第16話 美男役者とエミリー その2
「君がそんなに人助けに積極的だとは思わなかった」
「だーって
いや、俺のせい?
なんやかんやで結局村長の娘を助けに行くことになり、そしてそれは俺に責任があるという旨の発言をしている少女剣士に、俺は心の中でツッコミを入れた。
分かってるよ、
この山賊退治、うまくいったら村人からお礼が出るというが、寂れた田舎村から出る報酬なんてそんなに期待できない物だろう。
それなのに行こうなんて、クールに見えてわりと情に厚い性格なんだな、この人。
さっき言ってた剣士の
寄り道になるが、俺も別に時地を止めるつもりはなかった。
山賊の根城はこの村からさほど離れていないという。時地さんならぱぱっと退治してくれるだろう。
旅に遅れが出ないのなら、これくらいの寄り道は構わないさ。
「それに美人だという村長の娘に大いに興味があるからな」
旅の途中でも美人に囲まれる俺。なんとも女運がいい。
そうだ。山賊退治にはもう一人かわいい娘も同行するのだ。
それが、
「すごいなあ。時地さんくらいになると、そんな有名な役者さんの護衛を任せられるようになるだか」
今目玉をキラキラさせて時地を眺めている旅娘。今朝村で出会った、なまり口調の女剣士だ。
あれ、そのキラキラは俺に向けられてるわけじゃないの?
何でもこの人、超駆け出し中の駆け出しの剣士で、用心棒という職業に憧れているらしい。
それで現役用心棒の時地さんをキラキラ混じりに眺めているというわけだ。俺のことは時地のおまけか何かくらいの興味の無さだ。泣いていい?
「花海なんて役者さん全然知らないけど、役者と用心棒のコンビなんて都会的だあ。しびれる~」
「知らないのかよ……。まあいいや。ところで君の名前はなんていうんだ、お嬢さん?」
「生まれたときの名前は捨てました。今はエミリーって呼んで下さい」
「どこの用心棒に憧れたんだよ!」
前髪をかき上げながら言った女剣士に、俺は初対面の女子にも関わらず盛大につっこんでしまった。
最近の剣士は一癖も二癖もあるのが普通なのかな?
見ればこの人、刀の鞘を右手の方にくくり付けている。左利きか、単純にその方が使いやすいだけか。
そして黒い鞘におさまったその剣には、驚くことに鍔がない。刀の柄も同じ黒でなんともカッコイイが、ずいぶん玄人向きの武器を使っている。
その変わった名前といい、まずは形から入る極端なタイプなのかもな。
そんなんだから、肝心の腕前の方は全然期待が持てないけど。
山賊の根城までは村長が俺達を馬車に乗せて、近づけるぎりぎりの所まで連れていってくれることになった。
というわけで、今俺達がいるのは村長が手綱を握る馬車の荷台の上だ。
人里離れた林の道、馬はぽくぽくとゆっくり
しかし里から離れているとはいえ村民が近づけるとこに山賊の根城なんて、この辺も荒れてるなあ。
そんな馬車の上でも、エミリーが夢中なのは時地の武勇伝だ。
未来から刺客を送り込まれた人を護衛したという話。
死霊が生き返る街を生き抜いた人を護衛したという話。
人間に反乱を起こしたロボットなるカラクリに立ち向かった人を護衛したという話。
ホントかよ、というつぶやきが喉の所まで出かかったが、俺は紳士なので言わないでおいた。
作り話がSFチック過ぎるわ。
しかしそんな武勇伝を無視してエミリーが羨ましがったのは、少女剣士の持つ例の『名刺』だった。
「ふええ、時地さんはその若さで全国用心棒協会公認をもらってるんですか。いいな~、その名刺。うらも身辺警護で名を上げて協会に紹介状を書いてもらいたいけど、なかなか仕事がなくって……」
一体どういう組織なんだ、全国用心棒協会って。
用心棒にとっては憧れの的なの? 俺は全然知らないけど。
「仕事が要るなら都に行けばどうだ? 貴族や金持ちの姫の用心棒に、女性はけっこう需要があるって聞いたぜ?」
「さっすが花海くん。女用心棒に詳しい」
「……まだその面で嫌われてたんだ、俺」
しかし時地の冷やかしを食らった俺の言葉に、エミリーは困り顔で微笑んだ。
「うら、相当なドジなんです。それがもう救いようのない不器用で……。貴族のお嬢さんの警護なんかしたら、とんだへまして首を切られるかも」
揺れる馬車の上、エミリーはどこか遠くを見る。
「何をやってもうまくいかない……。そんなんだから、農村で死んだように生きてたんです。あの頃は本当に腐ってました。あまりに陰気なもんで、
「あだ名のセンス……」
「でも、ある日村に来た旅芸人さんが教えてくれたんです。世の中には、キラキラ輝く用心棒って仕事があること。それで、なんも考えずに村を飛び出して来たんです」
どうやらエミリーは元農民であるらしい。
自分の生まれた村を捨てて、用心棒になるために旅に出たのか。純朴そうな顔に反して大した行動力だ。
しかし行動力があって武器は相当器用そうなのぶら下げてるのに、かなり弱気だなあ。
自分で救いようのない不器用だなんて、どんだけ謙虚なんだ。
やっぱり時地とは大違いだな。
しかし彼女が救いようがないとは言わないまでも、とんだ不器用であることを、俺はほどなくして味わうことになる。
馬車は林を進み、いよいよ山賊の根城があるという谷の前まで迫っていた。
茂みに隠れて様子をうかがう。
すり鉢状の谷に広がった、木組みの砦。
昔の城跡を再利用したものなのか見張り台がいくつもあり、そこに一人ずつ山賊が配されている。
結構な根城を築いたもんだ。
中でもその中心にある一番大きな庵。
あれが頭目の居室だろう。
そこに乗り込まなければ、村長の娘は救えないのだ。
「すまんな、皆さん。こんな危険を冒させてしまって」
谷の上から砦を見渡して、小さな声で謝る村長。
彼をここに残し、俺達は山賊の根城に潜入するのだ。
……そういや俺も戦えないからここで待っといた方がいいんだろうか。
「いいえ、村長さんが謝ることなんてありません。駆け出しで飯も食えなくてのたれ死にかけてるとこを、村の人に助けてもらったんです。だから、娘さんは絶対助けんと」
気合いを入れてエミリーが荷台の上で立ち上がる。
その瞬間、彼女の刀の鞘はボゴンと後ろにいる俺に当たった。
なに? ここにきて俺の女運無くなったの?
「ああ、ごめんなさい!」
慌てて俺に頭を下げるエミリー。
しかし謝る声は山賊の根城の前で大き過ぎた。
「そこで何をしてる、てめえら!」
「うわあ、山賊!」
砦の周りを見回っていたのか、茂みの奥からいかつい男が走ってくる。
さ、山賊だ! 山賊が出た!
山賊は俺達に向かって何らかの筒状の物を構える。
銃だ。火縄銃だ。
「なっ! やめてごしない!」
叫びながらエミリーは慌てて山賊まで駆け寄り火縄銃を引ったくる。
腕の細い女子にそんな力があると思わなかったのか、反動で山賊は茂みに倒れた。
「ふう、助かった~……」
エミリー、とっさにいい判断だ。
ほっとして自分が手に持っている物を忘れたのか、火が着いた火縄銃を馬車までテイクアウトしていること以外は。
「エミリー、火縄銃! 火縄銃持って帰ってきてる! そして火ぃ付いてる! 消さないと撃っちゃうから!」
「火縄銃!? 火!! うら火は苦手なんです! どうやって消したらいいだ?!」
「うわあ! エミリー、危ない! 銃口を、銃口をこっちに向けないでくれ!」
半ば恐慌状態でもみ合う俺とエミリー。
火縄銃が発射されるにはおあつらえむきの状況だった。
どたばたもみ合っている間に、どちらかの指が引き金にかかる。
パアンと、山の中に一発異音が響いた。
そこからは流れが早かった。
発砲音に驚いた馬がいななく。馬車の車輪が坂を滑る。
ゴトンと、下る音ですべてが傾いた。そして、
「うわああああ!」
「いやああああ!」
馬車は勢いよくすり鉢状の坂を滑り落ち始めた。
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