第26話 美男役者と魚とり

 森の快男児と出会ってしばらく。

 

 歩き疲れて一休みした俺の前には、澄んだ小川のせせらぎと、深い森林の緑があった。


 やっぱり森ってこうだよね。

 人が木々の間を行ったり来たりしてなくて、静かで穏やかで、時だってゆっくり流れてて。


 時といえば……時地は何故か小川に入り、その真ん中で仁王立ちの格好をとっている。

 何だ? 腹が減ったとか言ってたけど、泳いでる魚でも眺めてるんだろうか。

 何でもできる彼女も、釣りの心得はないのかな。さっきから眺めてばっかだし。


 俺も釣りはそんなにやったことないから力にはなってやれない。

 今できることと言えば、やっとのんびりと訪れた休息の間、今までの旅を思い返すことだけだ。


 住み慣れた街を離れて数日。この山に入ってから、訳の分からん危険なことだらけだった。山賊が出るのは想定内だったが、それに加えて不思議な女剣士に会ったり、謎の怪僧に会ったり、森の快男児に会ったり。

 旅って非日常だけど、人生のビックリがこんなにも集約されてたりする?


 しかし一番の謎は俺に付いている用心棒の少女だ。

 今まで奇妙なこと続きだったが、そんな中でもあの小さな体で俺を守っている彼女は一体……。


 そんなことを思いながらふと時地に目を移す。


 白く小さい背の用心棒は、川の真ん中で異次元の体勢をとっていた。


「しゃあ!」


 用心棒は片方の手首を物凄い速さで斜めに水面にもぐらせ、小川に水しぶきを立たせていく。

 そしてその水しぶきに乗って、銀色の光を照り返す川魚が水面の上に姿を現した。


 魚とってるよ!


 く、熊さん?

 熊さんなの時地さん? 何そのスタイル。

 超野生児なの?


「花海くんはボクが何者かに興味があるみたいだね」

「ひい、そして俺の考えも見抜かれた!」


 ふいにスッと川の中に直立で佇んだ用心棒の背に、いつもながら戦慄が走る。お、俺も狩られる? ってくらい雰囲気がある背中なんだもの。

 しかし時地は、


「約束するよ。ボクが何者でも、花海くんが何者でも、最後までボクは君の用心棒でいるってしゃあ!」


 いいセリフとつなげて魚とりの気合いの声を入れないで。


 そんな時地さんのすぐそばの岸にはすでにピチピチはねる魚が五匹。


 やっぱり熊かも……。


 でもまあいい。あまりに彼女が浮世離れしすぎていて、時々俺は狐や狸に化かされてるんじゃないか、なんて気持ちになることもある。……今の時地は熊なんだけど。


 でも最後まで用心棒を貫いてくれると、その言葉は何故か嘘じゃないと信じられる。

 出会って数日の他人を、俺は今や誰よりも信頼して……。


「ねえ、花海くん。塩焼きとバター醤油焼きとクレイジーソルト焼きどれがいい?」


 何でそんな調味料持ってんだ。バターはどうやって持ってきたの? ていうか火起こし早!


 川のせせらぎに心の中のツッコミがこだまする。ああ、なんていい昼下がりなんだ。

 そうだ。彼女が誰でも構わない。危険な旅の中でも俺にこのゆるゆるタイムをくれるんだから。


 ここから道は下りだ。旅ももう半分を終えたと言っていい。

 その道中に何があろうと、この人がいれば大丈夫だ。素直にそう信じられる。


 旅の終わりに俺は何を思うだろう。この人との別れを、名残惜しいと思うだろうか。


 時地に呼ばれるままに、俺も魚を焼く火の側まで近付く。

 普通に塩焼きで、って言ったら心底つまらんやつだなって顔をされてそれはちょっと心外だったけど。


「約束するよ。何が起きても名残惜しくなくても、僕は君の用心棒でいるって」


 最後に時地がそう念押ししてくれるのを、俺は川の流れと共に聞いていた。

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