第14話 美男役者と夜に出る山賊

 花海はなみを深い夜闇から呼び覚ましたのは、山小屋が軋むほどの衝撃と、それに伴う破壊音だった。


 そう。何者かが外から小屋の戸を打ち破ろうとしているのだ。

 それもものすごい勢いで。


「ぬああ! ちょっと! 潰れる、小屋が潰れる!」


 俺は慌てて小屋の壁を押さえた。

 天井からパラパラと木くずが落ちてくる。


 一体誰だ。誰による襲撃だこれは。


 答えはその野太い声を聞いて判明した。


「へへっ、野郎ども。もう一息だぜ」


 ぶち破られようとしている戸の外から声がした。

 うっすら聞き覚えのある、耳につくだみ声。


 昼間会った山賊の声だ。


 どうやら俺達に報復するために付けてきていたようだ。


 丸太か何かを使って、仲間と一緒に戸口をぶち破ろうとしている。

 くそ、貴様らの勝手で小屋を一個潰していいと思ってるのか。


 俺の思いもむなしく、戸を押さえていたつっかえ棒が吹き飛ぶ。

 そしてバアン!と破れた扉の向こうから、丸太を抱えた山賊達の姿が現れた。


「へへ、また会ったなあ、兄ちゃん」


 戸口だった場所に立つ山賊の後ろから、さらに松明をかかげた頭目格の男が顔を出す。

 俺は思わず後ずさりした。

 まごうことなき昼間のやつらだ。


 頭目は俺の顔を見てにたあっと笑うと、松明で小屋の隅々まで照らした。


「昼間の用心棒はどこだ?」

「頭、こんなとこに壺が転がってるぜ。中身は……」

時地ときち!」


 山賊達が中を覗き込んでいる壺に、俺は戦慄の悲鳴を上げた。

 そう。戸口のすぐそばに転がる壺の中にはまだ……。


「どういうわけか知らねえが、お前さんの用心棒はこの中でおねむのようだな」


 頭目がにやつく。

 しかしまだ寝ているのか、壺の中の時地は顔すら出してこない。よく寝れるなこんな騒動のさなかに!


 それをいいことに、山賊達はゴロゴロ壺を戸口の外へと転がし始めた。

 そして、


「へへ、じゃーなー」


 外に向けて、山賊は勢いよく壺を押す。何の障害もなく転がり出す壺。

 ちなみに小屋の外はすぐ急な下り坂になっている。


 壺はゴロンゴロン、坂の下へ。


 と、時地ー!

 そんなもんに入ってるから!


 俺の叫びをよそに、時地の入った壺は転がっていく。


 ゴロゴロゴロゴロ、止まることなく坂の下へと。


 嘆く間もなく、山賊達は俺を羽交い締めにする。


「昼間のようにはいかねえ。小屋は仲間が囲んだ。用心棒も片付いたし、もう身ぐるみ置いてけなんて温いことは言わねえぜ」


 ぐいっと、頭目は俺の髪をわしづかみにした。イタタタタ。

 頭目は痛がる俺の髪を松明でぬらぬら照らすと、口元の笑みを深める。


「やっぱりだ。こいつの髪、ぜってえ高く売れるぜ」


 そう来たか。

 俺の美貌は時地さんにはまったく評価されないが、こいつらのお眼鏡にはかなったらしい。

 き、切られる……! 自慢のビューティフルヘアーを!


 それにとどまらず、山賊達はさらに俺の着物にいやらしい視線を向ける。


「おい、どうせだから着物も剥いじまおうぜ」

「面白い。ふんどし一丁にしてそこら辺に転がしとくか、この色男」


 やめろ!

 そんなのこのイケメンがさらしていい格好ではない!


 しかし俺の力ではもうどうにもならない。

 だって両脇を男に抱えられて動けないんだもの。


「ヘッヘッへ」


 頭目が俺の前に立って着物の合わせに手をかける。

 は、剥がれる……!


「ぬああ、ヘルプ! ヘルプミー時地!!」


 俺は情けない声を張り上げて、無いとは分かっている奇跡を呼んだ。

 すると、


「そんなに大きい声で呼ばなくても、ここにいるから聞こえてるよ」


 無いはずの奇跡は、俺のすぐ近くでそう言った。


「と、時地……!」

「何だと?」


 俺の前に立つ山賊の後ろ。

 小さな背は松明の炎に照らされ、静かに山小屋の入り口に立っていた。


 と、時地ー! いつの間に壺から出てたんですか、あなたは!


「そ、外の野郎ども何やってやがる! やつの後ろをとれ!」


 しかし頭目の言う小屋を囲んでいるはずの山賊達は返事をしない。

 辺りはしーんと静まり返っている。


「助けは来ないよ。全員のしてきたから」


 時地のその言葉がすべてだった。

 頭目の顔がさっと青ざめる。山賊達は俺の腕を離し、全員目の前の脅威に身構えた。


「さあて……」


 時地は静かに、近くに転がっていた丸太を持ち上げる。

 山賊達が戸を破るのに使ったやつだ。


 何が始まるか分からず呆然としている彼らを前に、少女剣士は言った。


「花海くん、しゃがんでて」


 丸太が振りかぶられる。

 とっさに彼女の言う通りにした俺は、自分の頭の上を吹っ飛んでいく山賊達と、粉砕された山小屋の壁を見た。


 時地が丸太を振り回し、小屋ごと山賊達を打ち払ったのだ。

 山小屋はしゃがんだ俺を残し、屋根ごと綺麗に半分になっている。

 

 と、時地さん力持ち~……。

 体格に似合わずものすごい腕力だ。でも結局あんたが山小屋壊しちゃったよ。


 夜風がピュイーと吹いた。


 ……終わった。すべて終わった。

 俺は遮るものも無くなった星空の下、よれよれと立ち上がるしかなかった。


「あ、ありがとう、時地。また助けられたな」

「どうも。でも夢の途中で起きちゃったね。せっかくいい夢だったのに」


 そうして用心棒は伸びている山賊達を尻目に、さっさと壊れた山小屋を後にする。


「この下り坂の先にもう一個小屋があるから、そこで寝直そう」

「この後寝れるんだ……」


 最強か、あんたは……。

 震えていた膝を叩いて、俺は頼れる用心棒の背を追った。


「ところで、ずいぶんよく寝てたけどどんな夢見てたんだ、時地?」

「報酬五倍の夢」

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