第12話
「
と、鞘師警部は言った。
「新田淳平? 新田淳之介さんと、名前が似ていますね」
と、僕は言った。
似ているどころか、新田淳までは同じじゃないか。
「似ているのは、ある意味当然かもしれないな」
「鞘師警部、もしかして二人は兄弟でしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「ああ、そうだ」
と、鞘師警部が頷いた。
「やっぱり、そうだったんですね」
と、僕たちの話を聞いていた、佐々木駅長が呟いた。
「佐々木駅長、やっぱりとは?」
と、明日香さんが聞いた。
「実は5年前、私もこの駅にいたんです。当時は、まだ駅長ではありませんでしたが。あのとき事務所に連れて来られた彼のことは、今でも覚えています。そのとき、新田淳平という名前は聞いていました。そして去年、新田君がこの駅に、駅員としてやって来ました。そのときは、私も新田淳平さんのことは忘れていたんです。ですが、新田君の名前を聞いたときに、新田淳平さんのことを思い出しました。新田君に、兄弟はいるのかと聞いたことがあるんですが、新田君は一瞬言葉につまった後、いませんと言いました。そのときは、私の考えすぎかと思っていましたが、おそらく、言いにくかったんでしょうね」
「明日香さん、もしかして5年前の事件と、何か関係があるんでしょうか?」
と、僕は聞いた。
「佐々木駅長、新田さんは自宅から電話をかけてきたんでしょうか?」
明日香さんは僕の疑問に答えずに、佐々木駅長に聞いた。
「はい、そう言っていました。まだ体調が悪いので、休みますと。それと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたと」
「新田さんの住所を、教えていただいてもよろしいでしょうか? 直接会って、話を聞きたいんです」
「――分かりました。少し、お待ちください」
20分後――
僕たちは、新田さんの住んでいるアパートの部屋の前にいた。
「明日香さん、この部屋ですね」
僕は、チャイムを鳴らした。
新田さんも、僕たちが直接訪ねて来ることは想定していたのだろう、ドアはすぐに開いた。
「あんたたち、病人の部屋に訪ねて来るなんて非常識だな」
と、新田さんが言った。
「すみません。ですが、とても元気そうに見えますけど」
と、明日香さんが言った。
実際に新田さんは、顔色もよく、とても病人に見えない。
「探偵が、人を見かけで判断するのかよ? ――誰だ、もう一人は?」
と、新田さんは、鞘師警部を見ながら言った。
「警視庁の鞘師です」
と、鞘師警部は警察手帳を見せた。
「――警察まで連れて来て、いったい何事ですか?」
「鈴木さんも、中にいらっしゃいますか?」
と、明日香さんが聞いた。
「ええ、いますよ」
「ちょっと、中でお話をお聞きしてもよろしいでしょうか? ここだと、人目もありますから」
「――分かりました、どうぞ」
僕たちは、新田さんの部屋に入った。
部屋の中には、鈴木陽子さんが不安そうにソファーに座っていた。
「お二人とも、どうして私たちが訪ねて来たのか、お分かりでしょうか?」
と、明日香さんが、新田さんに聞いた。
「さあ、分かりませんけど。想像するに、東野のことでしょうか? どちらかが、もしくは二人で、東野のことを殺したと思っているんでしょう?」
「それでは、単刀直入にお聞きしますが、東野純次さんを殺害したのは、お二人でしょうか?」
「――違います。二人とも、東野を殺してなんかいません」
「本当でしょうか? 鈴木さんは、どうでしょうか?」
「えっ……。あ、あの……、私は――」
鈴木陽子さんは、突然話を振られたので動揺している。
「彼女は、関係ないでしょう」
と、新田さんが遮った。
「新田さん。実は、殺害現場の階段の手すりから、鈴木陽子さんの指紋が見つかっているんですよ」
と、鞘師警部が言った。
「指紋ですか? そんなの、いつの指紋か分からないじゃないですか!」
「いえ、あの日の夕方に、階段の手すりは拭かれているんです。つまり、それから鑑識が入るまでの間に、指紋が付いたことになります。その時間帯に、何をしに行ったんですか?」
鞘師警部は、さらに問いつめる。
「それは――他には、指紋はなかったのかよ?」
「ありましたよ。もちろん、それらも調べています。他にも、靴の跡も見つかっているので、お二人の靴を調べさせてもらえますか?」
「それが一致したからって、犯人になるのかよ」
新田さんは、あくまでも強気だ。
「それだけでは、ならないですね。でも、それだけじゃないんですよ」
と、明日香さんが言った。
「どういう意味だ?」
「鈴木さん、先ほど電話でこうおっしゃいましたよね。午後7時頃から、1時間くらいは一緒にいたと」
「言いましたけど――それが何か?」
と、鈴木陽子さんは、不安そうにこたえた。
「もしかしたら勘違いされていると思うんですけど、東野さんが殺害されたという通報があったのは、午後7時じゃないんですよ。深夜、かなり遅くなってからなんです。一応の死亡推定時刻は、午後7時から9時くらいです。しかし、あなた方は、目撃者がすぐに通報したと勘違いして、そう証言してしまった。どうして、ずっと一緒にいたとか言わなかったんでしょうか?」
「それは……。ずっとなんて言ったら、逆におかしいと思って……」
鈴木陽子さんは、小さな声で力なく言った。
「それは、殺害を認めたと思って、いいのかしら?」
「待てよ! 誰も、殺したとは言ってないだろっ!!」
新田さんが、明日香さんに反論した。
「もう、いいの!」
突然、鈴木陽子さんが叫んだ。
「もう、いいの……。これ以上、隠し通すなんて、精神的にも無理よ……」
鈴木陽子さんは、涙ながらに新田さんに訴えた。
「全部、素直に話してくれますね?」
と、鞘師警部が優しく聞いた。
「――はい」
鈴木陽子さんは、静かに頷いたのだった。
「あの夜、私たちは東野さんと三人で、神社で会いました。これから、どうするか話し合っていたんです。そうしたら東野さんが、警察に行って全部話すと言い出して――」
事件の夜――
「もう、これ以上は、いくら君の為でも協力できないよ!」
夜に神社で会うなり、東野純次はそう切り出した。
「協力できないって、どういうことだよ!!」
新田淳之介は、東野純次の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「止めろよっ!」
「ちょっと二人とも、声が大きいわよ。誰かに聞かれたら、どうするのよ」
と、鈴木陽子は、二人の間に割って入った。
「大丈夫だよ。この時間でも、ここは人はそんなに通らないから」
と、新田淳之介は言った。
「と、とにかく、もう嫌だよ。あの探偵、絶対に怪しいと思っているよ」
と、東野純次は言った。
「それは、そうだろうな。お前は、逃げたんだから」
「逃げたんだからって、そっちが逃げろって指示したんじゃないか! もういい。明日にでも警察に行って、全部話すよ」
「お前のことは、ストーカーだって探偵に話してある。お前は逮捕されるだろうし、警察だってストーカーの言うことなんて信じないさ」
「…………」
東野純次は、黙ってしまった。
「分かったら、黙って協力しろ。俺と陽子の探偵への復讐は、まだ終わっていないんだよ」
「ああ、気が変わったよ。明日、警察に行くのはやめるよ」
と、東野純次は言った。
「分かれば、いいんだよ。もう同じ方法は使えないから、お前も何かかんがえろ」
「いや。明日、行くんじゃなくて、今から行ってくる」
東野純次は、そう宣言した。
「何?」
「ここでの会話は、念のために録音させてもらったから」
東野純次は、ポケットからボイスレコーダーを取り出した。
「おい! そいつを渡せ!」
「嫌だね。それじゃあ、今から警察に行ってくる」
東野純次は、新田淳之介に背中を向けた。
「待ちやがれ!」
新田淳之介は、後ろから飛びかかった。
「うわっ!」
東野純次が倒れたはずみで、ボイスレコーダーが階段の方に転がった。
東野純次はすぐに立ち上がって、ボイスレコーダーを拾おうとした。
「よこせ!」
二人は、階段を背に揉み合いになった。
「ちょっ、ちょっと、二人ともやめてよ。危ないよ」
今まで離れて見ていた鈴木陽子が、止めに入ろうとした瞬間――
「よし! 取ったぞ」
ボイスレコーダーは、新田淳之介の手にあった。
「返せ!」
取り戻そうとした東野純次を、振りほどいた。
一瞬の静寂の後――
「うわぁっ!」
という叫び声とともに、東野純次の姿が消えた。
東野純次は、かなりの勢いで階段を転げ落ちていった。
先に体が動いたのは、意外にも鈴木陽子だった。鈴木陽子は、階段を駆け下りて行った。
慌てて、新田淳之介も下りて行った。
二人は、一番下まで数段のところで足を止めた。
「お、おい……。東野、大丈夫か?」
それは、どう見ても大丈夫そうではなかった。
東野純次は、頭から血を流して倒れていた。どう見ても、死んでいるようだ。
そのとき新田淳之介は、階段の下に誰かいるのに気がついた。
「逃げよう」
新田淳之介は鈴木陽子の腕を掴むと、階段を駆け上がったのだった――
「事故だったんです……。わざと突き落としたんじゃなくて、本当に事故だったんです……」
と、新田淳之介さんは、弱々しく呟いた。
「新田さん、どうしてすぐに通報しなかったんですか? 逃げてしまったら、もう事故ではありません。殺人ですよ」
と、明日香さんが言った。
「新田さん、一つ聞いてもいいですか? 明日香さんへの復讐って、なんですか? もしかして、あなたのお兄さんのことが関係あるんですか?」
と、僕は聞いた。
「兄は、死んだんだよ……。あの、痴漢冤罪のせいでな!」
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