第28話 姉弟
師匠の言葉に、マカロフはしばらく声が出せなかった。
「・・・命を、削る」
数十秒の沈黙の末、マカロフは震えた声を出す。
「そう」
女性は少女の手を取り、手の甲を見せた。
赤い紋様が刻まれているが、その色は消えかかっていて、放つ光も弱弱しい。
「これは魔術師の魔力源。親から受け継いだ魔力量を示す刻印。見て、この子の。ほとんど焼き切れてる」
「・・・」
「これは普通の魔術師よりも早い速度で命を削ってることになるね。この子の負担は相当のものだ」
それを聞いて、微かに顔を歪める。
こんなに幼い子が、未来を削って私達を助けた。
それは果たして_______『正義』と呼べるものなのだろうか?
「また難しい顔をしているな」
不意打ちのデコピン。
声を上げて仰け反ってしまう。
「し、ししょ・・・」
反論しようと声を上げるが、彼女の微笑みによって声が出なくなる。
「難しいことを考えるな。お前は怪我人を癒すことだけを考えろ」
「ですが・・・」
「この戦いを終わらせること。それがお前の『正義』だろ?」
女性はまるでマカロフの思考が読める様だ。
マカロフは俯いた。
「でも・・・やっぱり、万人を救えてこそ、『正義』なんじゃないかと・・・」
「そんな聖人はいない。救える人は限られているんだよ」
「それは・・・。師匠も、ですか?」
その問いに、目を丸くした後、女性は頷いた。
「ああ、そうとも。救えない命はいくつもあった」
女性は立ち上がり、もう行くね、と手を挙げた。
「君と話せて良かったよ。相変わらず、君の心は昔のままだね」
_____この長い戦いを終わらせたい。
_____そのために、皆を癒したい。
彼女の昔の言葉がフラッシュバックし、女性は懐かし気に微笑む。
「・・・そうですか?」
「そう。未熟で幼いが、求めるものは完成形そのもの。的確で、核心をついている」
「・・・」
顔を歪め、その意味を考えていると、「失礼します」と女性の声がした。
「誰だ?」
「リー・スカーレットスターと申す者です」
「リー?!」
マカロフが声を上げた。
「何だ、知り合いか」
入っていいぞ、と声を掛けると、微笑を湛えた女性が入室してきた。
立ち振る舞いが洗練されていて、動きも滑らかだ。
「リー!」
マカロフが顔をほころばせる。
リーと呼ばれた女性は笑みを深めて応えた。
「遠征お疲れさまでしたマカロフ。こちらが少女の主治医の方ですか?」
「如何にも。私は帝都一の医者、フェロウズだよ」
誇らしげに胸を逸らす師匠に苦笑する。
「そうですか」
いつも通りの笑みを浮かべたまま頷いた。
「それで?君は何しに来たんだい?」
「指揮官様の御命令により、少女の状態を確認しに」
その言葉に、はっとマカロフは口に手を当てた。
「・・・この子が例の魔術師の子ですね?」
「待って、リー。この子、今弱ってるの。連れて行っちゃだめ」
「いいえ、マカロフ。これは御命令なのです。逆らうことは許されない」
「待て待て待て。医者として言うぞ、この娘御を動かすことは断固反対だ」
3人が言い争い、病室が荒れていると_______
「何をしているんだ?」
訝し気な声がして、振り返るとハイドがいた。
「リー?どうしてここに・・・」
目を剥くハイド。
「指揮官様の御命令で」
短く答え、少女に近づこうとするリーの腕を、ハイドが掴んだ。
「お前・・・誰だ?」
「・・・誰って、私は_____」
「リーは確かに指揮官を敬い、命令をよくきく。だが、病人を連れ出す命令を指揮官は出されないし、それを快諾するリーじゃない。それに・・・」
「俺はリーと同じ村の出身だ。あいつとよくつるんでた」
「幼馴染なめんなよ」
「・・・ハッ」
リーの口から嘲笑が漏れる。
荒々しくハイドの手を振り払うと、窓に手と足を掛けた。
「飛び降りる気か?」
「計画が崩れたんじゃどうしようもない。私は弱いし、『本』も置いてきてしまったもの」
「待て______」
「あの女の苦痛に歪む顔が見たかったのに」
ハイドが手を伸ばす。
が、その前に女は飛び降りていた。
「ここ14階だぞ?」
窓から顔を出して下を覗くが、誰もいない。
逃げ足が速いな、と感心してしまう。
「今のは何だ?」
女性が問う。
「変化の術を操る懺滅隊の者だと思いますが」
ハイドが答えると、「そうか」と頷いた。
「この子、もしかしなくても大変な秘密を抱えているのかもしれぬな」
静寂が空間を包み、木枯らしが窓から吹き抜けてきた。
「あーあ。失敗しちゃったわぁ」
ぎりぎりと爪を噛むリーの姿をした女は、すばしっこく街を駆ける。
「だから言ったじゃん姉貴。そう簡単にうまくいくわけないって」
マフラーで口元を隠した憎い弟の声が、彼女の耳元から聞こえた。
「うーるーさーいー!!あんたに言われたくないわよバーカ!」
「言えば俺があの副長の喉ぐらい射貫いたのに」
「あんたに頼るのが嫌なのよ!なんであんたも一緒に【インフェルノ】にいるのかわかんない!」
リーの姿を解き、蒼い髪の少女に変身する。
「姉貴の尻拭いばっかりしてるからでしょ」
「~っ!!そういうとこが大っ嫌いなのよ!」
通行人が「独り言を大声で叫ぶ変な娘がいる」と噂しているのが耳に入り、鬱陶しく思って近くの通行人の頭を飛び蹴りする。
脳が潰れた感触が足を伝う。
死んだ通行人と悲鳴を背に、少女は加速する。
「うーわ暴力的。相変わらずヒステリックだねぇ姉貴」
「ほんとムカつく。あんたも帝都の人間も義勇軍もあの女も!」
「あのヒトに対しては逆恨みでしょ」
溜息が聞こえ、それがより苛立たせる。
「あの女が悪いのよ!私より後に入ってきたくせに」
「私が解けなかった結界を、いとも簡単に解いて見せて」
「あの方に特別扱いされて」
「マジでウザい」
「ぶっ殺したいわ」
「暴走してら」
『通信』を切った弟はもう一度溜息をついた。
「・・・すまないな」
後ろに立っていたフードの女性が口を開く。
肩をすくめてそれに応える。
「気にしないでいいよ。こっちも、勝手にあんたの大事な仔を盗もうとしたし。本当に悪かったね」
「未遂で終わったことだ。・・・あまり気に病むな」
呟くように、怒りを抑え込むように答える女性。
「・・・それで、話題を変えるが」
「ん?」
「生贄の数が目標に達した。頼めるか」
その言葉に、弟はにやりと口角を上げた。
「いいよ。やってやろうじゃん」
2人は足並みをそろえて闇に溶け込んでいく。
______悲劇は、これから。
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