第25話 御伽噺

第3部隊が帰途についている頃。

沈黙の車内を、突如打ち破るノイズが走る。

『よー、SO』

「・・・テオか」

無線機を取り出し、声の主を確認する。

「どうした?任務が手こずっているのか?」

『いーや、こっちは終わったんだが、ハイドの奴から報告が上がってこないんだよ。村の様子を見るだけだろ?』

「・・・そのはずだがな」


『_____SO!』


焦りの混じったアルベルトの声。

ユハニの無線からだ。

ユハニが鞄から無線機を取り出してSOに差し出す。

「どうした、アルベルト」

『・・・ハイド達があの森に入ったらしい。禁じられた賢者の住まう森に』

「なんだと?」

SOの声音が変わる。

「・・・禁じられた、森?」

ロランがおずおずと尋ねると、SOは険しい顔で答える。

「危険な思想を持つ、原初の血を引く賢者が住む森だ。政府はその危険さに手を引いている」

『そういうことだ。SO、向かえるか』

「無論だ。少年、方向転換だ」

「は、はい!」

運転手の少年が慌てて進路変更する。

『話は無線越しに聞かせてもらった。俺も行くぜ』

『テオか。・・・頼んだ』

同時に無線が切れる。

「大至急飛ばせるか」

「はい、法定速度ギリギリまで____」

「いや、それでは間に合わん。250は出せ」

「え?!そ、それは」

「大丈夫だ。私を信じろ」

言われた通りに、運転手の少年はハンドルを回してアクセルを全開にした。




数十分後。

「ここだ」

鋭い声に、弾かれたようにブレーキをかける。

目の前には黒い霧のたちこめる雨林があった。

「これほど強い瘴気だと、車に乗って移動するのは危険だ。降りよう」

SOが専用車から飛び降りると、ロラン達もそれに続く。

「あの・・・この子は」

いつの間にか目を覚ましたリュンヌが、不安げな様子でSOを見つめていた。

「連れて行こう。1人にさせるわけにはいかない」

SOは少女の方まで歩み寄ると、手を差し出した。

「怖いか」

その問いに、躊躇いがちに頷く。

SOは柔らかく微笑むと、「当然だな」と同調する。

「私達から離れなければ、身の安全は保障しよう」

少女は数秒躊躇った後、SOの手を取った。

「よし」と軽々しく少女を姫抱きする。

「このマントの中にいてくれ。多少だが、邪気を払ってくれる」

「は、い・・・」

少女はゆっくりと瞼を閉ざす。

やがて静かな寝息をたて始めた。

「・・・行くぞ」



         ♦♦♦♦♦♦♦


少女の深い深い意識の底が警笛を鳴らしているのを、少女は薄々感じ取っていた。

(禁じられた、賢者)

たどたどしく言葉を唱える。

義勇軍、の人間が言っていた言葉をもう一度唱える。

(禁じられた、賢者)

空間に反芻する。

_______ああ、この言葉、私知ってる。

彼女の記憶が一ページ、また一ページとめくられる。


見えてくるのは日常の一部。

母が笑って朝食の支度をしていて、父が姉と談笑している。

『リュンヌ』

優しい声がした。

顔を上げれば父が、軽々しく自分を抱き上げていた。

『朝ごはんだぞ』

父のぬくもりを感じながら、リュンヌは口を開いた。


「父さん」

『ん?どうした?』

ベーコンエッグを切り分けていた父が手を止める。

「禁じられた賢者・・・ってなぁに?」

『何、それ?』

隣の姉が首を傾げる。

『ああ、それか。また書庫で本を読んだんだな』

『リュンヌは勉強熱心ね』

母が頭を撫でてくれる。

父がナイフとフォークを置いて、笑顔で答える。

『絶対に踏み入ってはならない雨林に住む、古代の魔法使いのことだよ』

「・・・なんで入っちゃいけないの?」

『入り込んだ人間を生贄にくべることがあるからだよ』

生贄?

リュンヌは身を乗り出して続きを促す。

「何の生贄?」

『確か・・・賢者の祖先の復活、だったかな。その祖先は恐ろしい魔法を使っていて、世界を壊してしまうほどの力を持っていたらしい』

『何それ、こわーい!』

『まぁ、この話は御伽噺の範囲でしかないよ。ほら、冷めないうちに食べてしまおう』

父のその言葉と同時に。

少女の意識が暗転した。


             ♦♦♦♦♦♦


「御伽噺の・・・賢者」

声がして、SOが少女を見下ろす。

そして驚愕する。

少女の虚ろな目が黄金に輝いていて、否、目だけではない。

彼女の身体自体が発光していたのだ。

少女は自然な動きでSOの腕から飛び降りると、ふらふらと前に進んでいく。

慌てて後を追う。

ロランが少女の肩を掴んでも、止まる気配がない。

「異端は・・・邪悪は・・・すべて、滅ぼす」

少女の気配に押され、止めるのを断念する。

途中、少女の足が止まった。

死体の山を虚ろな目で見下ろし、顔を歪めた。

そして再び歩みを再開する。

「少女から離れるな。決して、傷一つつけてはならないぞ」

SOの声に、しっかりと遊撃隊は頷く。



御伽噺の深く、暗い雨林に、ひとすじの光が差し込んだ。



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