第22話 美男役者と謎の僧 その3
「下手人は現場に戻るというが、本当だったようだな」
暗がりに反響するその声は、俺とサイモンの視線を洞窟の入り口へと向けさせた。
続いて聞こえたのは、複数の足音と衣擦れの音。
最初に闇に踏み入ってきたのは、いかつい顔を頭巾で囲った、荘厳な法衣の僧侶だった。
「サイモン、この忌ま忌ましき裏切り者め! ここで会ったが百年目……覚悟はできておろうな!」
僧侶は骨張った指を勢いよくサイモンに突きつける。
……誰? 寺の人?
サイモンと同じような長杖を持ったその男は、さらに後ろに数人、僧達を従えていた。
その従えてる僧っていうのが尋常な雰囲気ではない。
静かに立ち上る闘気。袈裟を着ていても隠しようのない殺気。
そんな彼らが手にしているのは錫杖ではなく
武器を構えているということは、あれはただの僧ではない。僧兵だ。
何? 何?
何なのこの人達?
俺は今サイモンの衝撃のカミングアウトを受けてそれどころではないんだけど。
みんな俺を助けにきてくれた親切な人……って感じじゃないな。
だって怪しさに関してはサイモンもあの人達もどっちもどっちなんだもの。
サイモンは表情の読めぬ謎めいた怪僧だが、あっちは呪術的な怪しさの漂う怪僧だ。
特に僧兵達を率いている先頭の法衣の男。
僧っていうよりあれは魔導師の見た目だ。深い紫の長衣にでかい杖。異様な雰囲気。
顔立ちは端正だが、如何せん眉間のシワが深い。そのせいで、松明に照らされる顔は若そうなのにやたら老けてみえる。
人を見た目で判断するのは良くないが、どっちの僧侶に近づいても取って食われそうだ。
しかし洞窟の端で縮こまる俺をよそに、サイモンは突然の訪問者にもゆったりと声をかける。
「おや、やはりいらっしゃった。ここにいればお会いできると思っておりましたぞ」
「それはこちらのセリフだ。いまだに寺の真下に潜んでいたとは、相変わらずなめくさった態度……」
サイモンと魔導師…怪僧二人は、静かに対峙する相手をあおり合う。
え? 何これ? 何が始まるの? 怪僧同士のケンカ?
困惑する俺の視界の先で、魔導師の従える僧兵達は薙刀をこちらに向けて構える。
どうやら彼らはサイモンを害するつもりらしい。
何? 何でこんなことに立ち会ってんの、俺?
寺に詣でただけなのに、いつの間にか怪しい洞窟の中で怪しい僧侶に板挟みになって。
魔導師は隈なのか化粧なのか、濃い黒の入った目元をすがめ、サイモンを睨む。
「もはや『あれ』だけ置いていけば命は助けるなどと甘いことは言わぬ。今ここでその息の根を止め、奪い取ってやる!」
「それは困りましたな……。私はこれからこの花海殿を上に送り届けねばならぬ身。ここで死ぬわけにはいきませんので」
やめてサイモン、俺に言及しないで。俺のことは放っておいて。
僧兵達がじりじりと一歩ずつ前に出る。
まさに一触即発。争いは避けられそうにない。
一体何の争いかは知らないけど。
しかしこんな狭いとこで乱闘になったら俺はどうなるんだ?
あれ? 俺ってもしかして立ち位置的にサイモンの仲間に見えてる?
じゃあヤバい? こっちの方が数的に不利だし武器もないし。いや俺はキラーサイモンの仲間ではないんだけど。
坊さん同士の戦いに巻き込まれて、俺死ぬ!?
俺はこの旅に出て何度目かの命の覚悟をした。いや今度ばかりは本当の命の覚悟だ。
何せここには頼りの用心棒――時地がいない。いつも俺の窮地救ってくれていた少女は、悲しいかな多分崖の上だ。
ここには俺を守ってくれるものは……。
「すみませんな、花海殿。ちとお下がりを。すぐに終わりますので……はあ!」
震える俺を横目に、突然サイモンが気合いの入った声を上げた。
彼が握りしめた杖から、勢いよく蒸気のような白い光が放たれる。
俺はもう、驚きすぎて目を見張るしかなかった。
そして、
「ふう、やはり術を使うにはこの姿の方がよいな」
サ、サイモンの姿が変わった!
白い光が開けて俺の目の前にいたのは、さっきまでの中肉中背のおっさんではない。
着ている物は同じだが背は高く伸び、無駄な肉がなくがっしりしたおじさん。
口のまわりの髭が伸びたがそれはきれいに整えられて、ボサボサだった頭も丁寧に撫で付けられている。な、なんだこのダンディーな僧は。
現れた僧侶のおじさんは、優しそうな面立ちながらも底知れない雰囲気が漂っていた。
な、なんだ?
中肉中背のおじさんが背が高くて身なりのいいおじさんに変身したぞ!
え? サイモンさん? あなたはサイモンさんなの?
「
すかさず魔導師が僧兵達に突撃の指示を下す。
しかし一斉に走り出した彼らの薙刀が俺達に届くことはなかった。
「喝!」
サイモン――いや変身後サイモンが地面に杖をつくと、そこから溢れ出す衝撃波。
空気の波がこちらへ駆けてきていた僧兵達を押し戻す。
彼らは再び魔導師の後ろへ、しりもちをつきながら倒れ込んだ。
な、何が起こってるんだ?
「おのれ……」
倒れた僧兵を悔しげに睨み、魔導師が杖を構える。
それに合わせて再び僧兵達は起き上がり、体勢を立て直した。
もう一度こちらに向けて斬り込んで来るつもりだろう。下駄を履いた足が地面を蹴る。
しかし、そんな坊さんの一角が不意に崩れた。
そこから現れたまばゆい白に、俺はたまらず叫んでいた。
「時地!」
「久しぶりだね、花海くん。まだ生きてるみたいでよかったよ」
洞窟の入り口から現れたのは、松明のオレンジに浮かぶ金色の髪の剣士。
道着のような白い着物のその人は、まごうことない俺の用心棒、時地だった。
次々と僧兵の首に手刀を叩き込んだ手を下ろして、悠々と構えるそのお姿。
俺は思わず涙腺が緩むのを止められなかった。
一体どうやってこんな所に!
いやそんなことどうだっていい。やっぱり俺のこと探しにきてくれたんだ!
さすが時地さん! 頼れる敏腕美少女用心棒!
しかし仲間を倒されても魔導師は止まらない。サイモンと俺に向けて杖を構えると、口中で何かつぶやく。
俺が驚いたのはにわかにその杖が光り始めたからではない。それを見た時地が瞬時に刀を抜いたからだ。
それも随分真剣な様子で。
「お嬢さん、その杖を!」
サイモンが叫ぶ。
時地の刀が、光る杖を真ん中からたたっ切る。すべては一瞬の出来事だった。
刀の先が魔導師の胸を引っかけた。破れた着物のすき間から、キラリと光るものが。
あれは……鏡?
しかし破れた部分を、慌てて魔導師が押さえる。
彼はそのまま僧兵らを見捨てて、一人洞窟の外へ駆け出した。
最後に、
「ここは退いておく。……だが忘れるな、サイモン。お前がこれ以上逃げ隠れを繰り返すなら、小僧どもの命が危ないことを!」
そう捨てぜりふを吐いて、紫の法衣はさっさと皆の視界の外へと消える。
一体何だったんだ、やつは?
唖然としている俺を置いて、サイモンと時地の二人はその場に倒れる僧兵達の検分にかかっていた。
「この人達の手、普段から武器を扱ってる手じゃない。それにこの魂の抜けたような気の抜け方……これは、操られてたんだね」
僧兵の体をまじまじ観察していた時地がつぶやく。
その言葉にサイモンはうなずいた。
「ええ。彼らは普通の僧侶です。しかし普通の僧侶には、戦うことはできません。昔はここにも僧兵がいましたが、今は都に出払っていますからな。……いかにも彼らは、あの杖の男に操られ、僧兵のように振る舞っていたのです」
僧兵に見せかけた僧侶? それを操る男?
なんか話が大きくなってきたな。まだ俺は何一つとして飲み込めてないのに。
何かおかしなことに巻き込まれた、という言葉が喉まで出かかったが、初対面のはずの時地とサイモンの剣幕があまりに険しすぎて、俺は口をつぐむしかなかった。
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