第15話 美男役者とエミリー その1

「ふあ~あ」

「大きなあくびだね」


 あくび涙をぬぐう俺に、前を向いたまま時地ときちが言う。


 昨日の山賊の襲撃から一夜明けて。

 山を一つ下った俺達はふもとの村までやって来ていた。


 村の入り口から広がる田植え前の田んぼ。

 奥に並ぶ家の数からして、山あいにあるにしては結構大きな村だ。


 今日はここを抜けてまた次の山に入らなければならない。

 しかし……。


「あれからよく眠れなかったんだよ」


 田んぼのあぜ道を歩く俺は、二度目のあくびを噛み殺した。

 眠い……。


 山賊を倒したあの後。移ったもう一つの山小屋で、時地はまたすぐに眠りについていた。

 なかなか寝付けない俺が楽しい会話を振ろうと呼びかけても、もちろん返事など返ってこない。……ちなみにもう一つの山小屋の方にも時地用の壺があった。


 寝られなかったのは俺だけだ。


 てか山賊と一悶着あった後ですうすう眠れる方がびっくりだ。

 でもまあそれくらいじゃないと用心棒なんてやってられないか。

 休めるときに休めるその胆力。お見事なもんだ。


「寝たら置いていくよ、花海はなみくん」

「厳しい……。てか隙あらば俺を撒こうとしないでくれ」

「ああそうだ、報酬もらわなきゃいけないんだった」

「そう、報酬。俺より報酬だろ。思い出してくれて何よりだよ」


 そんないい加減飽きてきたやり取りを俺達がしていると……。


「ん? なんだあの人だかり?」


 藁葺きの家々の前。

 数人の村人と、何だか旅人っぽい女が言い合いになってる。


 のんびり歩いていた俺達は、彼らの後ろに立った。


「いいえ! うらが行きます! 村長さんには一宿一飯の恩義があるに」

「いいや。危険だ。こんなこと嬢ちゃんには任せられんよ」


 女が村長と呼ぶ老人は、困り顔で首を振る。

 周りを囲む他の村人達も、やつれた顔で女をなだめた。


「やめときな、嬢ちゃん。山賊とはいえ元は戦で落ちた武士。正直駆け出しの嬢ちゃんにどうこうできるとは……」

「でも誰かが行かんと! こうしてる間にも娘さんは……」


 肩を落とす女と、黙り込んでしまった村人達。


 そこに、涼しい声音で割り込む者が一人。


「誰か山賊に捕まったの?」


 時地は人々の輪の中まで歩み出てそう言った。

 ちょっと、何やってるんだよ。


 村人達が目を見張る。

 旅人の女が振り向いた。


 今度は俺が目を見張る番だった。


 振り向いた女は若く、栗色の髪を両耳の下でお下げにしている。

 服装は薄い桃色の小袖。緑の帯。

 そしてそばかすの浮いた純朴そうな顔でぽかんと口を開けて俺と時地を見比べるその姿……。


 か、かわいい。開いた口から見える前歯がかわいい。


 しかしそのふんわりとした容貌だからこそ、異様も目立つ。

 彼女は腰に一本の刀を差していた。それこそが俺が彼女を旅人だと思った由縁だ。


「あ、あんた方は?」


 突然の割り込みに驚いていた女が口にする。

 ああ、そうだった。時地……何でそんな人々の輪の中心に立ってるんだよ。


 つっこむ俺をよそに、少女剣士は村人に自己紹介を始める。


「ボクは旅の用心棒、時地。こっちは雇い主の花海」

「用心棒? お嬢ちゃんも剣士なのか?」


 周りを囲む村人が、時地の腰の物を見てこれまた驚いたようにつぶやいた。

 もってことは、この刀を差した女も剣士か。


「さっき、あんまり穏やかじゃない話をしてたみたいだけど」

「ああ、聞いていたのか。……あんたの言う通りだ。わしの娘が山賊に捕まった」


 そう苦い顔でつぶやく老人……この村の村長である彼には、若く美しい娘がいた。

 しかし三日前沢遊びに出たきり帰ってこず、村中で心配していたらしい。

 そして今朝。山菜採りに出ていた村人が、山賊の頭と一緒にいる彼女の姿を見つけたのだとか。


 もし本当だとしたら、それは大変厳しい事態だ。


 武器を持たない村民達が娘を取り返すため山賊に戦いを挑むなど、村を潰す覚悟でいかねば叶わないだろう。


「それで、この旅人のお嬢さんがわしの代わりに娘を取り返しに行ってくれると言うんだが……外から来た若い娘さんにそんなことは頼めなくてねえ」

「行くと言ったら行きます!」


 旅人の女は、手甲を巻いた手をぐっと握りながらそう言った。ふんわりした田舎なまりの中にも、強い決意を感じさせる。


「腹が減って死にかけてるとこをこの村の人に助けてもらったんだ。見ず知らずの流れ者を救って下さったこの恩、返させて下さい。いいえ、その恩を抜きにしても目の前でこんなことが起きてんだ。剣の道に生きる者として放っておけません」


 いい人だな、この人。

 がめつい少女剣士とは大違い、


「うんうん。ボクもそう思うよ」

「と、時地さん?」

「ボクも剣の道に生きる者として、目の前で人さらいが起きてるのは放っておけないね。協力するよ。……山賊の根城は、どこにあるの?」


 少女剣士の意外な言葉に、俺は今日一で目を見張った。


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