第26話 少女の魔術

轟音が雨林内に響く。

雷鳴がごとく、鋭い音。

「この音は・・・」

「ハイドだな」

SOが少女の周辺を警戒しながら言う。

「_____『雷神の祝福を受けた者』」



ハイドの双槍が大きく唸り、上位種の頸に傷をつける。

フレームが大きく割れ、ひしゃげ、変形する。

「くそがぁぁぁ・・・!!」

女は顔を歪め、力任せの攻撃を続ける。

「あまりに単調だな」

ハイドはいとも簡単に力技を受け流すと、がら空きの胴に蹴りをいれる。

女は崩れ落ち、忌々しそうにハイドを睨みつける。

「・・・なぜ、だ・・・・この躰、は・・・」

「改造されようがされまいが関係ない。お前、元々要領が良くないな」

「!・・・だ、だま、れ・・・!!」

ハイドはつまらなさそうに槍を回す。

悔しそうに首の傷を押さえながら、女は叫ぶ。

「何のために、俺がこんな姿になったと思ってる・・・!!」

「知るか。興味もない」

女のプライドを捻じ曲げるように小馬鹿にする。

女は顔をさらに歪めながら咆哮を上げる。

「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!!」


「____フレイ」


ハイドの背後に隠れていたフレイヤが、素早い速度で女に迫る。

「煉獄狂乱!」

鋭い声と共に剣が振り下ろされる。

剣が焔を纏い、女を包み込む。

「な、なんだこれ・・・。あ、熱い熱い熱い!!」

頭を抱え込むように手で覆う。

気が狂ったように剣を振り回す女から距離を取る。

「原初の炎か・・・」

興味なさげに少女____賢者が呟く。

炎がどんどん体中に燃え広がり、彼女の皮膚を溶かしていく。

醜く黒ずんでいく合成樹脂。

女は崩れ落ち、小さく涙を流す。

「どうして・・・どうして」

自らの形が溶けていくのを絶望するかのような響き。

「あの方に付き従えば・・・私は・・・」

「やはり、お前もか」

ハイドが憐れむように見つめる。

「上位種は悲しいものだな」

「ああ・・・ごめん、ごめんよシルフ・・・」

その目から大粒の涙が零れ出し、止まらなくなっていく。

女は口が溶ける寸前まで謝罪の言葉を述べ続ける。

「お前を救えると思ってたのに・・・」


「あの方に『俺』を差し出せば、お前を、きっと病から・・・」


「ずっと寄り添ってくれたのは、相棒のお前だけだったのに・・・」


「どうしてうまくいかないんだろうな。・・・ごめんな、こんな相棒で・・・」


女は溶けきる直前、相棒である黒犬の姿を脳裏に浮かべた。

「きっと、また・・・」

そう言いかけて、女が完全に消えていった。




「残るはお前だ」

ハイドが賢者に槍を向ける。

賢者は動ずることもなく、ただぼうっと一点を見つめている。

「血の気の多い小娘だったが、それは救いたいものを救うために焦っていたから。・・・つまらない、どこにでもあるような理由だが、命を賭けるに値する

ものだったな」

賢者は杖から茨を生み出し不浄の言葉を唱える。


「身体に流れる偉大なる血よ。逆らうことなく運命を受け入れ、我は汝の悲願を叶えよう」


ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

今まで感じたことのない、畏怖、というべき恐怖。

賢者の身体から有り得ない魔力が溢れ出し、彼女の茨がどんどん周囲に増殖していく。

「これは・・・まずいな」

ハイドが苦笑しながら後ずさりする。

フレイも恐怖で顔が歪んでいく。



「この身に流れる黒き血よ。応えよ。すべては我らが世界の為」



呪文と術式が完成したと同時に。

この森が黒く、穢れた森に変化していく。



           ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦



「おいおい!これはどうなってるんだ?!」

ヴィルヘルム達と合流したテオは背中の大剣に手を伸ばす。

「わかりません。が、これは・・・」

異常な茨の成長速度。

これが示すものは。

「さらなる生贄を欲してる・・・」

「?!まさか、俺たちを生け捕りにする気か!」



           ♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


「・・・さてどうする?勇ましくも愚かな戦士よ」

賢者は少し愉しそうに問う。

ハイドはぎこちなく笑顔を浮かべると、槍を地面に突き刺した。

「雷神よ______」

「!せんぱ・・・っ!!!」

ハイドめがけて黒き茨が迫る。

間に入って受け止めようとするが、剣の位置がずれた。

「______!!!!」

「フレイ!」

腕にかすっただけなのに吹き飛ばされる。

檻の茨に背中を打ち付け、激痛で身動きが取れない。

「まずはひとり・・・」

「フレイ!」

ハイドが槍を引き抜いてこちらへ疾走する。

が、茨がそれを邪魔する。

フレイヤの周囲の茨がまるで繭のようにフレイヤを取り囲み始めて。

(嫌・・・だ。まだ・・・)

身をよじろうとしても、動かない。

痺れのような痛みが走ってどうにもならない。

(死にたくない_______)










その時だった。


「爆ぜろ」


鈴のように優しい声音。

パリン、とまるで金属が割れたような音が響いて。

檻が砕け散った。





「!?」

ハイドと賢者が破壊された檻を見やる。

そこには光を纏い、杖を持った少女が立っていた。

「君は・・・」

ハイドが問う前に、少女はフレイヤの前にやって来た。


「千切れろ」


少女の手が茨に触れた途端、茨の繭が糸のようにばらけていく。

フレイヤは少女を見上げる。

無表情だが、美しい顔をしていた。

少女はフレイヤから視線を外し、賢者へと歩みを進める。


「!」

賢者は少女に茨を向ける。

しかし、茨は少女に届く寸前で燃え尽きてしまう。

「なぜ・・・だ」

「・・・」

少女は賢者の前で歩みを止める。

賢者の顔が恐怖で染まる。

「お前は・・・一体」

「死にぞこないを始末しに来た」

小さく答え、少女は賢者の額に指をあてた。


「爆ぜろ」


その声に呼応するように。

賢者の身体が轟音と共に燃えていく。

「な・・・・」

慌てて消そうと呪文を唱えようと口を開くが、思い出せない。

まるで記憶にロックがかかったかのように。

こんな小娘に負けるのか。

全身の血が泡立つような怒りを感じた。

「茨よ_____________」

「壊れろ」

呪文の上から呪文を被せる。

「?!呪文返し、だと・・・!!」

賢者の身体を茨が捕らえる。

腕に、足に、口に、茨が侵食する。

(呪文返し、なんて・・・)

高度な魔法だった。

見えない茨が相手を侵食し、魔力を吸いつくすという初代が編み出した魔法。

それを、魔法の模倣品である魔術が返した。

信じられない出来事が起こっている。

呪文をもう一度唱えたいが、口を塞がれて声が出ない。

(大丈夫、大丈夫だ。私がこんな下等な魔術師に負ける訳ない)

そう思うが、皮膚がどんどん溶けていく。

大丈夫、自分には子孫がいる、きっと悲願を叶えてくれる___と思ったところで、自分の一人息子を、先日この手で始末したことを思い出す。



呆然と一部始終を眺める義勇軍。

少女は無表情で崩れ落ちる賢者を見下ろしている。

賢者は蝋のように、溶けていった。

呆気なく。





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