第11話

「明日香さん、どういうことですか?」

「そうよ、砂糖よ! 駅の事務所で、新田さんが鈴木さんにコーヒーを入れたときに、新田さんは最初から、スティックの砂糖を3本出したわ。新田さんは、鈴木さんがコーヒーに砂糖を3本入れることを知っていたのよ! あぁっ、どうしてもっと早く気づかなかったのかしら――」

「それは、つまり――」

「ええ。鈴木陽子さんと、東野純次さんだけじゃないわ。新田淳之介さんも――この三人は、元から知り合いだったのよ」


「お姉ちゃん、ごめん。私、そろそろお仕事に行かないと」

 と、明日菜ちゃんが言った。

「明日菜、ありがとう」

 と、明日香さんが言った。

「明宏さん、今度またテレビに出るから見てね」

「うん。もちろん、見るよ」

「それじゃあ、後で事件のこと教えてね。いってきます」

「いってらっしゃい」

 明日菜ちゃんは、仕事に向かった。


「明日香さん、これって三人は共犯なんでしょうか?」

「そこまでは、まだ分からないわ。新田さんは、偶然いただけかもしれないしね」

「でも、知り合いだったら、そう言うんじゃないでしょうか? どう見ても、初対面っていう雰囲気でしたよね?」

「そうね。面識があることを隠していたのなら、そういう可能性は出てくるわね」

「明日香さん。もしかしたらですよ。もしも、三人が共犯だとしたら、東野さんの殺害に、鈴木陽子さんと新田さんが関係しているなんてことは――」

 これは、さすがに考えすぎか。

「明宏君からお金を取ることに失敗したから、仲間割れでもして殺害したってこと? さすがに、そこまではやらないと思うけど――」

「そうですよね」

 さすがに、あり得ないか。

「でも、もしかしたら――」

「もしかしたら?」

「いくつか気になることは、あるんだけど。まずは東野さんの亡くなった現場を、一度見てみたいわね。もう一度、鞘師警部に連絡をしてみるわ」

 明日香さんは、探偵事務所の電話の受話器を取った。


 午後1時過ぎ――


 僕たちは鞘師警部の赤い車で、東野さんの遺体が発見された現場にやって来た。

 ちなみに、新田さんが出勤してきたという連絡は、まだなかった。


「明日香ちゃん、ここだ。この階段の一番下で、東野さんは亡くなった」

 と、鞘師警部が言った。

「かなり、高さがありますね」

 と、明日香さんは、階段の上の方を見ながら言った。

 どれくらいの高さだろうか? 普通の建物の2階よりは、はるかに高いだろうな。あそこから突き落とされたら、死んでもおかしくはないか。

「今は明るいから分かるが、夜になると階段の上の方は全く見えない」

「ちょっと、上まで上がってみましょうか」


 僕たちは、階段を上がってきた。僕は、階段の真ん中にある手すりを掴みながら上がった。

「明日香さん、結構きついですね」

 と、僕は言った。

「明宏君、運動不足なんじゃない?」

 明日香さんと鞘師警部は、平気なようだ。

「こうやって上から見下ろすと、さらに高さをかんじますね」

 と、明日香さんは、下を覗き込みながら言った。

「明日香さん、危ないですよ」

 僕は怖くて、少し離れている。

「鞘師警部、この辺りに靴跡はなかったんでしょうか?」

 と、明日香さんが聞いた。

 階段の下の方はアスファルトの道路だけど、階段の上の方は土になっている。

「比較的新しい靴跡が、三人分見つかっている。一人は、被害者の東野純次さんの靴跡だ。残りの二人分は、まだ分かっていない。しかし、大きさからいって、一人は女性だと思われる」

「明日香さん、もしかして――」

 やっぱり、あの三人なのか……。

「鞘師警部、この手すりから指紋は?」

 と、明日香さんが聞いた。

「比較的新しい指紋が、いくつか検出されていて、鑑識で照合中だ」

「鞘師警部、僕、手すりに触っちゃったんですけど、大丈夫ですか?」

 と、僕は心配そうに聞いた。

「ああ、鑑識作業は全部終了しているからね」

「鞘師警部、一度、車に戻りましょうか」

 と、明日香さんが言った。


「しかし、明日香ちゃんたちの推測通りだとすると、確かに二人は怪しいかもしれないな」

 と、明日香さんの推測を聞いた、鞘師警部は言った。

「鞘師警部、新田さんの家に、話を聞きに行きませんか?」

 と、明日香さんが言った。

「そうだな――行ってみるか。しかし、明日香ちゃん。住所は知っているのかい?」

「駅に、問い合わせてみましょうか?」

「しかし、個人情報だしな。教えてくれるかどうか」

「鞘師警部、駅に直接行って、警察手帳でも見せれば、教えてくれるんじゃないですか?」

 と、僕は言った。

「明宏君、勘弁してくれよ。確実な証拠もなしに、警察手帳を振り回せないよ」

「そうですよね」

 鞘師警部は、真面目な人だからな。

「とりあえず、行くだけ行ってみるか」

 と、鞘師警部は言うと、車のエンジンをスタートさせた。


 午後3時過ぎ――


 僕たちは、駅にやって来た。近くの駐車場に車を停めると、事務所へ向かった。

 事務所に入ると、佐々木駅長が電話で話している姿が目に入った。佐々木駅長も僕たちの姿に気がつくと、軽く頭を下げて手招きしている。

「明日香さん、僕たちを呼んでるんじゃないですか?」

「そうね。何かしら? もしかしたら、電話の相手は新田さんなのかも」

 僕たちが佐々木駅長の側まで行くと、佐々木駅長が受話器を指差しながら、「新田君からです。よければ、お話しされますか?」と、言った。

「はい」

 と、明日香さんは頷いた。

「新田君、ちょうど探偵さんが来ていて、君に聞きたいことがあるそうだ。今、代わるから」

 明日香さんは、佐々木駅長から受話器を受け取った。


「もしもし、新田さん? 探偵の、桜井です」

「――ああ、あのときの探偵さんですか。何か、ご用ですか?」

「一昨日、サングラスを掛けて、私の探偵事務所の様子を窺っていたのは、新田さんですよね? 鈴木さんのことが気になって、探偵事務所まで一本後のバスに乗って、追いかけて来たんじゃないですか?」

「何の、ことですか?」

「私の妹が、あなたのことを見ていたんです。新田さんの写真をお借りして、確認を取りました。新田さんが、忘れ物のサングラスを持ち出した。そうですよね?」

「そうですか……。やっぱり、サングラスを持ち出したことは、ばれちゃいましたか。一応、顔だけでも隠した方がと思ったんですが」

「どうして新田さんがそこまでするのか、最初は分かりませんでしたけど、新田さんと鈴木さんは、知り合いですよね? 新田さんは、鈴木さんがコーヒーに入れる砂糖の量を、知っているようでしたので」

「さすが、探偵さんですね。そんなことで分かるとは、迂闊でした」

「坂本と名乗っていた東野純次さんも、お知り合いですよね?」

「その口振りだと、調べがついているんでしょうね。お察しの通り、彼も知り合いです。坂本と名乗ったのは、たぶん探偵さんの助手の方の名字を聞いて、咄嗟に名乗ったんだと思います」

「あなた方の目的は、いったい何でしょうか? 坂井から、お金でも脅し取ろうと思ったんですか?」

「ふっ、やっぱり、何も覚えていないんだな」

「えっ?」

「まあ、いい――それで、話はそれだけですか?」

「東野さんが亡くなったことは、新田さんも知っていますよね?」

「ああ、ニュースで見たよ」

「東野さんが亡くなられた頃に、新田さんがどこにいらっしゃったか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「別に、構いませんよ」

「それじゃあ、一昨日の午後7時頃は、どこにいましたか?」

「その時間は――確か、鈴木陽子さんの部屋にいましたよ」

「鈴木陽子さんの部屋?」

「ええ。彼女に聞いてもらえれば、分かります。今も一緒にいますから、代わりましょうか?」

「もしもし……」

「鈴木さんですか?」

「はい」

「一昨日の午後7時頃、鈴木さんの部屋に新田さんが一緒にいたのは、本当でしょうか?」

「本当です」

「他に証明できる人は、いますか?」

「いいえ。一人暮らしですから。でも、間違いなく7時から1時間くらいはいましたから、7時に人を殺すなんて無理です! もう、切ります!」

「ちょっと、待ってください! 鈴木さん!」


「切られちゃったわ」

 明日香さんは、受話器を置いた。

「明日香ちゃん、二人は何だって?」

 と、鞘師警部が聞いた。

「一昨日の午後7時頃には、二人で鈴木さんの部屋にいたと言っていました」

「そうか。しかし、本当かどうか分からないな」

「いえ、間違いなく嘘ですよ」

 と、明日香さんは言い切った。

「どうして、言い切れるんですか?」

 と、僕は聞いた。

「鈴木さんは、こうも言ったわ。『7時から1時間くらいはいましたから、7時に人を殺すのは無理』ってね」

「それが、何か?」

「明宏君。東野さんの、死亡推定時間を忘れたの?」

「えっと……。確か、午後7時から午後9時くらいでしたよね」

「ああ、そうだ」

 と、鞘師警部が頷いた。

「午後7時から1時間だと、午後8時以降のアリバイがないわ」

「そうですね。でも、それじゃあどうして鈴木さんは――」

「それは、その場にいたからよ。おそらく鈴木さんは、目撃者がすぐに110番通報したと思っているのよ」

 そのとき、鞘師警部の携帯電話が鳴った。

「もしもし、鞘師です。えっ!? 本当ですか、課長」


「明日香ちゃん、さっきの階段の手すりの指紋だが。一つが、ある人物の指紋と一致した」

 と、鞘師警部が、電話を切るなり言った。

「誰の指紋でしょうか?」

「鈴木陽子さんの指紋だ」

「そうですか。でも、いつの指紋かは分からないですよね?」

「いや、一昨日の夕方に神社の関係者が、手すりを濡れた雑巾で拭いていたことも分かったそうだ。つまり、一昨日の夕方以降、鑑識が入るまでの間に付いたのは、間違いない」

「でも、鞘師警部。どうして、鈴木陽子さんの指紋だって分かったんですか? いつ、鈴木陽子さんの指紋を取ったんですか?」

 と、僕は、素朴な疑問を口にした。

「それなんだが、明日香ちゃんが5年前にかかわった痴漢冤罪なんだが。あのとき容疑者として逮捕された男性の恋人が、警察官を突き飛ばして捕まったんだが、その恋人というのが――」

「もしかして、鈴木陽子さんですか?」

「そうだ。それと、もう一つ。そのときに、逮捕された男性の名前が――」

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