第20話 正義

第4部隊


「・・・という訳で、今第3部隊は女の子を保護しているらしいですけど」

ハイドは隊長と本部に無線を繋ぎ、2人に報告する。

『そうだったか、報告ご苦労。先頭は問題ないから、安心してついてきてくれ』

そう答えたのは、第4部隊の隊長、テオドールだ。

『はい』

『んじゃ、切るぞ』

ブツッと通信が切れた音がした。

「アルベルト隊長、どうかしました?さっきから黙ってますけど」

『その少女は、魔術師の杖を持っていたんだな?』

「あ、はい。SO隊長が言うにはそうらしいですけど・・・」

『・・・そうか』

声がわずかに低くなった。

「?あの・・・」

『・・・ああ、すまない。切るぞ』

ブツッと切れた音がする。

「・・・何なんだろ」

ハイドは首を傾げながら無線機をしまった。





 数十分後   第3部隊


「・・・そうか、ハイドから聞いたか」

SOが無線を繋いでいるのは第4部隊隊長、テオドールだ。

『ああ、記憶が混濁している少女を一名保護してるんだろ?』

「そうだ」

『なら、早急に本部に戻って、少女の家族を探さなきゃいけねぇな』

「アルベルトから指示は来ているか?」

『いいや、まだ何も』

そんな珍しいことがあったものだな、とSOは思いつつ。

「なら、まだこちらで保護をしておく。指示が出たら私に無線を頼む」

『了解だ』

テオドールとほぼ同時に無線を切る。

ふと、空を見上げる。

「もう夜になっていたのか」

満天の星空が、そこにはあった。



テントに戻ると、少女は眠っていた。

「護衛ご苦労。少し休んでいいぞ」

遊撃隊の2人に声を掛ける。

「あ、いえ。大丈夫です」

ユハニが首を振るが、SOは笑って諭す。

「休めるときに休んでおけ。休息をとらないと死んでしまうこともある」

その言葉に思わずぞっとする。

SOは懐から銀紙を取り出した。

それを半分に割ると、差し出す。

「分けて食べなさい」

「これは?」

嗅ぐと甘い香りがする。

「チョコレイト。知らないか?」

「・・・聞いたことはありますが」

この時代、資源は貴重なものだ。

到底兵士の身分では甘味は買えない。

「・・・いただきます」

さらにそれを半分に割って、ロランに渡す。

銀紙を剥がすと、茶色の固体が姿を現す。

少し食べる気が失せるが、甘い香りに誘惑され、控えめに一口齧る。

「!・・・うめぇっ・・・!」

こんな味の食べ物があったのか。

甘い、とてつもなく甘い。

ロランも目を輝かせて食べていた。

「気に入ってもらえたなら何よりだ。食べたら少し寝るといい。成長期の君達は、寝ることが大事だからな」

「でも、護衛は」

「私がする。だから安心して寝なさい」

母親のような、父親のような声音。

(皆、元気にしてるのかな・・・)

食べ終えたら眠くなった。

ユハニは故郷の家族に想いを馳せながら、ゆっくりと瞼を閉ざす。

(あの子も・・・家族がいるんだろうな)

眠る少女のことを案じながら、意識は闇に落ちていった。



眠りに落ちた少年2人に毛布を掛け、SOはふっと息を漏らす。

(純粋な子たちだ)

この時代は、どんな善良な者も荒みゆくもの。

食料をめぐって争い、住む場所をめぐってまた争う。

そんな時代に生まれた子が哀れで仕方がない。

『よう、SO』

沈黙を打ち破る陽気な声。

祟り神も寄せ付けないような明るい声が、無線から聞こえた。

「テオドールか。どうした?」

『指揮官殿の命令だ。第3部隊は明日上位種を討伐しろと』

隊員たちが尊敬し崇拝する、指揮官からの命令。

その命令に否定するはずもなく、「わかった」と答える。

『それと、これはアルベルトの奴からなんだがな』

少し言いづらそうにテオドールは咳払いをする。

「どうした?こちらの少女の件か?」

『ああ、上位種の討伐が終わり次第、至急第3部隊は本部に戻れ、と』

もとよりそのつもりだが、どうしてアルベルトはそんな指示を出す?

首をひねるSOに、テオドールが続ける。

『少女は否応なしに連れてこい、だとよ。ちょっと聞きたいことがあるみてぇだ』

「ほう?」

アルベルトがそんなことを言うとは珍しい。

心当たりは1つ、議会襲撃の件だろう。

だがこの少女が関わっているとは微塵も思えない。

何かに怯え、震え、悲しんでいる少女に、裏で関わる気力はないだろう。

「とりあえず了承した。お前たちはどうするんだ?」

『こっちは食材調達兼周辺の雑魚狩りだ。武運を祈るぜ』

「そちらも、気をつけて。武運長久を祈る」

無線が切れる。

(この少女が、議会襲撃の鍵を握っているのならば)

SOはそっと、右目に触れる。

こつ、と無機質な音がした。

(殺さなければならない。それがこの帝国を混沌に巻き込んだ張本人なら。

_____だが、それに何の意味があるのだろうか)

正義とは何なのか。

それはずっと、SOが問い続けているものだった。

帝国を、世界を救うために、幼子1人を殺すのか。

あんな痩躯の少女を。

それを正義と呼ぶのなら、一体全体正義とは何なのか、問い直したい。

(祈るしかあるまい)


彼女が、リュンヌが_____裏で関わっていることがないように。

SOはそっと、目を閉じた。


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