第7話 美男役者とさっそく出る山賊

「わあ! 時地ときち、さっそく出た! 山賊が出た!」

「分かってるよ」


 俺――イケメン役者花海はなみ(イケメン)の言葉通りだ。

 俺達の前には山賊がいた。


 五、六人ほどで俺と時地を囲んで、ニタニタと舌なめずりしている。ホントにしている。


「ヘッヘッへ。ご機嫌麗しゅう、お二人さん。お急ぎのとこ悪いが、ちょ~っと、俺達の話に付き合ってくんな」


 何がご機嫌麗しゅう、だよ。

 話に付き合ってほしいなら、その手に持ってる刀をしまえよ。


 いやでも、この状況はヤバい。


 出る、出るとは聞いていたがホントに出た。山賊。

 まだ山に入って一日目なのに。


「と、時地、どうしよう」

「ちょっと。そんなにくっつかないでよ、花海くん」


 震える俺のとなりで、時地は相変わらずのポーカーフェイスだ。

 まるで散歩の途中タヌキに出くわしたときみたいに普通に立っている。


 くそ、何でそんなに冷静なんだよ!

 山賊だぞ、山賊。山に出る賊だぞ!


 それにしても、俺達を囲むのはこれまたいかにもな山賊だ。


 抜き身の刃を片手にして、くすんだボロボロの着物をまとい、ヒゲはモジャモジャ、歯は真っ黄黄だ。

 まさにテンプレート。想像の通り。

 これが舞台の上なら主人公の侍に一瞬でたたき伏せられそうな雑魚悪役クオリティーだ。


 しかし実際に出くわすとそんな呑気なことを言っている場合ではない。


 山賊は俺に剣を突きつけて笑う。


「へへっ、何でい兄ちゃん。妹と旅行かい? 楽しい旅に水を差して悪いが、身ぐるみ全部置いていってもらうぜ」

「残念ながらこれは家族旅行ではない。彼女は俺の用心棒だ。あんたら命が惜しかったら今すぐここから立ち去るんだな」


 そう言いながら俺は自分より頭二つ分背の低い時地の後ろに隠れる。

 今さらだがなんて情けないんだ、俺は。


 山賊さんも笑ってらっしゃる。


「はっはっは! そいつが用心棒? そんな小さいお嬢さんが、俺達相手に戦えるってのかい?」


 ああ。その言葉はごもっともだ。だって俺もそう思うもん。

 こんな小さいお嬢さんが、こんなゴツい山賊に勝てるわけないもん。

 一体誰を用心棒に選んでるんだ、俺は。


「しゃらくせえ! さっさと金目のもんを出しなあ!」


 のんびりしたやり取りにしびれを切らしたのだろう。

 ぶとい足で地面を蹴って、山賊達は一斉にこちらに躍りかかってきた。


 うわああ! なんでもいいから何とかしてくれ時地!


「仕方ないなあ」


 落ち着いた、落ち着き払った少女の声がした。

 とすっと、花海は押し出された。賊の前まで。


「え? ……え?」

「へへっ、兄ちゃん。何だかよく知らねえが売られたみてえだな」


 山賊が笑う。

 錆びた剣の切っ先が目の前にあった。


 周りを見渡しても、どこにも時地の姿はない。

 消えてしまった。山賊の前にいるのは俺一人だ。


 終わった……。山賊の言葉通りだ。用心棒に逃げられたんだ、俺は。

 やっぱりあんなそこそこの仲介業者で、得体の知れない用心棒を頼んだ俺が悪かったんだ。


 凶刃は容赦なく花海めがけて振りかぶられる。

 そして、


「頭上注意」


 涼しい声は、言葉通り頭の上から降ってきた。


 そしてその声の主は、遥かな高みから小さな体躯に思い切り重力を乗せて、山賊の頭を踏みつける。

 一人踏んで、それをバネにもう一人、また一人と、頭の上に強烈な蹴りを浴びせていく。


 その影……いいやまるで流星のようなその光は、紛れも無い花海の用心棒、時地だった。


 そしてさっきのは自分の背を使って時地が跳び上がったのだと、ようやく分かった。


 時地は目にもとまらぬ速さで、山賊達をバッタバッタとなぎ倒していく。

 その身軽なことといったら。


 そして気付けば、花海の周りには気を失って伸びる山賊達の姿が。

 その真ん中には無傷の花海と時地が立っていた。


 つよっ。

 剣も抜かずに賊に勝っちゃったよ、この人。


 だから彼女……時地がマスターの言うように剣豪かどうかは分からなかったが、とにかく相当な手練れということは分かった。

 そして、


「さ、行くよ」


 倒した山賊にはもう目もくれず、振り向きざま俺にそう言う時地。


 か、カッコイイ……。


 こんなかっこいい人芝居の中でしか見たことない。

 たった一人で、俺達を囲む山賊を倒してしまった。

 彼女はその小さい身を呈して、俺を守ってくれたんだ。


 それなのに、俺は、俺は……。

 逃げられたとか思って、その、あの……。


「? 何してるの、花海くん?」

「ああ、その……ありがとうな、時地」

「お礼なんていいよ。ボクは君の用心棒なんだから」


 くそ。

 あなたという人はどこまでかっこよく、どこまで俺にばつが悪くさせるんだ。


「いいや。それじゃ俺の気がおさまらない! 時地、ハグでもチューでも、好きな方を言ってくれ!」

「いや、マジでいらない……。てか、それってお礼のつもりで言ってるの……?」


 山賊には終始涼しげだったのに、何故か俺のお礼からは慌てて逃げる時地を、俺はまた全力で追いかけた。

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