第10話 美男役者とティータイム

 太陽は中天を過ぎて、花海はなみはもう完全に深い山の中にいた。

 

 金色のポニーテールがちょうどいい場所を探して立ち止まる。

 時地は花海に本日何度目かの休憩を提案してくれたのだ。


 夜明けに街を出て、もうずいぶん歩いている。

 山道は思ったより整備されているが、旅慣れていない身には堪えるものがあった。


 道端の切り株に腰掛けて、竹筒にくんできた茶を取り出す。

 ここで材木でも切っていたのだろう。木立が少し開かれて、目の前には草だけの野っぱらが広がっていた。

 

 しかしこうして座ると草原にふく風が心地いい。

 ここなら街から持ってきたあれを出してもいいだろう。


 花海は自身の振分け荷物から竹の皮の包みを取り出す。

 その中には茶色の真ん丸ふっくらとした菓子が三つ。


 これは街の菓子屋で買ってきたとっておきの饅頭だ。

 高級な材料で作った高級な皮に、なんか高級な小豆あずきで作ったあんこたっぷりな、有名役者でなければなかなか手が出ない高級な代物だ。


 休憩のお茶請けでこんな贅沢ができるのは今日だけだろう。

 この先は旅の物資を節約しなければならない。

 この饅頭はこれからの長い旅程に備える花未なりの景気づけなのだ。


 そして同時に甘味は女子との距離を縮めるナンパの常套手段でもある。

 女子は総じて甘いものが好きだからな。

 本当はこの饅頭を、歩き疲れた色っぽい女用心棒と分け合ってお互いの仲を深めるつもりだったのだが……。


「待て~、ま~て~」


 時地は街を出発したときと何一つ変わらない。

 息も乱していなければ顔色も変わらないし、相変わらず花海に寄ってこない。

 護衛対象を放って野っぱらに繰り出し、気ままに蝶々ちょうちょを追いかけている。


 しかしあれだけ山道を歩いてまだ野を駆け回る元気があるとは……。

 腕が立つ上になんとも健脚だ。

 それは素直に褒めるけど相変わらず俺には冷たい。


 花海は一人饅頭の頭を眺める。


 饅頭は三つ。一人で食べるのはやっぱり気が引けるな。


「おーい、時地も座って。一緒にティータイムしようぜ」


 と、勇気を出して呼んでみると、

 

「ええー」


 ええーって言われた……。


 予想通りだけど悔しいな。

 俺とお茶できるなんて、街の女子の間では奇跡なんだぞ。


「自分で奇跡って言っちゃうんだね」


 ええい。うるさい。


 結局饅頭をやると言うと、少女剣士はさっさと近寄ってきた。


 ……まあいいや。

 竹の皮に広げた饅頭を、しぶしぶ時地に差し出す。

 彼女はそれを一口で口にほうり込むと、俺より先にごっくんと飲み込んだ。


 あの……もう少し味わって食べてもらっても……。


 賊を倒すのは神速でもいいけど、饅頭食うのまで早食いじゃなくてもいいじゃないか。


 そう、山賊との戦いだ。

 先程襲われたとき、俺は正直旅は終わったと思った。


 一体何者だ? この時地という饅頭を早食いする少女は。

 あんなそこそこの仲介業者で雇ったのに、こんな小さい少女なのに、壺から出てきたりするのに、なんであんなに強いんだ?


 じっと見ていると、俺の視線に気付いたのか時地がこちらを向く。

 これが市井の普通の女子なら、この艶麗の視線に頬を赤らめるところだ。

 しかし彼女はそのたぐいではない。


 時地はじーっと俺を見つめかえす。いたって冷静な瞳で。


 見つめ合うと澄んだ湖面みたいな瞳に吸い込まれそうだ。しかし珍しい色の瞳だな。緑……いや、青か。


 な、なんだこれ。

 なんで見つめ合ってるんだ、俺達。

 俺が彼女のことを勘繰ってるのに、逆にこっちの頭の中を読まれそうだ。


 なんて俺が思っていると、突然、時地はハッとしたように目を見開いた。

 それはまるで何かに気付いたときのように。

 そのまま彼女は真剣な眼差しで俺の顔を見つめ続ける。


 え? え? 何? 俺の何に気付いたの?

 もしかして、俺の輝かしい魅力にやっと気付いちゃった?

 え? なんでそんなにまっすぐ見つめるの?


 え? え? もしかして俺、ドキドキしてる?

 これってまさか……。


「花海くん」

「お、おう。なんだよ、時地?」


 瞳はやけに真剣で、俺の鼓動も少し大きくなる。


「口……」

「え? え? 口? まさか……」

「何言ってんの。口元にあんこ付いてるよ」

「え? え? あ、ホントだ……」


 ……恥ずかしい。


 赤面しながら、俺は残る一つの饅頭を時地に差し出した。

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