第27話 美男役者と契約書

 山の夜は更けて。

 野宿の俺達は道から少しそれた森の中で火を焚き、そこで暖をとっていた。


 しかし、もうどこからでも月がのぞめるくらい山は低く、大地は平坦に近付いている。

 久しぶりの人里ももうすぐだろう。里に出て、そこから都に渡る湖までは一日もかからない。そしてその湖を渡ってしまえば、この旅は終わったも同然だ。


 時地は辺りを見回ってくるとかで不在。

 代わりに俺の目の前には、彼女が普段剣に引っ掛けてブランブランさせているすずり箱程の風呂敷包みがあった。


 そう、時地の荷物はこれ一つだ。

 よくこんなので十五日も二十日もかかる旅に出るもんだと思うけど、本当にこれ一つ。

 まさに必要最小限。とんだミニマリストだ。


 そのミニマリストは、この小さい風呂敷包みの中に一体何を忍ばせてるんだ?

 あの時地が旅の必需品としてそれでも持ち歩いてるものって? 絶対替えの着物とかじゃないだろ。


 しかし時地のプライベートに俺は一歩たりとも踏み込むことを許されていないから、今目の前にあるのは禁忌の包みということになる。

 もし包みを開けでもしたら護衛対象といえど刀の錆びになりそうな危険なオーラが見える。どうしてそうなるかは未だに謎だけど。


 ふと、その包みの裏に白い紙束ようなものが立て掛けられているのに気付いた。


 何だろう、これ。

 冊子……? 物語か何か、にしては薄い本だな。

 時地のやつ、普段こんな冊子を持ち歩いてたのか。


 包みの裏に回り込んで、その不思議な冊子を観察する。

 表紙には、『あなたの安心と信頼のパートナーであり続けるために 全国用心棒協会』の文字が。


 パ、パンフレット? 全国用心棒協会って団体パンフレット作ってんの? 合同説明会に来た学生にこのパンフレット配ったりしてる?


 なるほど、うさん臭い。

 全国用心棒協会うさん臭い。今までもうさん臭いと思ってたけど今俺の中で確定した。

 うさん臭いわ。


 でも、団体パンフレットってことなら……。


「ペラペラペラペラ」


 気付けば俺は冊子を手に取りペラペラめくり始めていた。

 公にしてるパンフなら読んでも怒られないだろう。そんな軽い気持ちで。


 しかしよく読んでみれば、これはパンフではなく雇い主と用心棒との決まり事を明示しておくための専用の契約書だな。

 意外ときっちりしてるじゃねえか、全国用心棒協会。


 しかし俺はこの冊子を今の今まで用心棒から見せてもらっていない。

 多分時地が俺にサインを求め忘れてるんだろう。うっかりさんだな。


 何々? この契約は警護対象者、警護依頼者(警護対象者本人)、並びに警護依頼者の所属団体に及ぶ。

 はいはい。


 用心棒の休日は年百二十日とする。

 

 休日って、助けを呼んでも助けてくれない日があるってこと?


 用心棒のお昼寝中に警護対象が負ったケガは保証の対象外とする。用心棒が壺の中に入ってるときに負ったケガも対象外とする。


 ……破り捨ててやろうか、この契約書。

 だとしたらこれまで何回か危ないときあったじゃん。


 用心棒の報酬は契約時に定めた基本料金に、賊に遭遇した回数を係数として……。


 ええ!?

 契約時に定めたあれは基本料金!?

 何で賊に遭遇した回数を係数にするんだよ! 報酬爆発的に増えるじゃん!


 ちなみにここに記した契約金は税別です。


 知らんわ!


 まあ、サインしてない契約書に何言ったって別に……。


「ん?」


 何だ、契約の細則のページの裏にもう1ページあるぞ。

 署名のためのページか。


 ……って、ある! 俺の指印が押してある!

 いや待て、俺の指紋はこんな形じゃ……俺の指紋だなこりゃ。


 とられてる! 寝てる間に指紋とられてる! 恐い!

 安心と信頼のパートナーどこ行った!


 そして。


「見~た~な~」


 俺は背後からずん、ずんと近付いてくる気配に固まった。

 と、時地さま。


「は~な~み~く~ん」


 やべえ後ろをとられた。恐い。


「な、何だよ時地。俺の名前をそんなおどろおどろしく口にして」

「じ~」

「あ、ああこれ? いや、そんなじっくり見るつもりはなかったんだけど、ここに転がってたからつい……それに何だか俺にも関わりのある書類みたいだし」


 つーっと、時地の手が俺へと伸びてくる。

 や、やめて! 食べないで!


 しかし時地が奪ったのは俺ではなく俺の持つ契約書の方だった。


「やれやれ、やっぱりダメか」


 そして予想外なことに、時地はそれをその場で破り捨てた。


「警護依頼者と用心棒、双方必要に応じてこの契約の他に任意で契約を結ぶことができる。この契約書にそのまま判を押してくれる人はいないからね」


 冷静な瞳~。

 何だ、時地的にもこの契約内容は容認されるものではないという意識があったのか。

 用心棒に長い休みがあったり、呼んでも助けてくれないときがあったり。


 まあ確かに俺も悪いとは思ってるよ。用心棒とはいえ、女子に十五日も二十日もベッタリ付いててもらうのは。

 でもそれが用心棒じゃん。呼んでも来てくれないならあんたは俺の何なんだよ。


「ボクも用心棒の待遇改善のために全国用心棒労働組合に入って闘ってるんだけど、なかなか良くならなくってね」


 あれ? なんか俺悪者になってる?


「わ、悪かったよ。用心棒にも休息は必要だもんな」


 くそ、勝手に指紋をとられた上に何で謝んなきゃいけないんだ。

 てか労働組合って……色々組織してんな、用心棒。わりと俗っぽい組織を。


「ぬふ~、そう思う?」

「え? う、うん」

「じゃあボクと花海くんでこれに代わる新しい契約を結びたいんだけど」

「新しい契約……?」


 嫌な予感がした。


「まず、ボクの休みは一日二十時間。お休みは年三百日で~」

「……」

「報酬は契約時に定めた基本料金に、賊に遭遇した回数を係数として~」


 ま、負けるな花海! 無言になるな、結ばされるぞ!


 時地の理想の雇用契約とそれに抗う俺のむせび泣きにも近い闘争は、朝まで続いたのだった。

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