第13話 闇の中で

 落ちた記憶の底。

 無限にたゆたう闇。その夜も眠れず。

 

 闇の中に立っているからこそ、わずかな光も凄絶なのだ。


 嬌声。

 ぼんやりした薄明かり。


 はだけた着物で、寄り掛かり合う二つ。


 くゆる紫煙。覚めているのか酔っているのか、目を開いたままの者は答えない。


 狭い世界。甘美で抜け出せない、永遠の花の檻。

 それがこの身のすべてだった。


 反転して闇は今を映す。


 昼間見た緑葉。旅笠の影。下らない会話。

 薄汚れた白刃。守ってくれる背。

 淡い夏の風。夕暮れの紅。

 差し出されたあどけない優しさ。


 ……みんな違う。俺のじゃない。


 分かっている。だからこそ、どんな景色を見ていようと夜にはこの目が開く。


 目を開き続けるのだ。この闇の中で。



 そして夜半を過ぎても眠らない者はただ一人。己の運命を確かめるだけの夜を過ごした。




 ……それを見守るもう一つの気配は、闇の中でそっと、その青い瞳を閉じた。

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