第9話 美男役者と旅の理由
「そんなわけで、わしらはもう街に帰ることにしたのです」
「それならもうすぐ到着だね。最後まで気をつけて」
「あんた方もご無事で」
最後に
すれ違う旅人達は、互いの無事を祈り合い別れていく。
何かこういうのっていいよね。
時地と
さっきのは都に新商品を売り出しに行っていた行商のおじさん達だ。
彼らは大量の在庫を馬車に乗せ、この山を越えてきたのだ。
どうやら都での商売は失敗したらしい。
なんでも一般家庭向けにいわゆる便利グッズを売りに行っていたようだが、このご時世でまったく売れず、あきらめて街まで帰ってきたらしい。
最近都で流行りの忍者ブームに乗っかって、彼らが使う武器をヒントに編み出した、かゆい所に手が届く系のグッズだという。
それがこれ。
ロウソク火消し用ブーメラン。
角が削られたツバメ型のブーメランに、握りやすいようにラバー加工がしてある。
このブーメランをロウソクに向かって投げ、その起こした風で炎を消すのだ。
これでどんな遠くにあるロウソクの火でも消し放題だ。
ロウソクの芯を狙い、手首のスナップをうまく使って自分のところに返ってくるように投げる。
だいぶ練習が必要だが、これで自らは移動せず部屋の明かりを落とせるのだ!
……俺は内心、売れるかあ、んなもん! という叫びを抑えた。
時地は在庫を一個もらって楽しそうに遊んでいる。
てか、忍者なのにブーメランってなんだよ。
忍者なら手裏剣かクナイだろ。
一体どこの忍者をモデルにしたんだ。
これを売りに行こうという根性だけは賞賛に値する。
「……ホント、色んな人が色んな理由で旅してるんだなあ」
「そうだね。面白いね」
「ちなみに時地は気にならねえのか? 俺がなんで旅に出たか」
長いまつげをバチバチしながら、俺は意味ありげに少女剣士を見つめた。
マスターにも旅立ちの理由は告げていない。
当然時地も俺の旅の目的を知らないはずだ。そしてきっと知りたがっているはずだ。
このイケメンが何故わざわざ都まで出向くのかを。
しかし金色ポニーテールは俺の言葉にぶんぶん頭を振った。横に。
「そんな、雇い主のプライバシーに関わることは、ボクからは聞けないよ」
ああそう……プライバシーね。
なんでそんなとこだけきっちりしてるんだ。
「じゃ、じゃあいいや、俺から教えてやるよ。――ずばり、お忍びデートだ。その一択に決まってるだろ?」
「おっほっ、なかなかうまく返ってこないな、このブーメラン」
「……」
聞いてる聞いてない以前に俺の言葉は最初からこの世界に発せられなかったものとして扱われた。
時地は忍者グッズに夢中だ。
プライバシーは守ってくれるけど、雇い主の心の傷は保証の対象外なんだな……。
めげずに俺は聞かれていない話の続きを口にする。
「はっはっは、安心してくれ。お忍びデートなんて嘘だよ。実は都の殿様の宴会に呼ばれてな。そのお方の前で舞を披露するんだ。そうしたら帰れる」
「ねえねえ、花海くんもやってみてよ、これ。ほれ。ぐいぐい」
「その殿様っていうのがかなりの大貴族さまでな。宴会が成功すれば俺の名も一気に上がるってもんだ。……話聞いてる?」
「おうおう。聞いてるとも。お金持ちの個人的なパーティーで芸を披露するってことでしょ。花海くんも大変だね。ぐいぐい」
「まあ、そうなんだけど……。風情も何もない言い方だな。……いや、いいって。俺はやらないって!」
ブーメランをぐいぐい押し付けてくる少女を、俺はなんとか引きはがした。
つまらなそうに、時地はまた一人でブーメランを投げはじめる。
自由だなあ、もう……。
まあ考えてみれば、俺も金持ちの宴会なんて結構下らない理由で都まで呼び付けられている。
それに時地を付き合わせているのだ。
試しに忍者グッズを売りに行く方がよっぽど有意義かも知れない。
時地はあんなに楽しんでるし。
「都の治安は過去最悪だってのに宴会とは、貴族様はいい気なもんだよな。……ってイタタ、ブーメラン当たってる! 返ってきて俺に命中してるから!」
……都までの道のりはまだ遠い。
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