナイフを抜いた。
「ここでやるか?」
剣士とガンナーが顔を見合わせる。
「得策じゃあありませんね」
「だな」
2人はアイコンタクトを取って_________
一斉に窓から飛び降りた。
「あっ、おい逃げんな!」
殺人狂も慌てて後を追う。
その廊下の端から、1つの影がゆっくりと姿を見せた。
「・・・誰か、いた?」
少女は片目をガーゼと包帯でぐるぐるに巻かれていて、足取りもおぼつかない。
しかし着ている服装は絹でできた高級品だ。
「あっれー、姫様?」
ショットガン片手に、その少女に近づく女。
少女はぼうっとした表情のまま、振り返った。
警戒を解いているようで、女が近づいても反応を示さない。
「駄目じゃない、こんなところにいたら。いつ馬鹿どもが襲ってくるかわからないんだし」
「・・・でも、喉、乾いた」
「あああ、そっか。あの方今報告を受けているんだっけ・・・。私でよければ紅茶でも淹れようか?」
「紅茶」
ぱあっと、その目に光が宿る。
「紅茶、好き」
「なら、部屋に戻ろ?ね?」
「・・・うん」
少女はちらりと窓の方を見た。
外からは、何やら騒がしい音がする。
てめぇ、だの、ぶっ殺すぞ、だの。
「あの馬鹿ども、姫様に害あることしかしないんだからぁ~」
「・・・」
少女は黙りこくったまま、窓をずっと見ている。
「姫様ぁ?」
「ハントも、戦いたいの?」
その問いが発せられるとは思っていなかった女が、隈のある目を大きく開けた。
しかし数秒後、ハントと呼ばれた女は笑みを深めた。
「そうだね。敵の奴らにちょっとは可哀想だなって思うけど・・・人生とは、そういうものさ」
「人生・・・?」
「そ」
少女は可愛らしく首を傾げる。
納得していないような顔だ。
「そんなこと聞いて、どうしたの?」
「なんでも、ない。早く帰ろう」
「うんうん、身体に悪いしね」
少女はハントに手を差し出す。
ハントは嬉しそうにその手を取り、スキップで廊下を歩きだす。
やや引きずられるように後を追う少女の脳には、1つの言葉が反芻していた。
『人生とは、そういうものさ』
(人生は、人の命と平和を脅かしても構わないもの・・・?)
少女はうまく回らない脳で必死に考える。
(わからない。何もわからないし、なんでここにいるのかもわからない・・・)
少女には理解できなかった。
欠陥だらけのこの躰を『あの方』がここに置く理由が。
少女は思い出せなかった。
気付いたらここにいて、『あの方』とその仲間達に歓迎?・・・されていて。
それ以前の記憶が、まるで焼却されたように思い出せない。
「姫様ぁ?まさか薬の影響~?」
反応を全く示さなくなった少女の顔を覗き込む。
一向にぼうっとしたまま何も言わないし、動かない。
こっちが引きずっているようだ。
「むー、難しいなぁ。高貴な人ってずっとこうなのー?」
少女はずっと、その記憶を開くカギを、自分の中で探している。
そのカギは、深海に沈んでいるように見つからなかった。
いままで、ずっと。
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