「準備できたぞ」

 しばらく掛かると思いきやものの数分で福居さんにそう促され、僕らはドット落ちの激しいディスプレイの前に顔を並べた。

 早いなと少しだけ思ったが、まあ高校生が学園祭向けに作った同人ゲームにギガ単位の容量があっても困るというものだ。

「ええと、……左の《ダイヤモンド☆スター》がIT部のもの、右の《深碧のクレイオス》っていうのがゲーム研究会の作品だ」

 CDケースに貼られたポストイットを抑揚のまったくない語調で読み上げながら、福居さんは変な色のアイコンをクリックしてゲームを起動させる。

 いかにもフリー素材っぽいチープなSEとともに、これまた小学生がペイントソフトで描いたのではなかろうかというロゴマークを経て、タイトル画面が表示された。

「何というか、こう、すごいタイトルですね」

「IT部は百歩譲ってわからないでもないけれど、ゲー研のは一体なんだいこれは。パズルゲームと言ったよね? 大長編RPGでもうっかりすれば名前負けしそうな題名じゃないか」

 左右に二つ並べられたウィンドウを矯めつ眇めつして、奈落は親戚の子供に手を焼くお姉さんのような面持ちを浮かべた。

 それにしてもどうして男子高校生はギリシア神話が好きなんだろうな、どんな伝承かもろくすっぽ知らないだろうに。

「ところでわたしはあまりゲームというものをやったことがないのだけれど、これはどんな内容なのかな」

「テトリスとぷよぷよはやったことあるか?」

「さすがにそれくらいは遊んだことがあるよ」

「……まあ、そんなようなものだ。俺もちゃんとプレイしたわけじゃないんだが、」

 そう前置きし、福居さんは《ダイヤモンド☆スター》のタイトル画面の「NEW GAME」というゴシック体をクリックしてゲームを始める。

 ややあって、どこかで聞いたことのありそうなBGMに乗せ、これまたどこかで見たことのありそうなゲーム画面が表示された。

「上から宝石が降ってくるんだ。白がダイヤモンド、紫がアメジスト、青がサファイア、緑がエメラルド、……だそうだ。それが四個一組で落ちてくるだろ、それをキーボードで回転させて、うまいこと連鎖とかさせて消す」

「え、本当にテトリスかぷよぷよじゃないですか」

「まったく、元々がパクリなのに盗作も何もあるかってんだ。くだらねえ」

 僕は聞き逃さなかったが、福居さんはいまたしかに舌打ちをした。

 詳しい経緯を聞いたわけではないものの、ここへ至るまでの両部の間の仲裁はよほど手を焼くものであったと思われる。

 福居さんは落ちてくる宝石群をいくつか矢印キーでさばいて見せるが、奈落は数秒のうちにIT部の作品から関心を失い、

「それで、……もう忘れてしまったよ。なんだったかな、ゲー研の方は」

「《深碧のクレイオス》です」

「へえ」

 かわいそうだからもうちょっと興味を持ってあげてほしい。

「ゲー研の方も、上から宝石が降ってくる」

 福居さんはIT部作品同様に《深碧のクレイオス》の新規ゲーム画面を開き、微妙に慣れたタッチでキーを操作する。

「白がダイヤモンド、紫がアメジスト、青がサファイア、緑がエメラルドだ」

「……はあ」

「四個一組になって落ちてくるからそれをキーボードで回転させて、連鎖とかさせて消す」

「…………」

「以上だ」

 もうこれ以上説明すべきことはないと言わんばかりに、福居さんは肩をすくめて画面を顎でしゃくった。

 百聞は一見にしかずとはいみじくも言ったものだが、こうして二つ並べられてしまうと一目瞭然である。

 《深碧のクレイオス》の画面を見ててっきり僕は、IT部の《ダイヤモンド☆スター》をリプレイしているのかとすら思った。

 コマ送りアニメのように降ってくる宝石のアイコン、その色や形や、福居さんのキータッチに従った機械的な動き、さらには単調な効果音とともに連鎖が起きて消えていくさま、そのすべてに既視感があった。

 ドット単位でふつふつと湧き上がった疑念は、やがて生徒会室を壁の隅まで覆い尽くして、僕はあえなくそれに飲み込まれた。

「これはもう似ているというか――」

「同じだね、まったく」

 これまで道ばたの虫の死骸でも眺めるような顔で画面を追っていた奈落も、少しばかり目を見張って呟いた。

 てっきり僕は「盗作騒ぎ」と聞いて、ストーリーが似通っているだとか、イラストにトレース疑惑があるだとか、そういうことを思い描いていた。

 解決法も簡単で、どちらがどちらをパクったのか見定めて断罪すればいいだけのはずだったのである。

 そういう意味で、僕の想像は悪い方向に裏切られた。

 ディスプレイに表示されている二つのゲーム――二つの部が別々に制作したはずのそれ――は、生徒会室で額を寄せ合っている僕と奈落が考えていたよりもはるかに精緻な意味で「同じ」だったのだ。

 奈落は息を絞り出すように歎いた。

「福居くん、こういうややこしい案件ならもっと最初にそう言ってくれないかな。これはやっかいだよ」

「ややこしい? これだけ似ているんだ、盗作は決定的だろう。風紀委員会の方でなんとかうまく片をつけて――」

「これは盗作なんかじゃない。だからそう言っているのさ」

「なんだって?」

 開け放たれた窓から入り込んだ秋口の少し湿った風が、奈落の長髪をかき混ぜる。彼女はそれをそっと整えて、飴細工のような指でディスプレイに浮かぶ四色の宝石をなぞった。

「冷静に考えてごらんよ。盗作っていうのは責められるべき罪だよね。だから、盗作犯はその罪が露見しないよう図らなければならない。言い換えれば、他人の作品を剽窃しているとしても一見してそうとはわからないような作り方をするはずじゃないか」

「なるほど……」

「世に出回ってきた模倣作品というのはどれもそうだろう? 小説なら言葉選びを変えたりストーリーを少しひねってみたり、絵画なら左右を反転したり色の塗り方を変えてみたり、そうやって作られてきたんだ。だからこんな――」

 彼女の口調は確信に満ちていた。

「――こんな、内容どころかアイコンやタイトル画面のデザインまで同じものは盗作だなんて呼べない。ただの、たちの悪いコピーだよ。全盛期の山崎豊子でももう少しまともなパクリ方をするだろうね」

 お気に入りらしい赤いマグカップを窓際のキッチン・シンクで濯ぎつつ、カフェイン中毒者の風紀委員長はやかんをカセットコンロにかけて湯を沸かし始めた。

 つい先ほどまでいかにも興味なさそうにしていた割に、ものの数十秒ばかり画面を眺めただけでよくここまで考え至るものだ。

 奈落の言葉に耳を傾けながら、僕は心の中でたたらを踏んでいた。

「文化系の部活にとって学園祭はある種、一年間の活動の集大成みたいなものだよね。この二作品は剽窃作の本質である『バレなければいい』という程度を遥かに超えていて、遅かれ早かれ必ず露呈するものだ。自分の部の看板に泥を塗るにとどまらず、実行委員会まで巻き込んだトラブルに発展するのは目に見えているんだよ。実際にこうして生徒会にまで話が来ているわけだし、来年度以降の活動に障りが出るのも容易に想像がつく。それを圧してまで、完全コピーのゲームを売ることにどんなメリットがあると言うのかな」

「それは……」

 僕は小さく呼吸して、しみだらけの板張りの天井を見上げた。

 築年数だけは文化財レベルの旧校舎のぼろい天井板の隙間に、ふとすれば吸い込まれてしまいそうな感覚に襲われて、寒くもないのにぶるりと震えた。

「ちなみにIT部とゲー研は、それぞれこの件について何と主張しているんだい?」

「それはさっき言ったとおりだ。どちらも義は我にあり、と」

「これに義も何もないと思うけれどね、本人たちがそう主張しているのなら何かしらの論拠はあるんだろう。……見た限りでは、四種類の宝石の画像データもおそらく同一のものじゃないかな。色かたちどころか、影やハイライトの入り方まで一緒だ。BGMや効果音は大方どこかのサイトから引っ張ってきたフリー素材だろうから、あと手がかりになるのは実際にこのゲームを動かしているプログラムのソースくらいだろうね」

「そう、そこなんだよ。だから俺は姫宮に頼みに来たんだ」

 眉間に急峻なしわを浮かべたまま、おもむろに福居さんはバネ仕掛け人形のように奈落の方へ向き直る。

 片や彼女は、意外にも失言を詰られている国会議員のような面持ちでさりげなく目を逸らしていた。

「二つのゲームを並べて『似てますね』とうなずくだけの作業は実行委員会でさんざんやってきた。さらに踏み込んでゲームの中身まで検めようとすると、そういうことのできる人材は委員にはいなかった。そういう理由だよ、ここへ来たのは」

「へえ、奈落さんってプログラミングとかできるんですか?」

「違う、そういうツテを持っているってことだ」

 姫宮奈落という女生徒は、大概の想像通り人付き合いの達者な方ではないので、いくら風紀委員長という肩書きを持っていてもあまりそういう人脈に恵まれている方ではないと――失礼ながら――勝手に思っていた。ツテとは一体どこの誰だろう。

「いやだ」

 少しの間も空けずに、奈落は鋭利なナイフで切り裂くように平仮名三文字で答えた。

「なぜだ」

「なぜも何もあるかい。なるほどね、どうしてきみがわたしのところへこんな妙な話を持ってきたのか不思議だったけれど、ようやくわかった。そういうことか。なぜわたしを通す必要があるんだい、自分で頼みに行けばいいじゃないか」

「姫宮から言ってもらった方がスムーズに事が運ぶと言いたいんだ。別に風紀委員を便利屋扱いしているわけじゃねえ」

「向こうも教師だ、生徒が素直に助けを求めれば無碍にはしないんじゃないかな」

「極秘裏かつ迅速にやってもらいたいんだよ、話を大きくしたくない。そのためには姫宮から頼んでもらうのが一番確実で手っ取り早いんだ。わかるだろ?」

「いやだ」

 奈落はいつになく頑なだったし、凄然たる福居さんにここまで乞われてもなお曲がらないのはよほどの理由があるのだろうか。と、少しは考えてみたものの、結局僕はうっかり軽々しく口を挟んでしまった。

「奈落さん、福居さんがここまで言っているんですから、風紀委員会の仕事だと思って協力してあげましょうよ。あんまり駄々をこねないで」

 こちらをきっと睨めつける彼女の視線が、熱せられた火箸のように僕を貫通した。

「何が駄々だい、人の気も知らないで。きみのことを思って忠告してあげるけれど、そういう後先考えずに長いものに巻かれようとする発言は、いつか身を滅ぼすから覚えておきたまえよ。コウモリはじきにみんなからハブられて一人寂しく森の中で朽ち死んでいくんだ。何にせよ少なくとも風紀委員としてこの部屋にいる間はゆめゆめ忘れないように」

「そこまで言わなくても」

 奈落はパソコンからCDディスクを取り出すよう福居さんに言うと、

「じゃあわかった、先方には花崎くんに行ってもらう」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。風紀委員会の仕事だと思って協力してあげればいいじゃないか、あんまり駄々をこねないで」

 一体僕に何をさせる気なんだろう。というか、その「ツテ」とか「先方」とは果たして誰なんだ?

「あまり身構えなくていいよ、行ってもらうのは簡単なお使いだ。ただ、相手方には何も余計なことを言わず、そのゲームディスクだけ渡してさっさと帰ってきてくれればそれでいい」

 いまいち要領を得ないが、生徒会室に漂う空気はいまさら拒否が許される雰囲気ではとてもなかったので、僕はバッテリーの切れかかったAIBOのような動きでしぶしぶ首肯した。

 先述した通り、姫宮奈落の人使い、――というより僕使いの激しさは荒海をも凌駕して余りあるほどであり、別に今回に限ったことではない。

「悪いな、花崎」

 福居さんはディスクを収納したCDケース二枚をこちらに差し出しながら、唇の形だけで笑った。こっちもこっちで一ナノメートルも悪いだなんて思っていないだろう。

 秋の陽はつるべ落としだと言う。

 すっかり紅茶色になって傾いた日差しに、少しだけ溜息が出た。

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