第12話 ここまでのあらすじ
全国の俺のファンの女子達こんにちは。
俺こと超絶美男役者・
旅の目的は一つ。
都に住む殿様の宴会で舞を披露し、報酬をがっぽりもらって帰ること。
そして俺は今、都までの難所の一つ、山賊がたくさん出るという山の中にいる。
しかし旅はまあ順調だ。
途中山賊にも出くわしたが何とか切り抜け、俺は峠の山小屋までたどり着いた。
ここから山は下り。
まだ都まで山を登ったり下りたりは続くが、それでもいい調子と言えるだろう。
これから早ければ十日。
遅くとも十五日ほどで都までたどり着けるはずだ。
今は今日の宿である山小屋の中、突き出し窓から見える綺麗な星を見上げながら旅を振り返っている。
いやあ、それにしても今日一日でずいぶん歩いた。
旅慣れない俺がここまでたどり着けたのも……。
「旅慣れない俺がここまでたどり着けたのもすべて敏腕美少女用心棒・
なに勝手なこと言ってんだ。
壺から聞こえたくぐもった声に、俺はそうツッコミを入れた。
俺のセンチメンタルな気分は一瞬でぶち壊しだ。
あそこ――素焼きの古い壺の中に入ってるのは、俺との距離がフリーダムなことでお馴染みの『敏腕』用心棒・時地さんだ。
峠の山小屋までたどり着いてしばらく。
俺達は明るいうちに夕食をとり、今ではすっかり夜も更けていた。
山小屋は当たり前だが非常に簡素な造りで、小屋の中に最低限の煮炊きのための囲炉裏が一つあるだけ。
しかし変わったものがもう一つ置いてあった。
人一人余裕で入れるデカい壺が。
というわけで、時地は自分にちょうどおあつらえむきの壺があったので今夜はその中で寝ることにしたようだ。
なにここ。
時地が来るのを予見して建てられた小屋なの?
「あの~時地さん? 俺は報酬三倍なんてそんな、」
「じゃあ五倍? 五倍くれるの?」
がめつい……。くぐもった声ががめつい……。
人生初だ。壺に入ってる人間にたかられたのは。
俺は自分の上着を脱いで掛布にかぶっただけの簡単な寝床で頭を抱えた。
そりゃあんたの腕は素直に認めるよ。
慣れない旅で、しかも山賊がうようよ出るという山に分け入ったが、今のところ俺は完全に無傷だ。……少女剣士の精神攻撃による心の傷はだいぶ負ったけど。
しかしそれを除けば時地は信用の置ける用心棒と言って差し支えない。
山賊に出くわしたとき俺は一瞬時地に逃げられたかと思ったけど、実際にそういう用心棒も少なからず存在するのだ。
雇い主を見捨てて自分の身を守り、すべてが終わった後で山賊の取りこぼしを剥ぎに戻る用心棒くらい、治安の悪いこのご時世珍しいもんじゃない。
そんないい加減な用心棒があまたいる中、俺は当たりを引いたと言えるだろう。
これが事あるごとに俺をケダモノ呼ばわりしたり、三十歩歩くごとに帰りたいって言ったりする用心棒じゃなきゃもっと旅を楽しめたかも知れないのにな……。
だが時地は自称でも何でもなく確かに敏腕だ。
それは戦闘の腕だけじゃない。
道に詳しいのはもちろんだが、彼女は山歩きにも精通し、サバイバル術にも長けている。
俺が夕食として食べたのは、流れのある小川の水を汲んで炊いた米の粥。
米は俺が持参したものだが、煮炊きは時地がいなければ難しかっただろう。
火を起こすとこから、教えてくれたのは時地だ。
どうやら腕が立つだけじゃなく、ずいぶん旅慣れてるようだな、この人。
そうさ。それには感謝してるけれども。
「……ふあ~あ」
壺から聞こえる用心棒の呑気なあくび。
壺の中に体ごとすっぽりおさまったこの姿。まるで天敵を前にして甲羅の中に引っ込んだ亀だ。
そうさ。強くて頼りになるけど奇妙なんだよ、この人……。壺の中に入ったりして。
一体壺の中でどんな体勢で寝ようとしてるんだろう。
しかしちょっと中を覗こうと俺が近づくと壺は器用に横倒しになり、入り口の方へとごろんごろん転がっていった。
近寄るなケダモノってことか。……失礼だな、もう。
「時地さんや。心配しなくても、君に手を出したりはしないよ」
「ほほう」
「俺は女子との付き合いじゃ段階は踏む方だからな」
返事はない。ただの壺のようだ。
寝ちゃったのかな? 話の途中で。
もしくは寝ながら俺と会話してたのかな、彼女は。
何となく時地ならそれも可能な気がする。
まあ彼女も住み慣れた壺を出て、こんなとこまで旅に付き合ってくれてるんだからきっと疲れてるんだろう。
……くそ、住み慣れた壺って何だよ。
しかし。
シーンと静まり返ってしまった小屋で思う。
無いとは思うが今この小屋を襲撃されたら剥き出しなのは俺だ。
時地は壺の中に入ってるからぱっと見いるかどうか分からないし。
賊もきっと壺の中で寝る人間がいるなんて思わないはずだ。
なら
無いとは思うけれど。
これはフラグではないとは思うけれど。
「むにゃむにゃ……あそこに見えるのは……花海くんの…………首?」
「ちょっと!! なんつう夢見てんだよ!」
ふいに聞こえた時地のブラッディな寝言に、俺は思わず声を出してつっこむのだった。
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