第25話 美男役者と森の快男児
「ヤッホー! ヤッホー! 聞こえますかー?」
早朝の森に響き渡る声。
俺は天を仰いだ。
「ヤッホー! ヤッホー! 聞こえますかー?」
見るな。見ちゃダメだ。
傍らの森の中をザンッ、ザンッと、
「ヤッホー!! ヤッホー!! 聞こえますかー!!」
俺は森の葉擦れの音に全集中した。
例え蔦から蔦へ移動する何者かが朝っぱらからデカい声で叫んでいるとしても、そんなの別に気にすることじゃないんだ、花海。
普通だ、普通。だから、
「ヤッホー!! ヤッホー!! 聞こえますかー!!!?」
聞こえてるよ!!
でも聞こえてるって気付かれたら確実にヤバい。場合によっては命の危険があるかも知れん。
側方の森の驚異の得体の知れなさにすっかる怖じ気付いた俺は、こっそり前を行く用心棒に耳打ちした。
「……なあ、時地! 時地! 聞こえるだろ? あれが」
「あー、やっぱり花海くんも聞こえてる?」
「ああ。だから早くここを……」
「食料もだいぶ減ってきたからね。朝だっていうのにお腹減っちゃって。そろそろ買い物しないとね」
「腹の音の話じゃねえよ!」
ヒソヒソ話が無意味なほど大声で叫んでしまった。
叫んでしまったが故に、
「ヤッホー! ヤッホー! こんにちは! そこの二人!」
見つかってしまった。
「こんにちはー」
用心棒は無邪気に挨拶を返す。
ちょ、ちょっと待って。
「うわあ、やめろ時地! 挨拶するな!」
「山の上で人と会ったら挨拶しなきゃ」
「こんなとこで律儀な姿勢を見せないでくれ。怪しい人には近付くなってのは習わなかったのか」
「怪しい人~? そんなのどこにいるの?」
「君にはアレが何に見えるんだ?」
「何って………キャンパー?」
戦慄の答えを返すんじゃねえよ。
俺の警戒も虚しく、森の中の変な人は蔦を下りて俺達の前まで出てきてしまった。
「ある日、俺は森の声を聞いたんだ」
何か始まった。
森の中から出てきた怪しい人……さっきまで何かの植物の蔦につかまってヒュンヒュン空中を移動しながら高らかな声でいずこかへ向かって叫んでいた男は、姿を現すやいなや俺たちに身の上話を始めた。
……何でだよ。
歳は見たとこ三十そこそこ。髭はきれいに剃られ、髪は長いが後ろでまとめられて清潔感があり、一見かなりまともな人物に見える。
そして着ているのは市井では稀に見ない迷彩柄の着物と股引きだ。どこで売ってるんだそんなもん。
やっぱり変な人だ。変な人に森で絡まれちゃったよ。ここら辺の山には変人しか生息してねえのか。
「あれは五年前、戦で負傷した俺が森の中に落ちのびたときのことだ」
男は元兵士らしい。なるほど一般人に比べれば中々ガタイもよく筋肉質な体型だ。蔦につかまりまくって仕上がってるのかも知れないけど。
その元兵士は仁王立ちの格好で旅人二人を前に語り続ける。人前で話す姿は堂々としているし、元指揮官か何かなのかも知れない。
「傷だらけでまともに動けなかった俺は、森深くまで逃げたところで意識を失いかけていた。……もうダメだ、俺はこのままここで一生を終えるんだ。走馬灯とともにそんなことを考え始めたときのことだった」
え~、回想始まるの……?
『……聞こえますか……聞こえますか?』
「ん……なんだ? 誰、だ?」
『聞こえますか? 聞こえますか?』
「うるさいな……もう寝かせてくれ。俺はもう疲れたよ……」
『ああ、やはり聞こえているのですね。良かった』
「……良かった? 一体何が? 俺はくたばり損ないのただの兵士だ。用があるなら他を当たってくれ……」
『いえ、くたばり損ないだからいいのです』
「…………はあ?」
『あなたは異世界転生というものを知っていますか?』
「森の声の人は言った。俺を他の世界の誰かに転生させたいと。何かよく分からんがその人の転生ノルマとかいうのの足しになるからって」
「は、はあ」
遠い瞳で男は語り続ける。
俺はもう話の内容なんて一切噛み砕けていない。ひと噛みもできていない。ただ相槌を打っているだけだ。
時地は話を聞いているんだか聞いてないんだか、ただその場に黙って立ち尽くしている。
そうだ、この場は変に質問なんかせずさっさと話し終えてもらうのが一番だ。
さあ話せ。威勢貝手製……だかなんだかいう俺たちが一切噛めない話を。そしてさっさと旅を再開させてくれ。
「森の声は言った……」
『あなたは向こうの世界でこの世界の記憶を持ったまま新しい命を得て、新しい人生を始めるのです』
「新しい人生……」
『ええ。とんでもないイケメンに生まれ変わって、とんでもない数の美女に囲まれたりしちゃいますよ?』
「お、うおう……」
『そしてあなたはその世界で、生前習得していたスキルを使って、……スキルを使って……あ、』
「あ?」
『あー……あー、やっぱりやめます』
「え? どうして? どうしてですか森の人!」
『あなたは戦場での経験は豊富ですが、人に指示してばかりで大したスキルを持っていないようです。サバイバル術もない、薬草にも詳しくない、最低限の料理もできない。これでは異界人の尊敬を買うことはできません』
「は、はい?」
『異世界で何らかの無双をするには適格ではないと言っているのです』
「な、何らかの無双?」
『はい。これでは書籍化は狙えません』
「しょせき……? 待って、待ってくれ森の人! ここまで期待持たせといて!」
『それではさよ~なら~。せめてもの慈悲で、命だけは救って差し上げます。この世界で、もうちょっと頑張って~』
「待って、待ってくれ! 俺を異世界へ連れていってくれー!!」
「というわけで、俺がノースキル人間だったせいで異世界転生に選ばれなかった。だから俺は全てを捨てて、この森で生きることにしたんだ」
「……」
「そして俺は日夜自分のキャンプスキルを磨いている。そうすれば異世界で無双できると聞いた。いつかまた森の声を聞くために、一人前のキャンパーになると決めたんだ」
男は拳を握って熱く語り終える。
聞き終えた俺は、一つ息を飲み込んでいた。
「キャンパーで合ってた……」
色々あって、俺達はやっと森の不審キャンパーから解放された。話を聞いてくれた例にと、彼から大量の木彫り製品やら、植物染めやらを渡されて両手がふさがっていたが。
「じゃあ、お元気で。その……」
「ああ、俺の名前か。名乗るほどの者ではないさ。元一兵士だ。ただ、世の人は俺を『森の快男児』と呼ぶ」
「快男児じゃなくて怪男児じゃねえか」
「そう、快男児」
「気付いてない。気付いてもらえない」
ちょっと悔しいが、やった。やっと俺はこの森の不審者から解放されるんだ。
「それじゃ」
軽い会釈とともに、俺と時地はいよいよその場を離れようとする。しかしその背にキャンパーの声がかかった。
「待て、二人とも」
「え?」
「その大量のお土産代、しめて三千金貨置いていってくれ」
お前には一生森の声は聞こえねえよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます