第17話 美男役者とエミリー その3

 馬車は勢いよくすり鉢状の坂を滑り落ちていく。 

 馬も荷台も俺達も、砂煙を上げて下へ下へと吸い込まれるように。


 そして真ん前に迫るのは、山賊の頭目の庵。

 やべえ、ボスの部屋に突っ込む!


 馬は庵にぶつかる直前で持ち直して急ブレーキをかけたが、俺達はだめだった。

 馬車から投げ出され、荷台に乗っていた者達及び御者台の村長は庵の戸を破って中に侵入する。


 結局村長も一緒に来ちゃったよ。


 中にはビックリした顔で俺達を迎えるボス風の人。こいつが山賊の頭目だろう。

 そりゃまあビックリはするよな。こんなダイナミックな訪問のされ方したら。

 てかごめんなさい、お食事中でした?


 バタバタと、騒ぎに気付いた子分の山賊が庵の周りに集まってくる。

 囲まれたが、ここまで来たらやれることは一つしかない。


「何やかんやあったけどとにかくたどり着いたど! さあ山賊! 村長の娘さんを放してつかあさい!」


 エミリーが頭目に向けてたんかを切る。

 そうだ。もうこうなったら正面から行くしかない。


 さあ。娘さんを返せ山賊!

 さあ。俺と村長を守ってくれ、時地とエミリー!

 相変わらず俺はなんて情けないんだ!


 しかしそんなエミリーに向けて、山賊の頭目がとったのは意外な行動だった。


「すまんかった! あの子はすぐに返す!」


 大きな声でそう謝って、深々と頭を下げるでかい図体。

 その後ろから、チリリンという音とともに、一匹の白い何かが飛び出してきた。


「お雪!」


 村長がその白い何かに駆け寄る。

 彼が抱き上げたその生き物は、


「にゃーん」


 雪みたいに真っ白くて美人な猫。

 鈴の付いた首輪が音を鳴らす。


 そう、猫だった。


「おうおう、我が娘よ。無事だったか」


 村長がほお擦りするその猫に、俺はツッコミを抑えられなかった。


「ね、猫? 娘って猫のことだったのか!」


 美人……。

 まあ確かにかわいい猫ではあるけども。


「お雪っていうのか、その猫は。飼い主が迎えにきてよかったなあ」


 もじゃヒゲに囲まれた口元を緩めて、山賊の頭目が笑う。

 その姿に時地が首を傾げた。


「村の猫だって知ってたの? 足に包帯が巻いてあるみたいだけど」

「ああ。ケガして山で彷徨ってるとこを介抱したら、懐いちまって……返すに返せなくなったんだ」


 申し訳なさそうに頭をかきながら、頭目が言う。

 沢遊びに出ていたお雪は、その帰り道でケガをして動けなくなっていたらしい。


 しかし偶然通りかかった頭目が、家に帰れなくなっていたお雪を助けたのだ。

 包帯を巻いて手当し、食事を分け与えて。

 山賊にもこういうやつがいるんだな。


 ふっと緊張を解いて、エミリーもやっと満面の笑みになった。


「娘さんが無事でよかった~、村長さん」

「ああ。ありがとう、お嬢さん。……あんたもすまなかったね、山賊さんや」


 安堵の表情で山賊の頭目に向き直って、村長はお雪とともに頭を下げた。


「これからも、お雪が山で遊んでたら見守ってやって下さい」


 俺の落胆をよそに、どうやら事件は一段落したらしい。





「いやあ、時地さんがいてくれてよかった~」

「かわいい子だね」


 帰りの馬車で猫を抱いて、時地はご満悦の様子だ。

 エミリーは少しだけ離れてそれを見守っている。


「うらは猫だめなんです。抱き上げたりすると、くしゃみが止まらんくて」

「アレルギーってやつだね」


 時地は自らの刀の柄に付いているねつけのガラス玉を使って、猫をじゃらしている。

 てかそんなもん付いてたんだな、その刀。最近の剣士はしゃれおつな。


 そうだ、猫……。

 当てが外れたと言ってはなんだが当てが外れた。

 美人の娘って……とんだ親馬鹿じゃねえか、村長。

 俺の女運やっぱり尽きてたわ。


 まあ、当の村長とエミリーは嬉しそうだからいいけどさ。


「うちのお雪は沢遊びが好きでねえ。しかしそれでいなくなった猫の救出を嬢ちゃんにお願いするのは気が引けて……」

「何言っとるんですか。猫ちゃんだって大事な家族の一員だに。……うらは猫だめだけど」

「何はともあれ、無事に帰ってきてよかったじゃない」

「ええ。うらもちょっとだけ自信が付きました。山賊の根城に飛び込むなんて、今までなら考えられんけえ」


 俺も頭から山賊の居室に突っ込むとは考えられなかったよ。

 破った戸のことは大目に見てくれてホントよかった。


「花海さんの言ったように、うらも都へ出てみようと思います。とりあえず飛び込んでみんと、何も分かりませんよね」


 エミリーが笑顔でこぶしをぐっとする。

 ……なんか変なふうに自信付いちゃったんじゃないか、この人?


「イテテテ! 痛い! ちょっとやめて! ごめんなさいっ!」


 当てが外れたとか言ったからか、お雪の猫パンチがボコンボコン俺の背中を直撃する。

 す、すいませんでしたってば!



 この後村に着いた俺と時地は元の旅に帰り、エミリーはもうしばらく村長の所で世話になるということだった。

 女剣士との別れは名残惜しいが、俺も自分の目的地を目指さないとな。

 縁があれば、都でまたエミリーと会えるかも知れない。


「にしても時地」

「ん?」

「ホントはどうして村長の娘を助けに行くなんて名乗り出たんだ?」


 時地は結局、エミリーが全部解決してくれたからと、村人達からの礼を断った。

 じゃあなんでこの人は、益もない人助けに力を貸したんだろうか。


 前を行く少女剣士は振り返ることもなく、俺の問いに答えた。


「そりゃまあ、退屈だったから」

「……あっそ」


 俺との旅に飽きてたのね。まだ始まって二日目なのに。

 いや、そういう照れ隠しだな、これはきっと。

 あれ? 俺もここまででちょっと強くなってる?


 すっかり高くなった陽が、俺達を照らしていた。

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