第8話 美男役者と剣士の距離

 すったすたと前を行く時地ときちの三歩後ろで、花海はなみはこぼれるため息を抑えられなかった。 


 時地の用心棒としての腕は先ほどの一件で分かった。

 もはや彼女は信頼に足らない小さな剣士ではない。

 どころか山賊五、六人を数秒でのしてしまうその実力。十分背を預けるに値する。


 しかし相変わらず彼女との心の距離は縮まらない。

 時地から話しかけてくることは稀だし、花海の問い掛けにも「うん」とか「ああ」とか最低限の答しか返ってこないのだ。


 俺は距離を縮める気満々で四六時中話しかけてるのに。

 もしかしてそれがいけないのか?

 ガツガツ攻めてくるタイプは苦手なんだろうか。


 それとも、もしや彼女はあのことを知っているのだろうか?


 俺がマスターに当初、『色っぽい女用心棒』というジャンルの用心棒を頼んでいたことを。


 あれ? もしかして俺、変態認定されてる? だからこそのこの距離感?


「大丈夫だよ、花海くん」

「え? え? 何が何が?」


 俺の心を読んだように急に立ち止まった時地に、内心どぎまぎする。

 え? 何が大丈夫なの? いや、俺は全然大丈夫だけどね。

 やましいことなんて一つもないよ?


「そんなにソワソワしなくても、この先もボクがちゃんと守ってあげるから。山賊が出ても安心してよ」

「お、おう。ありがとう」


 なんだ。

 どうやら急にキョロキョロし始めた俺を、初めて山賊に会って動揺していると心配してくれたらしい。


 なんだ。

 最初に思ってたよりずっと優しい少女じゃねえか、時地さんは。


「それと花海くんが色っぽい女用心棒をマスターに頼んだことは、ボクだけの心の中にしまっておくから、それも安心してよ」

 

 ……なんだ。

 知ってたんすか。

 俺の心の声が聞こえてたみたいだな。


 マスターも一応、色っぽい女用心棒を所望した男に時地を付けることを心配したらしい。

 俺の要望を告げた上で時地に用心棒の仕事を打診したようだ。

 つまり俺の趣向は完全に彼女の知るところとなっている。


 何はともあれ。いやあ、こりゃ気まずい旅になりそうだ。


「やっぱり嫌われてたんだ、俺……」

「そんなことないよ。ボクはただ、『マジゲスだなこいつ。あたしの半径2キロ以内に近付くんじゃねえよ』と思っただけだよ」

「辛辣っ! とりあえず底なしに嫌われてるじゃん、俺! そして時地さんまさかのビジネスボクっ娘疑惑!」

「おおっと、口が滑った」


 俺達の距離は、まだ相当縮まりそうにない。

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